戦域決定
崩壊暦213年12月10日23:57
「くそっ、やはり敵は罠を……政府の都合で何人死んだと思ってるんだ!」
チャールズ元帥は怒っていた。
出撃した戦闘攻撃機432機のうち、283機が失われ、今や航空戦力は、米軍の方が少ない程になってしまった。
「お怒りになるのは後にして下さい。日本軍が迫って来ています。今は艦隊の指揮に集中なさって下さい」
ハーバー中将は落ち着いて諭した。
現状、戦艦は5対9。巡洋艦は11対23。駆逐艦は18対32の戦力比である。
机の上ではまず負けることはない戦力を、米軍は未だ保持している。もっとも、それは全ての部隊が万全の態勢であることが前提の数値だが。
航空艦隊も未だ149機が残っており、額面戦力としては少なすぎることはない。しかし、多くの将兵が死亡し、指揮系統は崩壊寸前。連携も取れないだろう。
それに、米軍の戦闘教義は航空戦力による敵の殲滅を前提としている。艦隊同士の撃ち合いなど想定外だ。
米軍の中では、戦艦といっても、強力な対空砲台という認識が一般である。
その主砲は基本的に自衛用であり、巡洋艦となら戦える程度に過ぎない。対空ミサイルや対空砲を大量に積んでいる浮かぶ対空戦車、というのが米軍にとっての飛行戦艦であった。
「厳しい…だが、勝てないことはない、か」
南方の参謀達は衝撃で真っ青だ。もはや当てにはならないだろう。
「元帥閣下、先の大戦で艦砲を主力とする事を選んだ日本軍と撃ち合うのは、やはり分が悪いと思われます。この際は、サンフランシスコ駐留の航空艦隊に支援を要請しましょう」
「中将、それでは、サンフランシスコの工業地域、居住区が敵艦砲の射程に収まるとわかっているのか?」
「はい、閣下。しかし、相手は日本軍。どこぞの南方軍とは違い、無闇に民間人を殺すような真似はしないかと」
日本軍は先の大戦で民間人虐殺をしなかった唯一の軍隊だ。だが、それも200年以上前の話である。人生150年時代でも、とっくに世代は入れ替わっており、現在の日本軍の性格など米軍にはわからない。
「それでも、サンフランシスコの市民を危険に晒す訳にはいかない。やはり、この空域で戦闘を行おう」
チャールズ元帥は、あくまで、市民の為の軍隊を求めた。例え日本軍が民間人を狙わなくとも、その上空で戦えば、流れ弾は確実に地上に落ちる。
それは、チャールズ元帥には許せなかった。
「兵士の命が無駄に失われても、でしょうか」
「そうだ」
「承知しました。元帥閣下が仰るのなら、そのために最善を尽くすまでです」
兵士と国民ならば、チャールズ元帥は国民を選ぶ。何のために軍があるのか。それは国民の幸福と生活を守るためである。その意味では、兵士の命よりも国民の命の方が重いだろう。
戦域は決定された。それが吉と出るか、凶と出るかはまだわからないが。