既定の迎撃
やっと戦闘が始まります。
崩壊暦213年12月10日21:12
舞台はアイオワに戻る。
「複数の敵戦闘攻撃機が接近しています!数はおよそ200!」
「やっと来たか」
チャールズ元帥は落ち着いた面持ちで呟く。今のところ、事態は想定内に収まっている。
「ひとまずは先程の、政府の命令がどうとかいう情報と矛盾しないが、流石に胡散臭いな」
「ハーバー中将は?どう思う?」
「はい、私も元帥閣下と同じ考えです。余りにも情報が露呈したタイミングが作為的です」
南方の参謀もこれには同意しているようだ。
だが、それから急に大量の情報が漏れてきた。日本軍の作戦、戦力その他の通信がいとも簡単に傍受できる。
「敵はこれまで無線封鎖でもしていたと?」
考えられる可能性は大きく2つ。これは罠である、もしくは、これまで日本軍が無線を使っていなかった、である。
「あり得ないとは断言しかねますが、考えにくいでしょう」
二人はおよそ意見を共にしている。だが、南方の参謀は無線封鎖説を主張し始めた。
「これ程の情報が露呈してきているのは、これまで無線封鎖をしていた敵が、作戦のため、通信せざるを得なくなったからに違いありません」
「では、これが敵の策でないという保証はありましょうか?」
「確実なことはないというのが戦場であるはずです。私は、これが日本軍の無能さによるものだという公算が高いと考えますが。実際にこれまで沈黙を保ってきた日本軍は、唐突に、不自然な程の大規模攻撃を仕掛けて来たではありませんか」
「ああ、その、まもなく、既定の迎撃を開始します」
だが、彼らの議論は迎撃開始の報によって遮られた。
「諸君、議論はまた後だ。ひとまずは、迎撃に徹しよう」
チャールズ元帥は艦橋で戦闘指揮を始めた。
「なかなかやらしい事をしてくる奴らだな」
チャールズ元帥は困り顔で言う。
日本軍の戦闘攻撃機部隊は、対空ミサイルの射程の間際で対艦ミサイルを放っては旋回し、離脱、接近を繰り返している。
大半のミサイルは迎撃できているが、一部は最前列の巡洋艦に届いている。大した被害ではないが、しかし、放っておく訳にもいかない。
「敵の攻撃機は撃墜できないか」
これ程遠くからの対空ミサイルなど、それを躱すのは、両軍の戦闘攻撃機にとっては容易だ。
しかし、対艦ミサイルを躱すのは飛行艦には不可能だ。
「コロンビアより、主機損傷の報告」
「下がらせろ」
基本的に、対艦ミサイルの一発や二発を食らったところで、即座に艦が沈むようなことはない。だが、当たりどころが悪いと重傷を負うこともある。
「このままではいたずらに味方の被害が増えるだけです。反撃に移っても良いでしょう」
ハーバー中将は進言する。
「そうだな。リンカーンとケネディに出撃を命じよう」
リンカーン、ケネディ、どちらもサンフランシスコ防衛艦隊に元から所属する空母だ。その艦載機は合わせればおよそ200。今攻撃してきている日本軍の全戦力とほぼ同等の戦力だ。
また、チャールズ元帥からすれば、最も信用できる部隊のひとつでもある。
両空母から戦闘攻撃機が次々と出撃していく。
大規模な編隊を組んだ戦闘攻撃機達が、凄まじい速度で、爆音を伴いながら、艦隊の上空を飛んでいく。
両軍にとって初の航空戦が迫る。
「さあ、日本人ども。一人残らず叩き落としてくれる!」
「そうだ、俺たちが負けるわけはねぇ!」
彼らはすぐさま日本軍に接近し、戦闘が幕を開ける、と思われた。
しかし日本軍は、米軍の戦闘攻撃機を見るや否や、全てを投げ出したかのように、踵を返し、艦隊に逃げ帰っていったのだ。
「なんだ?あいつら」
兵士達は一瞬呆気にとられる。
これからの戦いに武者震いしていたのだから、当然のことだろう。だが、彼らはすぐに我に帰る。
「奴らは怖じ気づいただけだ!追うぞ!」
米軍は追う。
日本軍は断固としてこれを無視し、一直線に艦隊に向かっていく。
暫くして、彼らは日本軍の防空圏に入らんとしている。
「これ以上は追うな!」
チャールズ元帥は日本軍の防空圏手前にいた全機に命令を下す。罠の可能性は高まるばかりであり、敵艦隊の射程内にまで追わせる訳にはいかなかったのだ。
「しかし…了解しました。閣下」
飛行隊長は素直に撤退を受け入れた。
「全機に告ぐ、直ちに追撃を止め、各々帰投せよ」
最初の航空戦は、両軍ともに犠牲を出さずに終わった。