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憎み合うその前に

作者: 海月 楽

私の父には愛人がいる。

私の母にも愛人がいる。

父は愛人の元を訪ねてよく家を空けたし、母は愛人を呼び寄せてよく部屋にこもっていた。

長子であり長女の私はというと、お前のせいでまた憎い人と身体を重ね無ければならなくなったと幼い頃からよく罵られ、冷遇された。

そこだけは二人してよく似ているな、と今なら笑える。

私はマカロンを口に放り込むと、すかさず紅茶を口に含んで溶かすように食す。

政略結婚を控えて暇を潰している、それが今の私。


「お姉様、本当に結婚するの?僕を一人にするの?」


思春期を控えたくらい年頃の少年が私の手を取り、懇願する。

そんなことをオウムのように毎日何度も呟いているのが、私の弟。

両親から愛されなかった弟はその全てを自分にもっとも近しい私に求めた。

弟は同じ立ち位置だと思っているが、決してそんなんではない。

弟は両親から必要とされ、私は両親から必要とされなかった。

だから、断じて違うのだ。

それももう終わる。

程の良い縁談に父と母はいやらしい顔で微笑んでいた。

こんなにもよく似ているのに、よくもこう互いを嫌いになれるものだとも思うが、やはり同じ者を憎み合う時点でよく似ているのだ。

私は父と母のように政略結婚をする。

私もまた父と母のように違う誰かを愛し、互いに憎み合うのだろうか?

つまらない予定調和に、私は欠伸を噛み殺した。


「お姉様、僕を置いていかないで。」


弟は涙を流しながら、私に縋りつく。

でも、面倒なのは嫌いなの。


「…うんざりなのよ。貴方も私も父と母の子、人生の伴侶を見つけたとしても互いに憎み合い、幸せな家庭なんて絶対に持てないの。生涯、逃げられないの。貴方も私も。」


私は弟の頰を両手で持って、よく言い聞かせるように絶望を与える。

この屋敷を出たとして、決して逃げられるのではない。

新しい地獄へと向かうだけなのだ。

救いを求めるその顔を私は冷たい目で見ていた。

最近見え隠れする彼の私への偏愛と束縛に、辟易していたのだ。

もうこれ以上面倒なのは真っ平。

ただ、両親のように伴侶ではない誰かを愛し、伴侶を憎み、子を憎み、死んでいく。

面倒なのはそれだけでいい。

弟を突き放したその翌日に私は伯爵家の嫡男に嫁に行った。


私の夫となる男は狼だ。

貴族として上品さも持ち合わせながらも、粗野で大胆な一面を持つ。

黒い髪に金色の目、何より、その大きな口でニヤリと笑う、まさに狼。

もっとも夜会で女性達を食い漁る害獣である。

これから私が憎む相手…

横目でチラリと見ると、感のいい野獣はそれにすぐに気がついて舌舐めずりするように笑う。

今日は私が食べられるのだ。


「…楽しそうね。」


自分からは決して声を掛けるつもりは無かったが、思わずたずねてしまう。


「女を抱くのは楽しいからな。君は?」


触れられるたびに毒蛇にまとわりつかれるような不快感に鳥肌が立つ。

思えば式の誓いのキスから不快だった。


「他人に触られる不快さを思い知っていたところよ。」


母も父もこんな気持ちだったのだと思うと、本当に血は争えないと思う。


「それくらいが面白みがあっていい。こちらも一周して退屈していたのだ。」


薄暗い中で狼の瞳と犬歯が光ってる。

蛇のようだった触れ方が、急に張り付くようにねちっこくなっていく。

私は眉間にしわを寄せながら、終わるのを待った。


「そんなに心を開くのが嫌か?」


その男は朝になっても私のベッドの中にいた。


「政略結婚に心など必要ないでしょう?」


私の身体を隠すようにシーツを掴み、男を睨みつけた。

ひとつに結ばれていた黒髪は乱れて、その隙間から金色の瞳が獲物を狙っている。

朝の日差しの中でも狼は狼だった。


「それならば無関心でいればいい。何故敵対する?快楽に身を任せ、利用する、それだけだろう。」


的を得たような狼の言葉に私は目を丸くした。

所詮、私自身が父と母に固執していたということか。

しかし、瞼を閉じてため息をひとつ吐くと心はすぐに凪いだ。

抗えど道は決まっている。


「いつか私は貴方以外の者を愛し、貴方を憎む。」


そう私が言うと、狼は不快そうに顔を歪めた。


「未来が決まっているとはつまらんな。しかし、その邪魔をするのも一興か?」


狼は顎に手を置いて考える素振りを見せると、すぐに愉快そうな顔を浮かべた。

私はそれを獣らしく快楽に委ねるのが上手いな、と呆れて見ていた。


「面倒は嫌いよ。」


頬杖をついて、睨みを効かす。


「…残念ながら、君の夫は面倒な人間なのだ。」


狼はそれを面白そうに茶化す。

それこそが夫を憎む要因になるのだと心は冷たくなる。

しかし、狼は私の口が開く前にその口を塞ぐ。

心とは裏腹に熱くなる身体に身を任せることはない。

声などあげてやるものか。


「君が初めから夫を愛せば済む話だ。」


狼が仮初めの指輪にキスをする。


「反吐がでる。誰も愛さない心の無い野獣に魅力などあるものか。」


手を振り払い、狼の頰に爪を立てた。


「本性が出たな。君こそ野獣だ。野獣同士仲良くすればいい。」


狼夫は私が抵抗すればするほど楽しそうな顔になる。

笑うなこの変態野郎。

私たちは憎み合う前に嫌い合う。

それくらいが丁度いい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きを!!!待ってます!!!
[良い点] 続きが気になります。犬っころ旦那は死ぬまで畜生のままな気もするけど。
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