~第三話~ 反実世界・仮想世界
気がつけば朝だった。
いつの間に家に帰ったのだろうか、記憶がない。でも僕は、知らずのうちに自室の布団に入っていた。
寝ている人からみて「頭上」にある安っぽい目覚まし時計を見る。まだ朝の六時だった。
もう一度寝ようとも思ったが何故かその日に限っては目が冴えてしまい、昼に起きる時よりも遥かに寒い室温の中、やっぱり嫌々ながら布団から出た。
と、
ドスン!
「痛ってぇー!」
布団、ではなかった。
僕が寝ていたのはベッドだった。
おかしい。
僕――というかウチにベッドなんてなかったはずだ。と言うのも、親父が頑固で「日本人は布団で寝るのが文化だ」と言って聞かないからだ。
どういう事だ、とうとう折れて僕に秘密で買ってくれたってか。
だったらどうして僕なんだ。ベッドを欲しがっていたのは僕じゃなくむしろ母さんや妹だったはずだ。
その理由を聞き出すために僕は自室から居間へ下りる。
だが家族はいなかった。よくよく考えればそうだ、昨日が日曜だったのなら今日は月曜で平日、両親は共働きだから仕事に行っているのは当然だ。六歳下の妹は春休みだが、コイツはどっか出掛けたのだろう。
まぁ、帰ってくれば分かることだ。
こんなに焦った様子で考えてはいたが、冷静になれば大したことでもなかったので、僕は昨日同様外出する支度をすると早速寒い寒い外へ出陣することにした。
扉を開けて一歩出た瞬間気付いた。
そこは僕の地元ではなかった。
近隣の家は軒並み一変していたし、昨日行った商店街も全て僕の知らない店舗へと名を変えていた。
道路標識を見れば町を貫通する国道311号線も703号線になっていたし、何よりこの町自体の名前が見知らぬ名前になっていた。
訳が分からない。僕の家は僕が寝ている間に移転してしまったのだろうか。
いや、そうでもない。
だって、地理的には昨日と全然相違がない。
僕は急いで家に戻りインターネットで地図を調べるけれども、また携帯のGPSを使って確認するけれども、ここは紛れも無く昨日僕が住んでいた場所であり、同時に僕の知らない地名でもあった。
「なんてこった」
こんなシチュエーション、前に本で読んだ気がする。でも僕はそんな虚構-フィクション-的主人公-ヒーロー-的リスク危機的状況に陥りたくはないし、また陥ったとしてこんな常套句しか口に出来ないのであった。
居間のテーブルに放置された今朝の朝刊を読んでみた。トップ記事は名前も知らないような芸能人のスキャンダル情報だった。
いつからこの国は一般市民も知らないほどマイナーな芸能人をピックアップするほどに平和ボケしてしまったのだろうか。
そんなことを考えながら何の気なしにヘッダを眺めてみると、そこには細かい明朝体でこう印字されていた。
〈毎日日報・2044年3月28日(月)〉
「は?」
月日に驚いたのではない。世界が自分にとってこんなにおかしくなろうとも、今日はこの日で合っているからだ。
新聞名が変わった訳でもない。ウチは昔から地方新聞など取ったことはなく、これまた親父たっての希望で選んだ新聞だ。というよりは家族では親父以外に毎朝律儀に新聞なんて読む人はいない。
だがやはりおかしい。
今は2011年3月28日のはずだ。
いつからこの世界はそんなに遥か彼方の未来になっちまったんだ。
僕は再び視線を新聞の広げてあったテーブルに戻す。
未来の新聞を見つけてパニックの上にパニックになっている僕に更に追い討ちをかけるかのように、テーブルにはこんな小さな紙切れが置いてあった。
〈Your shadow will make you to be in the future. Find out yourself; otherwise, you must be left on this “Parallel World” forever…〉
英語の苦手な僕が必死にその奇怪な文章の和訳を試みている時、
「見つけたか」
「うわっ!」
突然背後から、かかるはずのない声がかかった。僕はすぐさま振り返る。そこにいたのは親父でも母さんでも妹でも、また中学の友達でもない、見知らぬオッサンだった。
「アンタ誰だ!」
オッサンは全身に黒を纏っていた。いつの時代なのかシルクハットまでかぶって。
ソイツは僕の険しい問い掛けには答えず、かわりにこう告げた。
「お前はお前でない」
「何の話だ」
「お前にとってここは未来だ」
「何故それを――」
「未来でありながら反実世界だ」
「どういう事だ」
「そのメモの通りだ」
「読めなくて困ってんだよ」
自分で言ってて恥ずかしいこと無上だが、そうしてでも言及しなければならない。
「パラレルワールド。お前は生きる世界を失った」
「日本語で言え」
「第一の鍵は四十八時間後だ。その時までに探しておくことだ」
「おい、ちょっと待てよ!」
それだけ伝えると男は存在を消すように薄く消え去っていった。
何なんだよ、もう!