2-1 ( 特殊メイク専門学校生の話 )
ハリウッド特殊メイク専門学校生の話
(被害者と加害者の話ではよくわからなかったので加害者の話に出て来た人物に当たることにした。代々木公園に関してきいた。)
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代々木公園の都市伝説?
ああ池の妖精のことですね。知ってますよ。見たことは殆どありませんけど。
うっかり物を沈めてしまうと池の中から世にも怪しい妖精さんがでてきて、沈めてしまった物を金と銀に変換してくれるんですよね。
うまい棒なら金のうまい棒と銀のうまい棒、エクスカリバーなら金のエクスカリバーと銀のエクスカリバー、銅の剣なら金の銅の剣と銀の銅の剣。
それと、金と銀に変換した物をくれるだけならいいんですけど、元々落とした物は返してくれないみたいなんですよ。
剣とか弓ならいいんですけど、殷の青銅器とかプラチナメイルとか落としたら大変ですよね。だって、劣化してるわけですから。金とか銀に変換しなくていいからオリジナル返せって感じです。
友達が嘆いてました。プラチナメイルが金の鎧にされて劣化した!とかいって。あたしは池の妖精に直接は関わってないのでそういう憂き目には遭ってないんですけどね。
間接的には関わってるんですけど。どうか関わったかは置いといて、池の妖精なんですけど、まず噂があったんですよ。
誰が最初に言ったかはわかんないんですけど、とりあえず噂は広まってたんですね。
でもその噂、ものすごいザックリしてたんですよ。
”あの池になんか投げ込むとなんかおこるらしい”
ていうのだったんです。
……はい、ほんとですよね。どんだけザックリしてんだよ、て笑ってましたからね。
逆に、あれだけザックリしときながらなんで広まったかの方が不思議です。その不思議さに比べたら池の妖精なんてどうでもいいくらいです。
でも大体わかりますけどね、誰かが意図して流した噂なんだな、てことは。
だからこれは誰かが池の妖精を目撃して流れた噂じゃなくて、池の妖精とつながりのある人が池の妖精を知らしめる為に流した噂なんですね。
それだけなら、”あの池になんか投げ込むと妖精が現れる”、でいいんですけど、妖精が現れる、て情報自体は知られたくなかったんでしょう。
だからある程度ぼかす必要があって、考えた結果が、
”池に投げ込むとなんか起こる”
になったんだと思います。
でもそれ、ぼかし過ぎですよね。皆で突っ込んでました。これ突っ込み待ちだろ、て。いかにも、突っ込んで下さい、みたいに主張してましたからね、噂自体が。
もしかしたら噂を流した人は突っ込まれることを前提に流したのかもです。だったらすごい周到ですよね。あまりの周到さにあたし、慄えが止まりません。ふふふ。
まあ実際のところは噂は一応流れたもののあまりのザックリさ加減に誰も実行する人がいないから関係者が自分で実行してやっと広まった、て感じなんでしょうね。
最初に行った人は今はもうわかんないですけど。
え?あたしが関わったことですか?
えっと、まあ友達の知り合いが池の妖精に会いたい、てことであたしのとこに来たんです。
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で、まずわかんなかったんですよ。
なんであたしのとこにくるんだ。行きたきゃ行けよ、て。
そう言ったら友達とその知り合いが、なんでそんなこと疑問に思うんだろう、見たいな顔に一瞬なったんですけどすぐに納得したようになって説明してくれたんです。
その友達の知り合いは演劇サークルに入ってて、役者熱がすごいみたいなんです。
どんな役でも手を抜かないらしくて、まず演劇の背景となる時代の風俗とか徹底的に調べ上げて生活から役に入るみたいなんですよ。
縄文時代なら竪穴式住居に住んで、キューブリックの爆弾仕掛けのオレンジならあの時代の家みたいに家をリフォームして、スタ○ウォーズならあのアンドロイドとかまわりに侍らせてヨ○ダにフォースを習ったり。
脚本とかも全員分の台詞もト書きもきっちり全部感情付きで憶えて暗唱できるようにして、衣装とかも完璧に世界観に合わせたものを用意してるらしいんです。
クリーチャーとかの役をやる場合は顔を変色させることはできないから、そのときはメイクで世界観に合わせてるみたいです。
だから池の妖精にも同じようにするべきだろう、て。
それきいて池の妖精に会いに行くのにあたしのとこに来た理由を一瞬納得しかけたんですけど、まだわかんなかったんですよ。
池の妖精に会うくらいなら役とか関係ないじゃん、普段着で行けば?て思って、そう言ったんです。
でも、それじゃだめだ、て。
そのとき初めてきいたんですけど池の妖精、でてきた一言めが、
「旅人よ、」
らしいんです。
だから何?とか思ったんですけど、その演劇サークルの人の顔が、なんか”わかったかそういうことだ”みたいな顔になってるんですね。
いやそんな顔されても、て感じじゃないですか。
でもそこで、わかんねえよこのファック野郎、とか言って傷つけるのも悪いな、とか思って考えたんですけど、それでもなんでその演劇サークルの人があたしのとこに来たのかわかんなかったんです。
まあ本当はわかったんですけその人がどんなリアクションするかを見たくて、わかんないんだけど、て言ったんです。
そしたらなんか、ものすごい驚いた顔になったんですよ。フランシスコベーコンの絵みたく。あの教皇がドクロみたいな顔で叫んでる絵です。演劇サークルの人の顔もそんな風になったんですよ。
ていうかそういう顔をしてみせたつもりだったんだと思うんですけど、駄目でしたね。失敗したのかピカソの絵みたいな顔になってました。
リアクションを見たくてわかんないふりしたのに残念です。60点でした、1000点満点で。
だからそれ以上そのネタで引っ張っても面白くなさそうだったから、あなたは旅人のメイクをしたいんですね、て指摘して上げたら漸くほっとしたみたいでした。
でも演劇サークルの人は旅人のメイクなら軽く泥をまぶすぐらいで十分それっぽく見えると考えてたみたいで、そう言われたんです。
で、それをきいてちょっとイラっときたんですよ。
メイクなめんな、て。
軽く泥をまぶす程度じゃ駄目で、細かい切り傷とか痣、呪いを受けたみたいなタトゥーとか加護とか受けてるみたいな光とか、それぐらいやんなきゃ旅人には見えないし、やんなくても旅人にみえるとしてもそれはあたしじゃなくてもできることなんです。他の人じゃなくて、このあたしのとこに来てるぐらいなんだからもっとマシな期待してきなさい、とか軽くそんなこと指摘したら納得して全部任せてくれました。
正しい判断ですよね。余計な注文とかつけられてもクオリティが下がるだけですから。
そんなかんじでメイクしてあげたんですよ。
ただ、仕事じゃないからお金はとらなかったんです。代わりにちょっとメイクで遊びましたけどね。
本当に旅をしたくなるメイク、とか。
ちょっと前に読んだ本にそういうのが載ってて、そのうちやってみようとか思ってたんですけどやったことはなかったんですよ。
それで折角だから実験台のつもりで演劇サークルの人にやってみたんですよ。成功しなくてもいいやぐらいの気持ちで。
だから失敗して効果がなかったり意外な副作用があるだろうなとか思ってたら予想外にも成功して、その演劇サークルの人、「ちょっとカンダタ倒してくるわ!」とかいってバラモス城いっちゃったんですよ。今考えると微妙に失敗したのかもしれませんね。
あとから聞いた話によるとその演劇サークルの人、王様に「しんでしまうとはなにごとだ」とか言われてたみたいです。
やっぱり返り討ちにあったんですね。
バラモスのブログ見ても演劇の人のことは書いてなかったから多分、城の中をうろついてる雑魚キャラにやられたんでしょうね。「うごくせきぞう」とかに。
でも演劇サークルの人、そこまでするぐらいならなにもメイクに頼らなくても地で旅人をやって池の妖精のとこに行けばよかったのに、とか思うんですよ。
仕向けたのはあたしですけどね、ふふふ。
なんか王様に怒られたあとでちゃんと池の妖精には会えたみたいです。池にはエンゼルを投げ込んで、金のエンゼルと銀のエンゼルをゲットしたとか言ってました。
うまく池の妖精に会えたからか演劇サークルの人、ぜひお礼を!とかいってきたんですけどあたしはあたしで楽しかったからちょっと遠慮したんです。でも、じゃあせめてこれを、とか言ってドンペリくれました。
なんでバラモス城に行くことにしたかをわかってないんですね。わかってたら、お礼を!とか言うわけないと思うんですよ。あの人が莫迦でよかったです。
ちなみにあの人、役者を極めてのっぽさんの背景の木の役を射止めてやる、とか意気込んでました。
役としてはもうできると思うしあの番組はもうずっと前に終わってるんだけど、とか思ったんですけど、黙ってる方が面白そうだったので黙ってました。
かわりに、冥福……じゃなくて幸運があるといいですね!て言ったらがっしりと拳を握ってから強く頷いてました。
それがよっぽどうれしかったのか、周りにも池の妖精を旅人で、とか勧め回ったみたいで、そのあと何人かあたしのとこに来たんです。
その度にメイクしてあげたんですけど毎回おなじだと飽きてくるから人によっては打撲とか腰痛とか毒とか鳥インフルエンザのメイクとかバリエーション変えてあげたらすごい喜んでましたよ。
人数ですか?いや、そんなに多くはないですよ。5、6人程度ですね。
全員が全員、旅人みたいな服きてたから軽く引きましたけどね。
……、はい、室町時代の旅人みたいな服で「たびびとのふく」と「どうのつるぎ」を装備してました。
役としてはさすがに最初の人が一番クオリティ高かったですけどね。
でもびっくりしたんですけど、役だけじゃなくて、服もクオリティ高かったんですよ。
仕事でメイクしにいったりするんですけど、そのときの衣装さんが持ってくる物よりもずっと本物みたいだったんです。仕事のときの衣装さんは時代考証はちゃんとしてるしクオリティも高いんですけど、見る人が見るとすぐに偽物、て、ばれちゃうような物なんですよ。撮影だからその方がいいのかもしれないんですけど、平安時代なのにナイロン使ってるから光沢感がおかしい、とか、常に新品で使用感がない、とか。
でもそのときの旅人の衣装は完璧で、隙がなかったんです。
繊維も麻で年代物の機織り器で織ったみたいな目だったし、ところどころ解れて泥とか落としきれてなかったり、袖の部分の縫い目も手縫いでいいかんじに粗かったし。
服のクオリティが高いっていうのは最初の時点から思ったんですけど、しばらくスルーしてたんです。
衣装てあんまり詳しくないし、演劇サークルの人はのときは人が人だったから自分で揃えたのかな、ぐらいに考えてたんです。でも次の人もその次の人も同じクオリティで、5人目ぐらいで、これは絶対おかしい、とか思ったんです。これは一般人に簡単に手に入るようなものじゃない、て。
で、きいたんですよ。この衣装、用意したの誰なんですか?て。
意外にもそれは最初に演劇サークルの人つれてきた友達だったんですよ。
ほんとびっくりして、全然知らなかったですからね。いつも一緒に遊びにいくときはそんなこと話さないですから。服のセンスいいな、とかよく思ってましたけど。
その5人目のメイク終わったあとで速攻で電話しましたからね。
今まで黙ってたことをちゃんと詰ってから、今度お店に遊びにいってもいい?てきいたら、明後日シフト入ってるからきてもいいよ、て。
その明後日ていうのが、えーと、四日前のことです。竹下通りにある店なんです。場所は前から知ってましたけどね。
そのあと二人ぐらい池の妖精に会いにいきたいからメイクをしてほしい、ていう人がいたんですけど授業があるから、とか仕事があるから、とか言って断っちゃいました。
本当は授業も仕事も入ってなかったし、あったとしても、別件で忙しい、とかいってさぼりましたけどね。
で、遊びにいったんですけど意外と普通のお店だったんですよ。
お香とかバリの衣装とかがたくさんある普通のアジア雑貨屋でした。
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もっとおかしい場所想像してたから、ちょっと残念、とか思ったんですけど、よく見たらありましたね、変な物が。
インドから持ってきたシヴァの秘宝とかアジア雑貨のお店なのに修道服とか、裏に大英博物館蔵とか貼られてる水晶でできた髑髏とか。名札に『ヴァジュラ』とか『歩く教会』とかって書いてましたけど、名前がまず変でしたね。それいったい何語なんだ、て感じです。
あと水晶の髑髏にはポップがあって、店員の睡蓮ちゃんオススメ!一定量以上の光を当てると髑髏の内部で無数に反射した光が核にも匹敵するエネルギーを生み出すんです、敵の侵攻の排除にいいかも。とか書いてあったり、他にもいろいろありましたね。あんまり憶えてないんですけど。
そこにあったものはネタとして十分で、ある程度仲のいい人となら軽く一時間ぐらいは盛り上がれる自信あるんですけど、あの人と話すと大体話逸れますからね。
そのときも、お店にお客さんがあんまりいないのをいいことに適当にだべってました。
雑談が一段落したところで、せっかく来たんだから、てことでお店の物をもう少し詳しく見て回ったんです。
その間にあの人はレジでなんか始めたみたいでした。何かは知らないですけど、お店に関することだったと思います。
お店は今いった水晶の髑髏とか以外にもアクセサリとかたくさんあったから見てて飽きなかったですね。名前は忘れたんですけど、すばやさが4あがる腕輪、とか、攻撃力が10%アップするアンクレット、とか、即死攻撃を一度だけ無効にするイヤリング、とか。
攻撃力アップとかはメイクで自分でもできるんですけど、常に10%アップとかはできないし、汗とかで少しでもメイクが形崩れすると効果が弱くなったり別の効果になったりして安定しないんですよ。
すばやさを4上げるメイクはちょっと難しくてまだできないというのもありますけど、すばやさを4も上げるのって結構なアドバンテージだったから本気で欲しくなったんです。
でもその日はハーゲンダッツを食べる日だったからやめときました。ハーゲンダッツを一日我慢するほど欲しくはなかったですからね、あの腕輪。
そういうふうにしてお店を見てる間お客さんがたまに来り帰ったりしてたんですけど、その中に一人、池の妖精に会いたい、ていう人がいたんですよ。
一人、ていうか二人組で、二人でいくのかな、とか思ったんですけど、行くのはそのうちの一人だったみたいです。
池の妖精に会いに行く、てことはメイクして欲しいんだろうし、それなら演劇サークルの人からあたしのことをきいた筈だからあたしに用があるのかなって思って、でもなんであたしがここにいるってわかったんだろう、て思ったんですけど、メイクじゃなくて服が欲しかったみたいでした。有名みたいですね、あのお店。
それで友達はレジで池の妖精に会いにいくって人を相手にしてて、そのなかに割って入るのも変だと思ったからあたしはやっぱりアクセサリとか見てたんですね。
でもちょっと気になってちら見してたんですけど。
いや、池の妖精に会いに行きたがる人ってなんか変なかっこうしてく人多いから、その人はどんなかっこうをするんだろうな、とか思ったんですよ。
もしかしてまた旅人!?とか思ったんですけど違ったみたいでした。
なんか、カウガール、て言ってるように聞こえたんです。
けどそれは気のせいだったのか、その人が試着した服は魔法使いみたいなやつでした。
三角帽子に新撰組の晴れ着の色を暗くしたみたいな柄で、ワンピースぐらい丈のあるパーカーだったと思います。………、あ、そうです。袖とかの縁のところに三角形のぎざぎざの模様がついてるやつです。
白魔導士みたいなやつ、て言った方がわかりやすいかもですね。
実際に着たのはそれよりもちょっと後の日だったんですけど。
その魔法使いの服を着て姿見の前で回ったりしながら、すごい、イメージぴったり!とか言ってました。
あの池の妖精に会いに行きたい、ていう人にとってカウガールって魔法使いのことみたいでした。
意味わかんないですよね。
化粧の人も同じこと思ったのか首捻ってましたね。
その人と一緒に来た人はなんか頷いてましたけど。
そんなかんじでアクセサリー見ながらそっちの方をさりげなく眺めてたら、池の妖精に会いに行く方じゃない人と目が合って、なんか手招きされたんですよ。
その人も知り合いで、最初見たときわかったんですけど、知らない人を連れてるときに話しかけるのも気まずいかと思ったから無視してたんです。
でも呼ばれたから行ったんですよ。そしたらいきなり、
ちょっとメイクしてあげてくれない?
て。なんだそりゃ、て感じだったんですけど旅人以外のメイクもいいかなとか思ってやることにしたんです。おもしろそうだからいいよ、て言ったら喜んでました。
そのときすぐ行くわけじゃなかったみたいで、数日後に雨が降ったあとで行くからそのときによろしくお願い、てことになったんです。
なんで雨が降った後にするのかはわかんないです。理由はきいたんですけど忘れちゃいました。なんか、干上がるとまずい、とか言ってましたけど。
けど雨、ていってもそんなに頻繁に降るわけじゃないし、すぐには降らないかな、とか思ってたんです。
週間天気予報見たら晴れマークばっかでしたから。
まあ意外にも何日か後に降ったんですけどね。にわか雨だったから気象予報士も予想できなかったのかもしれないです。
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それで、雨が降ったら連絡をくれるっていうからもしかしたらそろそろくるかな、とか思って携帯を取り出したらその瞬間にエイフェックスツインの曲がなりだしたんですよ、携帯から。着信音のことですけど。携帯取り出した直後に着信て、すごいタイミングよかったですね。
で、雨降ったから宜しく、て。
衣装の人の連絡どうするんだろうと思ってたら、なんかあたしの前にもう衣装のひとには連絡を取ってあって、竹下通りのあのお店に集合、てことになってて、だから行ったんです。
そのときはたまたま暇で、家でマ○オカートやってました。仕事とかあったらカウガールの人のメイクは断ってましたけどね。
竹下通りのあのお店に着いたらちょうど着替えが終わったとこみたいで、なんか浮かれてるみたいでした。
それでメイクに取りかかったんですけど、ちょっと迷ったんです。
カウガールか魔法使いどちらかなら簡単なんですけど、カウガールを名乗る魔法使い、てどうしようとか思って。
でも迷ったのはちょっとだけで、すぐ決めました。
今回はフリーテーマ。
カウガールとか魔法使いとか無視。
最近やった授業で、別人と思わせるメイク、ていうのがあったんですけど、それをあたしなりにアレンジして、別人格になるメイク、ていうのをやることにしたんです。
まったりと振る舞ってる間は何の効果もない綺麗なだけのメイクだけど、感熱式でちょっと感情が高ぶったりして体温があがると別人格が現れる、というメイクで別人格は故人からランダムに選択される、ていうやつです。
もちろん本人には黙ってやりました。
ただメイクが乱れると効果はキャンセルされるから成功しない確率の方が高かったんですけどね。できばえはいい感じで、あの人も鏡の前で浮かれてました。
でも確か、干上がるとやばい、とか言ってたから、早く行かないと干上がっちゃうよ?て指摘して上げたら慌ててすぐ行くことにしたみたいです。何が干上がるのかは知らないんですけど。
それで、終わったから帰ってマ○オカートやろう、とか思ってお店を出ようと階段を下りようと思ったら、衣装の人に後襟首掴まれたんです。
猫を掴むみたいに、がしっ、て。
そこで襟が喉がしまって、ぐえ、とかなっちゃって。
なにすんの!とか思って振り向くとあの人、顔がにやけてて人差し指を唇に当てて、追けるよ?とか言ったんです。
はあ?て感じじゃないですか。
あたしはさっさと帰ってマ○オカートのミラーコースをコンプリートしたいんだ、て言ったら、面白そうだから追けたいんだけど一人だと寂しいからついてきて、とか言ったんです。
あんまり興味ないんだけど、て言ったら、ハーゲンダッツおごる、て言われて。
二つ返事でしたね。
ぜひともついて行きますよ!て。
でもすぐ行くにしても、お店、一人しかいなかったんですよ。
だから、空にしたらまずいんじゃない?て指摘したら、そっか、とかいってレジの方に戻っていたんです。
レジの方に戻ったってことは後を追つけるのやめるのかな、じゃあハーゲンダッツはおごってくれないだろうけどマ○オカートはできるな、とか思ったんです。でもレジに戻ったというより、レジの奥に引き戸があるんですけど、その向こうの楽屋?いや楽屋はちょっと違うですよね。えーと、普通はなんていうのか忘れたんですけど、とりあえずその楽屋に入って行ったんです。
引き戸は閉めて行ったから帰ってもわかんないかな、とか迷ったんですけど、なんか楽屋の中から話し声が聞こえて、衣装の人ともう一人知らない人がでてきて、その知らない人が、それじゃ、休憩行ってきて下さい、て衣装の人に言ったんです。
それじゃ行こうか、とか言われて、衣装の人が楽屋にいる間に帰らなかったことを少し後悔しながら、あでもハーゲンダッツおごってくれるんだ!とか思ってお店の階段をおりたんです。
外に出ると、やっぱりカウガールの魔法使いはいなくてちょっと困ったんです。あの人がお店を出てからちょっと時間が経っちゃったからいきなり見失ったんですよ。
どうしよう、あきらめる?てきいたら、いやいや場所わかってるでしょ、て突っ込まれちゃいました。
まあ池の妖精が代々木公園にでる、ていうのは噂で聞いて知ってるから現地につくまでこっそり追けるとかしなくてよかったんですね。この人の性格からして、もしかしたら追けるって行為の方が目的で妖精の方はどうでもいいのかと思ってたんですが、そのときはそうでもなかったみたいです。
そんな感じで代々木公園に着いたんですよ。
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ちょっと遅れたかも、とか思ったんですけど逆でした。
むしろ先回りしてたみたいで、周りを見たらカウガールの魔法使いの人が歩いてくるのが見えたんです。向こうから見える位置にいたからばれそうでちょっと焦ったんですけどすぐ、隠れたからばれなかったみたいです。
隠れるとき衣装の人がちょっと挙動不審みたいにまわりを探ってて目立っててやばかったんですけど、後襟首を猫を掴むみたいに掴んで木の陰に一緒に隠れたから大丈夫でした。後襟首は掴まなくてもよかったんですけど、お店であたしがやられたやつの仕返ししたかったからちょうど良かったです。
ちゃんと、ぐえ、てなってせきこんでました。謝っておきましたけどね。
そういうふうに遊んでたらまた見失ったんです。
でも行く場所はわかってるから大丈夫だよね、てきいたら今度はわかんないみたいで。なんか代々木公園に来たの初めてらしいんです。
あたしも実際に来たのは初めてだったから、うわ、こりゃ二人して路頭に迷うか?とか行ってたらそのときに微妙に遠くの方から少年の叫び声が聞こえたんです。
なんか技名みたいなやつで、よく聞こえなかったんですけど、
ハドーケン!
とかだったと思います。
ハドーケン、とか聞いてあたし興奮しちゃったんですよ。
え、ちょ、ハドーケン、てことはリュウまたはケン使いでいやでもあの割と古いゲームは小学生がやるにはあまりにもレアでむしろ今でてるやつがあまりにもアレだから一周回ってストツーか!?今の小学生はむしろスーファミ!?
とか、なんか瞬時に思って妖精とか魔法使いとかどうでもよくなっちゃったんです。
それでもう、だだだ、てダッシュしてハドーケンの少年の方に向かって走ったんです。
衣装の人はなんか、なにやってんのあんた信じらんない!みたいな顔してたんですけど、ハドーケンの前ではそんなのどうだってよかったんです。
とりあえずあの少年のところに行こう、て感じで。
冷静になって考えると、ハドーケンの少年のとこにいっていったいどうするつもりだ、て感じなんですけどね。
それで、多分あの少年!みたいな少年が見えたところで後ろから誰かにいきなり腕を掴まれたんです。
怪しい人にじゃなくて、いや十分怪しい人なんですけど腕を掴んだのは衣装の人でした。つかまれた感じでわかりましたけど。
腕を掴まれた勢いで後ろに倒れそうになったんですけど肩を支えてくれたから倒れずに済んで、でもそのままあたしの肩を下に押すようにしてそこにあった植え込みの影に隠れるように座らせられたんです。
え、なに?とか思って衣装の人の顔を見ると、あたしの方じゃなくて横の方を見ながら目立たないように指差して、あれ見て!ていうんです。
で見てみるとなんか変な服の人がいるな、とか思ってたらカウガールの魔法使いの人だったんです。
後ろ姿だったんですけどあんな服をそこで来てるのはあの人しかあり得ないですから、それでわかりましたけど、それを見るまで忘れてたんです。ハドーケンで全部とんでたんですね。
そのときなんですけど、カウガールの魔法使いの人の奥にすごい早さで飛んでく物があったんです。
光りながら尾を引いて、減速しないどころか加速して行って、そのまま空の奥に光って消えたんですよ、消える直前に、キラン、て音がして。
キラン、て鳴るの、漫画の中だけのことだと思ってたんですけど本当になるんですね。
そのときにハドーケンの少年が、ええー、またあ?とかいってたからあの光りながら尾を引いて飛んでったものはきっと、ハドーケンだったんだと思います。
やっぱりハドーケンだけあってすごい威力だったんですよ。
地面がえぐれて砂埃とか巻き上がってました。
カウガールの魔法使いの人も魔法使いの三角帽子、手でおさえてましたからね、飛ばされないように。風圧で木の葉とか全自動洗濯機とかが飛ばされてましたからよく飛ばされなかったと思います。
その飛ばされた物の中に一つ、変な物があったんですよ。
なんか赤紫色の布みたいなやつで、よく見えなかったから違うかもしれないんですけど多分、あれはつぎはぎのぬいぐるみぽかったから臓物もちパンダだと思いますけ。
………、臓物もちパンダですか?もちろん臓物もちアニマルシリーズのキャラです。臓物もちアニマル、ていうのはウサギとかライオンとかの動物をディフォルメしたみたいなののぬいぐるみのシリーズのことで、触り心地がもちもちしてるんですよ。で、全部瀕死なんです。
口から血を流してたり背中にのこぎりとかが刺さってたりして、おなかの部分が包丁とかで裂かれてて臓物がはみ出してるやつが多くて触り心地がもちもちしてるから、臓物もちアニマル、て言うらしいです。たまに持ち主の意識を乗っ取るみたいですけどね。渋谷のギャルに結構人気らしくてパルコの5階ぐらいに臓物もちアニマルのコーナーができたりしてるみたいです。
それで、ハドーケンの風圧でその臓物もちパンダが飛ばされて、池の真ん中に着水したんです。
ハドーケンとかカウガールの魔法使いとか臓物もちパンダとかが気になってたからそれまで気づかなかったんですけど、そこが例の噂の妖精の池だったんですね。
絶対あれがそう、て分かってはいなかったんですけど、他に池なんてなかったからそれが妖精の池だと思ったんです。
実際にもそうだったみたいで、見てると池の中からなんか妖精がでてきたんです。
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その妖精は、もさ、てかんじのヒゲとテンパのロンゲが一体化したみたいな人で、ローマ人とかが来てそうな服を着てました。布一枚からつくったみたいなやつですね。
でもあの妖精、妖精には見えなかったんです。
代わりに後光とか放ってました。
眩しいだけでうっとおしいからやめてほしかったんですけど。
そんなこと思ってもあの妖精にとって死角にいるあたしたちの思いが届くはずはなくてそのまま後光を放ってましたけどね。
それで妖精の人、カウガールの魔法使いの人に言ったんです。
「旅人よ、あなたが落としたのは金の斧か銀の斧か?」
なに言ってんの?て感じでしたね。
臓物もちパンダを沈めたのになんで斧?金の臓物もちパンダじゃなくて?とか衣装の人と小声で罵倒してましたけど。魔法使いのカウガールの人も同じように思ったのかちょっと、ぼうっとしてました。
どう返すんだろう、とか思ってたら、
「いいえ、わたしが落としたのはそれではありません」
て言ったんです。
意外と普通の返事だったからちょっとがっかりしました。
いや、がっかりというか拍子抜けだったんです。魔法使いの服を指してカウガールの服とか言うぐらいだからもっと変な答えを言うのかと思ってたんですよ。
衣装の人も同じように思ったみたいで、顔が、帰ろうか?て言ってました。
それにうなずいて、植え込みから移動しようと少し腰を浮かせかけたところで、カウガールの魔法使いの人が言ったんです。
「わたしが落としたのはスーパーファミコン内蔵型の156型ハイビジョンテレビです。」
えええ、とか思って、立ち上がるのをやめて妖精の方を見ましたね。歩きかけてた衣装の人はあたしの背中にぶつかってこけてました。
でもあたしはスーパーファミコン内蔵型の156インチハイビジョンテレビ、て単語にやられてたんで衣装の人は放っといたんです。
そんなことより、この魔法使い、やっぱり期待通り!とか思ってました。
多分本当はスーパーファミコン内蔵型の156型ハイビジョンテレビなんて無いんです。15型のだったらあるんですけどね。
持ってますし。
156型に近いのはあるんですけど中国製で微妙に違うんですよ。
内蔵型の156型ハイビジョンテレビなんですけど内蔵してるのがスーパーファミコンじゃなくてソーパーファミコンなんです。
触ったことはないんですが、なんかやけに軽くて持って振ったら、カラカラ、て音がするらしいんです。それはそれで欲しいんですけどね。
妖精の人も同じように思ったみたいで、ちょっと固まってました。それで、
「旅人よ、お前の落としたものはそれではない、さらばだ」
とか言って水の中に戻ろうとしたんです。それを見て、ああもう終わりか、でも面白かったしいいか、て思って、こけた衣装の人に手を貸して立たせながら、帰ろうとしたんです。
でもカウガールの魔法使いの人、またやってくれたんですよ。
あの人、妖精にこう言ったんです。
「いやいや落としたんだって、スーパーファミコン内蔵型の192型ハイビジョンテレビ。」
て。
型の大きさはちょっと違うかもしれないんですけど、とりあえず増えてたんです、型。
さっさとハーゲンダッツおごってもらって帰ろうと思ってたんですけど普通に見届けたくなったんですよ。衣装の人は、ほらね、見たいな顔して座り直してました。
さっきまで一緒に帰ろうとしてたんですけどね。
見てると妖精の人はこう返したんです。
「莫迦を言うな。お前の落としたのは血みどろの臓物もちパンダでスーパーファミコン内蔵型の172型のハイビジョンテレビではない。」
はっきりとは聞こえなかったんですけど、これで大体合ってると思います。
それを聞いて魔法使いのカウガールの人、イラっとしたみたいで、
「ふたつ間違ってる。わたしが落としたのは臓物もちパンダでもスーパーファミコン内蔵型の172型ハイビジョンテレビでもなくって、スーパーファミコン内蔵型の256型ハイビジョンテレビなの、さっさとよこしなさい、この、ムサいヒゲ野郎!!」
て返したんです。
予想以上でした。
予想以上に魔法使いのカウガールの人面白かったんです。
だって、ムサいヒゲ野郎、て。
なんてぴったりな表現なんだろう、て思って、ツボに入ってしばらく正視できませんでした。
油断したら笑い声であたしたちがそこにいるのばれてましたね。
それでその後妖精の人が、
「さきほどはスーパーファミコン内蔵型の196型ハイビジョンテレビと言ったではないか。」
て言ったんですけど、つづけて、
「それとわたしはムサいヒゲ野郎ではない。ハンサムなナイスガイだ!」
とかいったんですよ。
訂正するんだ、そこ!とか思って。
しかも訂正内容がハンサムなナイスガイ!?無理がある!とか思いましたね。
それだけならまだ耐えられたんですけど、魔法使いのカウガールの人、追い討ちをかけたんです。
「莫迦なこと言わないでくれる?わたしが落としたのはスーパーファミコン内蔵型302型ハイビジョンテレビで、あなたはうざいコスプレマニア。ハンサムなナイスガイ、てなに?死語だよそれ」
とかって。
テレビの型番は上がってるし、うざいコスプレマニア、ていう、ムサいヒゲ野郎に続くぴったりな表現がでてきたからそこであたし耐えられなくなったんですよ、もうムリ!て。
それで取りあえず急いでそこから移動して、妖精の人からも魔法使いの人からも見えないところまで来て落ち着くまで笑ってたんですよ。5分ぐらい笑ってましたから端から見たら変な人だったんじゃないかと思います。
そしたら衣装の人がこっちに歩いてきたんです。
うざいコスプレマニアは?てきいたら、なんかもう終わったみたい、とかいって少し駆け足になったんです。
どこに行くんだろう、と思ったら、衣装返しにくるから早くお店に戻んなきゃ、て。
あたしが笑いに耐えられなくなったあとどうなったか、衣装の人に聞いたんですけどよくわかんなかったんですよね。
あたしの曖昧な表現を聞くよりもあの人から直接聞いた方がいいと思います。
え、その後のあたしですか?まあメイクなんて自分で落とせばいいんでお店には行かなかったです。
帰ってマ○オカートやりました。
あ、ハーゲンダッツおごってもらうの忘れてた、今度とっちめてやる!