1-1 ( 失踪した本人(被害者)の話 )
失踪した本人(被害者)の話
(手始めに本人に話をきくことにした。これは失踪した本人と、ある存在との会話を盗聴したもの。)
あなたの前に召し出された理由はわかっています。
あの日に私の身に降り掛かった災難についてですね?
………、ええ、よく憶えていますとも、何しろこの身に刻まれた記憶ですからね。
間違いのないように、あなたが確実に知っていると私に思えることからお話し致しましょう。
*
あの事件が起こったのはだいたい今から一週間ほど前ですよね。
被害にあったのは私ですが、それは私がある伏線を張ってしまったからあったことなんです。
勿論、意図した訳ではありません。自分が被害者となるべき伏線を自分で張る人なんていませんからね。
その伏線とはある仕事のことです。
ある仕事、などといっても既にあなたは知っていることでしょう。
水中から遺失物を届ける、あのアトラクションまがいの慈善行為です。
事件の一ヶ月ほど前、授業に出るのもめんどくさいからアルバイトの掲示板を見ていたんです。
で、端から見ていくと、家庭教師、試験監督、草むしり、居酒屋のマスターとかいろいろあったのですが、どれも凡庸でピンとこない。そう思ってもう少し見ていくと、あったんですよ。
「遺失物届け、時給1300円」
遺失物届けのバイトなんて聞いたことが無い。しかも時給1300円だなんて。
早速応募しましたね。それで面接にいってみると……いや、この下りは事件には関係ないので端折りましょう。関係あるのはそのバイトの中身ですから。
バイトの内容ですが、単に水中に潜って、旅人がそこに何かを落としてしまって途方に暮れているところに水面にあがって、その人が落としたものより豪華なものを二つ提示して、旅人が正直に自分の落とした物を主張した場合は豪華なものをすべて差し上げ、旅人が不実にも私が提示した豪華なものを自分が落としたものだと主張した場合は旅人の遺失物をまきあげるのです。
簡単なバイトでした。単に水中で呼吸ができて、空中に浮くこと、それと後光的なものを発することの三つができさえすればいいんですからね。
だからこそあのバイトは人気があったみたいで、みんなあんまりやめたがらないから欠員が出にくいんですよ。私がそのバイトを見つけたときはたまたま一人、ハワイで一山当てる、とか主張してやめた人がいたので入れたんです。運が良かったんですね。結果的には悪かったんですが少なくともそのときは、運がよかったと思ってました。
そのバイトは私の他に4人いて、だいたい皆、週2回から4回くらいはいっていて、私は週三で入っていました。
そうして事件までの一ヶ月、まったりとそのバイトをやったり授業をさぼってたりしてたんです。
そんなある日、いつものように水中に潜って旅人がうっかり水中に所持物を落とすのを待っていたときのことです。
水面から奇妙なものが沈んできました。
水面からものが沈んでくるのはいつものことですが、そのときはなんだかおかしかったんです。
いえ、もしかしたらおかしくなんて無かったのかもしれません。
今から考えたらおかしかったような気がするだけで、そのときは全然おかしくはなかった、のでしょうか?すみません、よく憶えていないのです。おかしかったのかどうかと、そのとき沈んできたものを。
いつもは拍子抜けのするぐらい普通のものが沈んでくるんですよ。
例えばうまい棒やエクスカリバー、天之叢雲、ブージャムやタイタニック、あるいは名状し難い残念なものや筆舌に尽くし難い要らないもの。
ほんと、がっかりですよ。せめて論語の原文とか夏目漱石全集とか沈めてくれれば教科書代とか浮いたのですけどね。
まあそれはいいとして、何かは忘れましたが何かが沈んできたのです。
確かそのときは戸惑って、とりあえずそれよりも豪華なものを二つ錬成してから水面を見上げました。そこにはいつものように旅人がいましたが、シルエットしか見えません。水中はバスクリンで濁らせてあるので見える方がおかしいのですが。
でもまあ、旅人はいるので安心しました。ちゃんと呆然としています。
たまにいるのです。沈めるだけ沈めて帰ってしまう人や、呆然とせずに仁王立ちして待つ人とか。
私としては帰る人はスルーだし仁王立ちの人は気にせずいつも通りの対応をするのですが、なんか気まずいし後味が悪いのです。
以前、短い時間に三回、ものを投げ込んだ人がいたんです。
三度ともまともな返答をしてもらえるならこちらとしては文句はありません。
しかしそうしてはもらえなかったんです。
一度目にその人はエクスカリバーを投げ込み、正しい返答を返すことができたので私は金のエクスカリバーと銀のエクスカリバーを与えました。
二度目はゴミ屑を投げ込んできましたが、そのときも正しい返答を返すことができたので金のゴミ屑と銀のゴミ屑を与えました。
しかし三回目にものを投げ込まれて水面に上がって後光を放ったとき、その人は遥か向こうの方に歩いていくところでした。
もしかしたら戻ってくるかも知れないと思ったので待ったのですがそのまま見えなくなって、仕方なく水中に戻りました。
運の良いことに、そのとき回りには誰もいなかったのですが、もし誰かいたら私が非常に気まずい思いをすることになるのは想像いただけると思います。
だって水面上で空中に浮かんで光ってる人なんて、不審人物以外の何者でもありませんからね。
そういうことがないように、旅人には普通に呆然としててほしいんです。
そんな意味で、事件のときの人のリアクションはハナマルでした。だから私もマニュアル通りの、つまりいつも通りの対応をしました。
その旅人が落としたものよりも豪華なものを二つもって水面にあがり、そのまま水面上の10センチくらいに浮き上がって直立不動で後光を放ち、こういいました。
「旅人よ、あなたが落としたのはこの銀の斧ですか、それともこの、金の斧ですか?」
そのとき初めて旅人の姿を見ました。
普通、旅人というときたない格好で室町時代に村人とかが着てそうな服のムサい男が多いんです。
装備でいうと「たびびとのふく」と「どうのつるぎ」ですね。スライムとかゴブリン相手に苦戦する手合いです。
……、なぜそう思うかですって?旅人は細かい切り傷とか打撲や痣、腰痛とか毒とか鳥インフルエンザにかかってるような見た目をしてるからです。
そんな状態で水の中に武器とか薬草とか草薙剣とか沈めてしまうものですからなにもできず、ただ呆然とすることしかできないのです。
例外はあまり見たことがありませんでした。
というより、一度しか例外は見たことが無かったのです。
その一度しか無い例外が、そのときの旅人だったのです。
ちょっと驚きましたね。細身でグラマラスな美人さんだったんです。
服はキャミソールみたいなのに金色のチェーンのついたガラス製のペンダント、シルクハットみたいな形をした麦わら帽子とふわふわのウェーブのかかった茶髪。それにハイヒールでした。
不覚にも、しばし見とれてしまいました。
ただ、私が問いかけた後だったのでみとれていても特に不自然でもなかったと思います。
私が旅人に問いかけると、普通、旅人は呆然とします。
まあそうでしょう。自分の所持物を沈めてしまって呆然としていたところに水中から現れた私のような得体の知れない人が問いかけてくるわけですから。
なので、旅人はいつも、こういうのです。
「………はい、私が落としたのはその金のエンゼルです。」
または、
「………いいえ、私が落としたのはどちらでもありません。普通のエンゼルです。」
これはエンゼルを沈めてしまった旅人の場合ですが、うまい棒であってもエクスカリバーであってもおおかた同じです。
金のうまい棒に、金のエクスカリバーですね。
これに対して私は、こう返すのです。
「不正直な旅人よ、お前の落としたものはこれではない。お前のエンゼルは私が没収する。悔い改めよ。」
または、
「正直な旅人よ、あなたの落としたものは確かにこれではありません。あなたの誠実さの対価として、この金のエンゼルと銀のエンゼルを与えましょう。」
そうして奪うなり与えるなりした後、私は忽然と水中に消えるんです。
エンゼルを落とした旅人の場合は金のエンゼルと銀のエンゼルを与えるんですね。
……、ええと、もともと旅人が落としたものだった単なるエンゼルでしょうか?もらうに決まってます。
文句を言う人はいません。
だって、元の品よりいいものが手に入っているんですから。
過去に殷の青銅器とかプラチナメイルとか落とした人がいて金の青銅器や金のプラチナメイルにして返したことがあるんですが、その場合はもともとの品よりも劣化しています。
殷の青銅器やプラチナメイルであるならば金の青銅器や金のプラチナメイルよりも貴重ですからね。
ですが私にとっては問題ありません。
もしかしたら泣いていたかもしれませんが、私の知ったことではないのです。どうせ彼らにはそれ以後何も手を出せません。
いつもはこのようなやり取りが旅人との間にあるんです。
例外は殆どありません。
ただ一度きりで、事件のときの美人さんがその例外でした。
どのようなやりとりだったか、正確には憶えていません。ですが、こんなようなものだったと思います。
まず、先程述べたような言葉を私が言い、思わずみとれました。
私の右手には金の斧が、左手には銀の斧が握られていました。なぜかは分かりませんが、なにとはなしに錬成したものは金の斧と銀の斧だったんです。
恐らくその前日に見たテレビの影響でしょう。幼児向けの番組だったと思いますが、その番組のコーナーの一つに同業者の話のエピソードがあったのです。
その番組はいいとして、美人さんの旅人は私が現れたからなのか私の手にあるのが自分の投げ込んだ物とかけ離れているからなのか、それは分かりませんがしばし呆然として、こう言いました。
「………いいえ、私が落としたものはそれではありません。」
ああ正直な方の旅人か、と少し残念に思っていました。
しかし、その美人さんの旅人は、その言葉の後にこう続けました。
「私が落としたのはスーパーファミコン内蔵型の172型ハイビジョンテレビです。」
なに言ってんのこの人!?あの企画倒れでなぜか奇跡的にプ口トタイプだけが造られて超プレミアでラスベガスの闇オークションに出品されておきながら2ユーロなのに「重くて邪魔」「持って帰るのがめんどくさい」「サンドバッグとしても不十分」などの理由で誰一人ほしがらなかったガジェットがここにあるわけないじゃん!そもそもあんなものをここに投げ込んだところで幅が広すぎて引っかかるし、沈んだとしたら防水性ゼロだから壊れるに決まってんじゃん!!ていうか、なんでこの人そんなものを持ち歩いてるわけ?
瞬間的にそんなことを考えましたが、ツッコムことはしませんでした。
そのようなことは無粋だし、まずどこからツッコムべきか、見当がつきません。
さんざん迷った結果、こう言うことにしました。
「不正直な旅人よ、お前の落としたものはそれではない。お前のXXは私が没収する。悔い改めよ。」
いつも言っている台詞ですね。定型文です。XXというのは沈んできたもの、つまり旅人が沈めたものですが、既に述べましたように、よく憶えていないのです。
どちらにしても旅人は不正直でしたから、没収、ということで問題は無かったと思います。
これ以上この旅人に言うべきことはありませんでしたから、いつものように水中に忽然と消えることにしました。
いままでこの間に旅人は異議を唱えたことはありません。それでまあ、これにも例外があってこの美人さんがその例外だったんですね。
「いやいや、待ってよ。落としたんだって、スーパーファミコン内蔵型の196型ハイビジョンテレビ」
なんか型番おおきくなってるんだけど!?
今から考えると無視すればよかったんかもしれません。けれども思わず反応してしまったのです。
その後、このようなやり取りをしました。
「ばかをいうな。お前の落としたのはXXだ。スーパーファミコン内蔵型の172型ハイビジョンテレビではない」
「ばかなこと言わないでくれる?わたしが落としたのはXXでもスーパーファミコン内蔵型の172型ハイビジョンテレビでもなくってスーパーファミコン内蔵型の256型ハイビジョンテレビ。さっさとよこしなさい、この、むさい髭野郎!」
「さきほどはスーパーファミコン内蔵型の196型ハイビジョンテレビといったではないか。それと私はむさい髭野郎ではない。ハンサムなナイスガイだ。」
「二つ間違ってる。私の落としたのはスーパーファミコン内蔵型196型ハイビジョンテレビじゃなくてスーパーファミコン内蔵型の302型ハイビジョンテレビで、あんたはハンサムなナイスガイじゃなくてうざいコスプレマニア。ハンサムなナイスガイ?なにそれ、死語だよ?」
「いや死語という言葉も死語……」
「もういい死ね」
そしてそこで私の意識は途切れました。
後のことはわかりません。