どれが善
大橋秀人さんが復活を提唱した
震災復興支援3.11 スマイル・ジャパン 2016
震災を風化させないための企画に参加しました。
賛同者が増えることを希望します
「友哉、こいつ外すぞ」
横倒しになった自動車を物色しながら、俺は一台のトラックに目をつけた。別の自動車を漁っていた友哉が小走りにやってきた。
「入ってますかね」
腹をみせたトラックの燃料タンクをコンコン叩きながらペール缶を下に置いた。
「まるっきり空ってことはないだろう。だまって見てろ」
タンクから延びる銅管のネジを緩めると、ボタボタと透明な油が滴った。それだけでは流れ落ちるほどにならないので、もう一箇所のネジを緩めてやる。すると、小便のような軌跡を引いて油が流れ出した。
「こんなの入れて大丈夫ですか? 爆発なんかしないでしょうね」
友哉は、自動車用燃料ということでビクビクしている。
「莫迦このぅ。臭いでわからんか、軽油だ」
油が噴出したときうっかり袖を濡らしてしまったが、間違いなく軽油の臭いである。
「乾燥室に人を入れてやれ。こいつでバーナーを燃すんだ。でねぇと、服がびしょびしょだからなぁ」
俺は自動車の塗装屋だ。車体の塗り替えのために乾燥室をもっている。今頃は純也が自動車を外へ出して、中にパレットを並べているはずだ。
とんでもない地震に見舞われ、波にのまれた人が命からがら逃げてきたのを、俺は拒むことができなかった。それより、雪がチラチラ降る寒さの中、ぐしょ濡れでブルブル震えているのをなんとかしたい。その一心でバーナーを焚いた。しかし、燃料が心細くなってきた。
電気は停まったままだし、電話も通じない。携帯電話もまったく役に立たなくなっている。このままでは長くはもたない。そう考えて燃料を盗みにきたのだ。
俺の工場は、有機溶剤を使うということで山の中腹でひっそりと営業していた。が、それが幸いだったようで、津波の被害とは無縁だ。そのかわり、町から多くの人が逃げてきた。
外出用防寒着を着てはいても、水を吸ったばかりに反って体を冷やしてしまう。それでも狭いとはいえ風をしのげる工場に安心したようだ。
しかし、皆の唇はわなわなし、涙や鼻水で顔がぐしょぐしょだ。すさまじい恐怖にさらされたのだろう。そんな人に落ち着けというほうが、土台無茶だ。
俺が仕切らねば。くわぁーっと熱い塊がこみあげてきたのだ。
「純也、お前は乾燥室の車を外に出せ。それで、パレットでもなんでも地面に並べろ。それで、バーナーを焚け。いいか、服を乾かすのが先だから、ケチケチすんな。俺は友哉と燃料集めてくっからよ」
純也ならちゃんとやるだろう。あいつは穏やかな奴だ。こうして泥棒にゆくには友哉のほうが向いている。
そうして俺たちは、ハンマとスパナをポケットに、町へ降りていった。
坂の途中に太い材木が転がっている。その材木の上にもまた材木。商品ケースやら酒屋の冷蔵庫まで転がっている。そして、自動車が無秩序に積みあがっていた。その車を物色しながら、ディーゼルトラックを探していたのだ。
「こいつは……」
元気をもてあまして暴走族にはけ口を求めたのが友哉だ。荒んだ生活をしてきた彼が息をのんだ。
「親父さん、どうしよう……。俺たち助かるだろうか」
こういう場面にでくわすと、やはり子供だ。
「莫迦、このぅ。お前と純也が弱音吐くな。それで頭張ったって見栄切れんのか」
普通とは正反対のことを口にせざるをえない。友哉も純也も親から預かっている大事な子供なのだ。
「いいからトラックをさがせ。燃料をいただきやすいのを選ぶんだぞ」
「だけど、窃盗で捕まるんじゃないすか?」
「うるさいなぁ。俺がぜんぶ責任負うから、さがせ。お前は脅されてやっただけだ、心配するな」
保護司たる者の口にすべき言葉ではないだろう。しかし、こういう状況なら杓子定規にはいかない。それより、逃げてきた人を凍えさせるわけにはいかない。
「よし。これだけあれば丸一日使える。ガソリンもここでもらおう。そうすりゃ灯りがともせる」
俺は、友哉と一本づつ缶を提げて工場へ戻った。
「悪いけどさぁ、服が乾いたら外の人と交替してくれよ。外で焚き火するから、それで我慢してくれ」
幼子を抱いた母親が素直に外へ出るにもかかわらず、高齢だからといって居座ろうとする老人もいた。
俺が仕切ると宣言した以上、身勝手なことは許さない。有無を言わせず外へ追い立て、ガタガタ震えている人と交替させた。
幸いなことに水は通じている。しかし、これだけの人数を食わせるような物があるわけない。わずかに残っていた即席麺と米があるくらいだ。今夜は握り飯を作ろう。そして、朝になったら友哉を連絡に出そう。山で遊びに使っていたバイクなら少々の障害でも乗り越えるはずだ。
それにしても、純也と友哉が急に頼もしくなったものだ。
世間を拗ねていた二人が、中学生や高校生を指図して皆の世話をしているではないか。
呆然とする大人を尻目に、子供たちを指図して握り飯を作っている。不ぞろいで不細工な握り飯だ。
世間の鼻つまみ者だった二人は、立派な大人になろうとしている。
解除申請してやらなくちゃな。
二人の背中を見てそう思った。