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ノウゼンカズラの家 第六回

 それからわたしは、彼女と一緒に登校するようになりました。必ずしも毎日ではなかったのは、彼女が三日に一度は、学校を休んだからです。

「休んだ日は何をしてるの?」

 好奇心から、尋ねたものです。

「家におるか、お父さんがおるときは、公園で遊ぶ」

 彼女の父親は土木の職人なので、雨が降ると、たいてい家にいます。けれど、そうでない日も頻繁に、サントリーレッドと「柿の種」をスーパーの袋に突っ込み、昼間から顔を赤くして歩く姿が見かけられました。さいわい、子煩悩な一面があり、コズエに手を上げることはなかったようですが、下校中の男の子たちを追い廻すくらいのことは、したといいます。

 その件でかれは、何度も学校に呼び出されたようです。向こうが石を投げるから追い払ったまでだ、という言い分でしたが、娘を悲しませる者への意趣返しでもあったのでしょう。

(また赤鬼に追いかけれた)

(赤鬼の子供は、赤鬼になるんやろ)

 彼女の髪は、たしかに赤みがかったいました。わたしに言わせれば、まるで西洋人のように透き通った赤で、自身の平凡な黒髪が野暮ったく感じられるほど。やはり取り替えたいと思うくらい、羨んだものです。

 父親は娘を愛しながら、ますます家庭を荒廃させ、コズエを学校で孤立させました。平日に娘が家にいるのを見かけると、ランドセルを持たせ、学校へ追い立てました。

 ちなみにコズエが「チコクマ」になれたのは、父親が仕事に出るときは、早朝からいなくなっているし、休むときは、昼過ぎまで起きてこないからです。

 食事は父親が買ってくるパンや総菜が主でした。飢えることはなかったようですが、朝食は、たいてい晩の残りもの。公園へ追い出されたときのために、小さなクリームパンをひとつ、いつもランドセルに忍ばせていたといいます。

「でも公園にいたら、近所の人がうるさいでしょう?」

 けっこう広い公園で、日中は誰かしら人がいたように記憶しています。授業が行われている時間に、彼女がこんな所にいれば、人の目にも立ちますし、決して放ってはおかれないでしょう。

 幼い子を遊ばせている母親や、散歩中の老人。集金や検診の人が弁当を食べていたり、学生や暇な大人が本を読んでいたり。学校が引けた後になってやっと、子供たちは、三々五々にこの公園を目指しました。

 植え込みがあり、ベンチがあり、いくつもの遊具がありました。住宅に囲まれているけれど、一番奥だけが林に面していたようです。昼間でも薄暗いほどの林で、下生えも多く、蛇が棲むといって、腕白な男の子たちも、あえて足を踏み入れなかったようです。

 コズエはきらきらと光を放ちそうな、赤い髪を振ってみせました。

「公園ならもう一つ、あるやないね」

 そう聞いたとたん、わたしはアッ! と声を上げたまま、しばらく二の句が継げませんでした。二の腕まで粟立っていたのを、はっきりと覚えています。


 絶対に行ってはいけない公園。


 そういうものがあるらしいことを、わたしも時折、耳にすることがありました。

 行こうと思ってもぜったいに辿り着けないけれど、何かの拍子に、ひょっこりと迷いこむことがある。とても狭い公園で、ペンキの剥げたぶらんこが一つだけ、ぽつんと置かれている。

 誰もいないのに、そして風もないのに、ぶらんこはいつまでも独りでに、きい、きいと揺れている。

 それは妖怪博士に食べられてしまった女の子の幽霊が、ずっと座っているからなのだと……

 また、ある六年生の男の子が、そのブランコに乗って漕ごうとしても、ぎちぎちに錆びついて、まったく動かなかった。そのまま六年生は女の子の幽霊にとり憑かれて、連日とても恐ろしい怪異にみまわれた、などという、大人の目線で顧みれば、他愛もない、ばかばかしい噂話ばかりです。

 ですが、例えば一見、荒唐無稽な手鞠唄が、深刻な犯罪など、実際に起きた出来事を暗示しているように。子供たちが囁く噂話の裏には、何らかの暗い事実が隠されている場合もあるでしょう。

 ともあれ、当時のわたしには、「絶対行ってはいけない公園」の他愛もない噂が、とてつもなく恐ろしいものに感じられました。

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