聖夜のプレゼント 下
待ち合わせの駅まで走る。道は人でいっぱいで、なかなか前に進めないことにイラつきを覚えてしまう。
早く、早く、早く!!
やっと駅に着いた頃には、息が上がってしまっていた。
キョロキョロ辺りを見回すと、花壇に座る義長さんを見つける。
「義長さん!」
呼ぶと、彼はこちらを向いて微笑んだ。
「久しぶり」
「ひ、久しぶり」
目の前まで辿り着くと、義長さんは私の頬を流れる汗を拭った。
「走ってきたのか。そんなに急がなくても良かったのに。そんなに俺に早く会いたかったのか?」
「なっ! そ、そんなわけないでしょ?! 人が多くて暑かっただけ!」
思ってたことを言い当てられ、思わずツンデレな発言をしてしまう。うぅ、こういうところ直さなきゃって思ってるのに、なかなか直らない。
だけど、義長さんは私が照れてるんだって分かってるから、クスクスと笑っている。
撫でられ続ける頬が気持ちいい。感触も、体温も久しぶりだから、なんか照れくさいような……
って、そういえば私、1週間理由も言われずに放置されてたんだよ! 私は義長さんに怒ってるんだ。
頬の手を掴んで下へ下ろす。
「で、これからどうするの?」
冷ための言い方で、私は怒っているんだと主張した。そんな私に、義長さんは困ったように笑う。
「晩ご飯がまだなら、食べに行きたいんだが」
「まだよ」
「なら食べに行くか」
そう言い、いつものように私の手を握って自分のポケットに私の手ごと突っ込み、歩き出す。この行為は何度されても照れくさい。
ドキドキする胸。いやいや、こんな事で許したりしないんだから!
義長さんが連れて行ってくれたのは、ネットで好評のお店だった。予約がいっぱいで、なかなか食べに行けないってお店のはずなのに。もしかして、相当前から予約してくれてたのだろうか。だって、クリスマスに、なんてなかなかとれないはずなのに。
食事中は、料理の美味しさも助けになり、気まずくなるとこなく、会話をしながら楽しい時間が流れた。
ただ、何故1週間放置されたのか、という疑問には答えてくれない。その話題に持っていこうとする前に、他の話題に変えられてしまったのだ。
「はぁぁ、美味しかった」
外に出ると、店内の温かさで火照った頬に冷たい空気が触れて、ブルっと震える。
お昼は暖かかったから、マフラーしてくるのを忘れてしまった。流石に夜になると寒い。
「喜んでもらえてよかった」
そう言いながら、義長さんが自分のマフラーを私に巻いた。
「え、これじゃ義長さんが」
「さ、次に行くか。少し歩くがいいか?」
「ちょ、ちょっと!」
私の手を握り、強引に歩き出す。
私にマフラー渡しちゃったら、義長さんが寒いのに。だけど、こうなったらどんなに言葉を尽くしても、彼は曲がらない。
それにこういう事されると、大事にされてるんだなぁって実感する。
私はマフラーを顔の半分まで上げ、赤くなっているであろう頬を隠した。
繁華街から少し離れた所を歩く。この辺はきたことないから、全く道が分からない。
辺りを見回すと、シャッターが下りた店が目立つが、カフェや小物店など心の惹かれる店が立ち並んでいる。まぁ、全部閉まっているんだけど。
「お、あそこだ」
そう言って立ち止まった義長さん。私は他に向けていた目を前へ向ける。
「うわぁぁ」
小さな公園には、小さなイルミネーションとキラキラ輝く置物が置かれていた。繁華街の様に派手ではないけど、すごく綺麗。
「先輩に、ここは人があまり来ないがイルミネーションが綺麗だと教えてもらってな」
「すごい」
「気に入ったか?」
私はコクコクと頷く。義長さんは嬉しそうに笑い、公園の中へ入る。
公園の隅にはベンチが置かれていて、私達はそこに座った。
先輩さんの言っていた通り、ここは穴場スポットみたいで、私達以外は誰もいない。
「こうしていると、あの頃を思い出すな」
「え?」
「二人でこうして過ごしていた時のことだ。あの頃は、あの時間が尊いものだった」
義長さんが手を重ねてくる。
林で二人で過ごしていた時間。
懐かしい。もう何年も前のことだけど、あの時義長さんと過ごした事は全て覚えている。話をしたり、字を教えてもらったり、ただ二人で黙って過ごしたり。
「私も、すごく幸せだった」
義長さんの手に自分のを絡める。触れる手は温かい。
こうやって、彼の温かさを感じれるなんて、奇跡みたいなこと。だって、本当なら私はあの時にこの温もりを失くしたはずだったんだもの。
あの頃は、何週間も義長さんに会えないなんてざらだった。まぁ、あの時は同じ家にいたから、傍に居るんだっていう安心感もあったんだけど。
なのになんだ、最近の私は。1週間会えないってだけで、拗ねたり義長さんを疑ったり。
物凄く欲張りになっている。
もっともっと傍に。
もっともっと一緒に居たい。
重たいな、私。
「桜」
ふと名前を呼ばれ、顔を向ける。義長さんは真剣な目を私に向けていた。
「なに?」
「手を出して目を閉じてくれないか?」
「は?」
真剣な表情から出た予想外な発言に、意味が分からず首を傾げる。
「手を出して目を閉じてくれ、桜」
義長さんは私の両手を握り、顔を近づけてくる。カァと顔が暑くなる。
「な、ななな、何でよ?!」
慌てる私に、義長さんはニヤッと意地悪な笑みを浮かべる。
「何だ? 何を想像しているんだ?」
ズイっとますます顔を近づけてくる義長さん。
あ、あれ? なんか妙なデジャヴ感。こんなやりとり前にもした事あるよね。
えーと、確かその時は……
そうだ。簪をくれた時と同じやりとりだ。
ははぁーん。同じような会話をして、照れ隠しをしてるってことかな。そうと分かれば、乗ってあげようじゃないか。
「分かった。ほらこれでいい?」
私は目を瞑った。
すると、フッと義長さんが笑う気配がし、手を離された。
「まだ?」
「まだだ」
「もういい?」
「もう少し」
私の手の上に何かが置かれた。
ほら、やっぱり。あの時と同じ。
「もう開けていいでしょ?」
ゆっくりと目を開ける。と、目の前が暗くなる。
「んっ!」
キスしている。あの時と違って、私は義長さんとキスを……
「んん?! ぷはっ。ち、ちょっといきなりは心臓に悪い、よ」
予想外の驚きと、恥ずかしさで義長さんに怒ろうとしたが、自分の手に置かれているものを見て、私は目を丸くして言葉を失った。
手にあったのは小さな箱。開かれたそれに入っているのは、ダイヤモンドの指輪。よく見ると、ダイヤモンドの中に桜模様がある。
「こ、れ」
顔を上げると、義長さんは顔を赤くし、少し照れたように笑った。
「前々から今日それを渡そうとバイトしてたんだが、ちょっと計算を間違えて、詰めて働かないと間に合わないと気づいてな」
「だから、先週」
「メール1つだけで済ましてしまって悪かった」
ブンブンと首を振る。涙が少し宙を舞う。
今自分の手の中にある物の意味。
自惚れても良いのかな。私の想像してること、間違いじゃないよね。
義長さんが箱を取る。
「指に嵌めてもいいか?」
「う、うん」
私が頷くのを確認してから、義長さんがとったのは私の左手。そして、指輪は薬指へと。
「桜。俺は、今こうやってお前と居られることだけでも、奇跡のようで幸せな事なのだと理解している。今感じる温もりは、本当だったら自分から手放して、もう取り戻せないものだったはずだと、理解しているんだ」
私と同じこと考えてたんだ。
義長さんの手をギュッと握る。
「あの頃の私は、名ばかりの当主で、なんの力も持っていなかった。それでも、ライを飢えさせたりしない程度には力を持っていた。まぁ、結局はそれ全てを無くしてしまったけどな」
「そんなこと……」
ない、とは言えない。私は彼と一緒に、大切なものが無くなっていくのを見ているから。
「生まれ変わった俺は、また何も持たないただの人間だ。おまけにまだ大学生で、桜を飢えさせたりしないって胸を張って誓える力も持っていない」
ふぅ、とため息をつき、俯く。前髪から覗く瞳は、寂しげな色をしている。
「それに、この時代の桜の周りには、俺の知らない男が沢山いる。これからも増えていくし、俺がそれを全部把握するなんて無理だ。だから」
顔を上げ、私を見る。その目には悲しみではなく、強い意志が宿っていた。ゾクリと胸がザワつく。
「こうやって、桜を縛りたいと思った。桜は俺のなんだっていう印が欲しいと思った。そして、約束が欲しいと思ったんだ」
「約束……」
「桜、俺と結婚してくれ。もちろん今すぐってわけじゃなくて、大学を卒業して、ちゃんと桜を守れるようになってからだが」
信じられない。もしかして、これは夢? 私の願望が、夢にまで侵食してきたってこと?
自分の頬を抓ってみる。
「いたい」
てことは、ほんとのほんと? ほんとに私、義長さんにプロポーズされてるの?
「桜?」
変な行動をとる私に、義長さんは不安げな表情を浮かべている。
まさか、私が断るかもって思ってるのかな。そうだったら心外だ。
私は息を吐き、ニッと笑う。
「義長さん。自分が言ったこと覚えてないでしょ」
「言ったこと?」
「来世でも、私は貴方のものだって言ったの。覚えてない?」
言われた時のシュチュエーションを思い出すのは少々恥ずかしいんだけど。
「それに、私は貴方のことを2年間も待ってたのよ。ヘタすると一生待ってた。私は、貴方以外愛せないってくらい、重たい女なのよ?」
笑う私に、義長さんは目をぱちくりされる。そして、頬を緩めた。
「そうか。で、返事は返してもらえるかな?」
答えなんて分かってるくせに。
「そりゃあもちろん」
頬を緩め、今までの人生の中で一番の笑顔を浮かべる。
「イエスに決まってるわ」
〜Happy End〜




