聖夜のプレゼント 上
「しんっじられる!!!」
世の中がクリスマス一色で、カップルが1年で1番イチャつく日、12月24日。
の、はずなのに……
女子っぽい雰囲気の内装に、沢山のスイーツが並んでいて、それをキラキラした表情で選んでいる女子達。
女子限定、クリスマススイーツバイキング。どうして私はここにいるのだろうか。
「まぁ落ち着きなさいな。取り敢えず恥ずかしいから座りなさい」
ケーキを食べながら、小夜子は呆れ顔を浮かべている。
いやいや、これは緊急事態よ。落ち着いてなんていられるわけないじゃない。
「だって、今日はクリスマス・イブよ! なのに、なのになんで」
握る拳がワナワナと震える。
片手にはスマホ。そこには、さっき返ってきたばかりのメッセージが表示されている。
『義長さん:そうか。二人で楽しんでくれ』
スマホを投げたい気分だ。
分かってるの? 今日はカップルにとっては一大イベントのはずよね?! そして、今年は私は独り身じゃなく、彼氏がいるはずよね!!
なのにぃぃ。
「どーして、デートの一つ誘ってくれないのよぉぉ!!」
義長さんと付き合って初めてのクリスマス。
私は1ヶ月前くらいか、この日を楽しみにしていた。
別段クリスマスへの夢があるわけではない。これまで、クリスマスにはしゃぐカップルを見て、楽しそうだなぁとは思ったことはあっても、羨ましいとは思ったことはない。断じてない。
でも、だけど!
「今年は特別だと思わない?!」
ショートケーキにフォークを刺しながら、行き場のないイラつきを吐き出す。
「まぁ、桜の言わんとすることは分かるけどね」
ゼリーを頬張りながら、小夜子は苦笑を浮かべる。
「なんだっけ、1週間放置されてるんだって?」
「うぅぅ。そうなのよぉ」
私は崩れるように机に突っ伏す。
1週間前、クリスマスは一緒に過ごすんだとばかり思っていた私は、ウキウキしながら当日何を着ていこうか悩んでいた。
その時、あのメールは来たのだ。
『義長さん:すまん。当分忙しくて会えない』
流石にその時は放心状態になり、スマホを床に落としてしまった。
「それから連絡なかったのよね」
「そー。義長さんスマホ使うの苦手らしくて、私もそんな頻繁に連絡しないから、何日も連絡ないのは普通なんだけどさ」
「流石にそんなメッセージが最後じゃ、気になって仕方なかったわけか」
「そうなのよ」
ショートケーキを食べ終え、モンブランに手を伸ばす。
「でも、忙しいって言ってるのに、連絡しまくるわけにはいかないでしょ?」
「で、いい子ちゃんになっちゃったと」
「うっ」
なんで忙しのか。当分って、いつまでなのか。もしかして、他の子と会ってるんじゃ…… う、浮気なんてことないよね?!
全く納得出来なかったし、聞きたいことは沢山あった。
だけど、結局私はその返信を。
『桜:分かった! 落ち着いたら連絡してね』
我ながらヘタレだ。
「さよこぉ。まさか浮気なんてことないよね、ね!」
情けない声で助けを求めた私に、小夜子はニコッと微笑んで手招きをした。私は顔を小夜子の方に近づける。
「バッカヤロー」
「いたっ」
完全に棒読みなセリフと共に、チョップをお見舞いされた。これが痛いのなんの。私は涙目になりながら小夜子を見た。
「い、痛いよ」
「あんた馬鹿でしょ。それ本気で言ってるの?」
「で、でも」
「不安になってるのは分かるけどさ、大内さんが浮気するような人だと本気で思ってるの?」
小夜子の言葉にシュンとする。
義長さんが私を騙して浮気なんてするわけない。義長さんのことは信頼してるし、彼は私が傷つくような嘘は言わないって信じている。
「大内さんって桜にべた惚れよ。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいね」
小夜子と民部君とはよく4人で飲んだりしているから、小夜子は私達のことよく知ってる。
「そう、かな」
「そーよ。だから浮気なんて変な心配する必要ないと思うわよ?」
ハッキリと言ってくれる小夜子のおかげで、モヤモヤしてた気持ちが少し晴れた。
「そういえば、今更だけど今日は私に付き合ってもらっちゃって良かったの? 小夜子だって、民部君とクリスマス過ごしたいでしょ?」
「大丈夫。夜に会う約束してるから」
素っ気ない言葉とは裏腹に、ケーキを頬張る小夜子の表情はとても嬉しそうだ。
相変わらずラブラブだなぁ。
民部君と付き合い始めてから、小夜子は幸せそうな顔をしている。それは喜ばしい事なんだけど、親友の身からすると、小夜子を奪っていかれた気がして複雑な気持ちになる時がある。まぁ、相手が民部君だから仕方ないけど。
「あ、そうだ。桜に報告する事があるの」
「報告?」
「そ。私ね、民部にプロポーズされたんだ」
「へー。プロポーズか」
ん? プロポーズ……?
「えぇぇぇ!! プロポーズぅ?!!」
驚きすぎて、危うく椅子から落ちそうになる。
「え、えぇ?! プロポーズって、あのプロポーズだよね」
「結婚をしてくれって提案される意味のプロポーズよ」
開いた口が塞がらない。
「取り敢えず落ち着いて、倒したコップなんとかしなさい」
「あ、はい」
驚いた時に倒してしまったコップを戻しながら、もう1度頭の中を整理する。
民部君が小夜子にプロポーズした、と。
「まだお互い大学生だよね?」
まぁこのご時世、高校生で結婚なんてのもザラではあるけれども。
「あ、プロポーズって言っても、直ぐにっていうんじゃないのよ」
「そうなの?」
「経緯を説明するとちょっと長いんだけど……」
と言いつつ、話を聞いてほしそうな顔をしている。
「どうぞどうぞ。傷心中の私に惚気話を聞かせて下さいな」
「実はさ、私未だに告白されることがあるんだ。大学では彼氏いるって言ってるし、たまに民部が迎えに来てくれたりするんだけどさ」
「ほぉ。小夜子の人気は衰え知らずだね」
「で、告白されてるところを民部に見られちゃった時があったの」
「それはそれは」
彼氏の立場からすると、面白くないだろうな。
「ちゃんと相手には、彼氏がいるからって断ったし、民部にも説明してその時はそれで終わりだったから、スッカリ忘れてたんだけどね。この前のデートの時に、急に真剣な顔してさ」
「ほうほう。それで?」
「突然、結婚してくれ、って」
「そ、それは」
思わず顔が赤くなる。民部君、ほんわかした雰囲気を醸し出してるのに、意外と大胆だな。
「私もびっくりして聞き返しちゃったのよ。そしたら、顔真っ赤にして慌て始めてさ。別に今すぐって訳じゃなくて、お互い大学卒業して、落ち着いたらって言われたの」
小夜子は紅茶をひと口飲む。本人は何でもないような態度をとっているつもりっぽいけど、耳が赤い。
「で、小夜子はなんて答えたの?」
ニヤニヤしながら聞くと、小夜子はコップを置き。
「もちろん。こちらこそって言ったわ」
幸せそうな笑みを浮かべた。
私は小夜子の手を握る。
「おめでとうってのは早いかもしてないけど、良かったね」
「うん。ありがとう」
嬉しい。民部君と小夜子が出会って、付き合うことになったってことだけでも凄く嬉しいのに、結婚なんて。二人の中の『二人』も喜んでるだろうな。
「いいなぁ。羨ましいー」
「何言ってるのよ。羨ましがらなくても、桜はいつか絶対に言われるわよ?」
ため息をつきながら机に突っ伏す私に、小夜子はポンポンと頭を撫でてきた。
「もちろん。大内さんにね」
そうウインクする小夜子。私は恥ずかしくて顔を机につけた。
結婚、か。義長さんとは夫婦みたいな関係だったんだから、今更恥ずかしいなんておかしいけど。やっぱり憧れる。
私も、義長さんとずっと一緒にいられるんだという印が欲しい。
彼が私のもので、私は彼のものなんだっていう印が。
『お客様にご連絡します。もうまもなくお時間となります。繰り返します』
「あ、そろそろ時間ね」
バイキングの終了の放送か流れる。私達は残ったケーキを平らげ、お店の外に出た。
外はスッカリ暗くなり、色とりどりのネオンが輝きクリスマス一色で、大勢のカップルが仲良さそうに歩いている。
あーあ。私だって、義長さんと今日を過ごしたかったのに。
「このあとどうする? 買い物でもする?」
「ううん、私帰るよ。民部君と約束してるんでしょ?」
「まだ時間あるから大丈夫よ?」
「んーん。これ以上、ラブラブカップル様に、私の為に時間を割いて頂くのは忍びないからね」
「何言ってんのよ。恋人を理由に親友との時間を無くすなんて嫌よ。ほんとに私は全然大丈夫だから」
「でも……」
心配してくれる小夜子をどう説得しようか悩んでいると、ケータイが鳴った。メールを受信した音だ。
「ちょっとメールが」
開いて見てみる。その様子を見ていた小夜子が、一つため息をつき、ニッと笑う。
「あら、心配いらなくなったみたいね」
その言葉に頬が熱くなる。
『義長さん:今から会えるか?』




