幸せな 二
夕日でオレンジ色に染まる道を歩く。
風が吹きスカートの裾を撫でる。
「桜ちゃーん」
後ろから声がして振り返る。
「あ、百合香さん」
「今からお迎えでしょう。一緒に行かない?」
「もちろんいいですよ」
駆けてきた百合香さんと共に歩く。
「寒くなってきたわね。でもまだ暑いときもあるから冬服に変えるのは早いから大変だわ」
「そうですね。私は最近長袖着てますよ」
「私もそろそろそうしようかしらねぇ」
真剣に悩んでいる百合香さんの様子に笑いが込み上げる。
半袖に長いのを羽織るって手もあるけど気づいてないみたいだ。
普段はしっかりしてるけど、たまに天然なところがあるから面白い。
そんなところは変わってないな。
話しながら歩いていると直ぐに目的地である幼稚園に着いた。
表では子供たちが笑い声をあげながら走り回っている。
その中の一人が私たちに気付きこちらに走ってきた。
「ママ遅いよー」
そう言いながら駆けてきたのは百合香さんの息子の優斗君。
嬉しそうに笑いながら抱き着いた彼を百合香さんは受け止める。
「何言ってるのいつもと同じ時間でしょ?」
「そんなことないごふん遅い」
「何言ってんのよ」
頬を膨らませる優斗君を百合香さんはおかしそうに笑って頭を撫でている。
その様子を見ながら私は辺りを見回す。
おかしいなぁいつもなら飛んでくるのに。
「あれ桜ちゃんところはまだ来てないの?」
「そうみたいですね」
「優斗知らないの?」
百合香さんが聞くと優斗君はなんだか言いにくそうにモジモジし始めた。
その様子に百合香さんの表情が変わる。
さっきの様に笑顔だけど雰囲気が怖い。
「優斗?何か私に隠してるでしょう?」
「ええっと……」
「ん?」
優斗君は百合香さんの顔を何度か見て、小さな声を出した。
「さっき廊下で追いかけっこしてて、先生に怒られてからどっかいっちゃたんだ」
優斗君の言葉に百合香さんは彼の頭をポカッと叩いた。
もちろん緩めに。
「また先生に怒られることしたの?この前もうしないって言ったばかりじゃない」
「ごめんなさい……」
あぁなるほどそういう事か。
頭を擦る優斗君を見ながら苦笑を浮かべる。
優斗君と遊ぶとやんちゃが過ぎることがあるからなぁ。
「だけどどうしましょうか。どこに行っちゃたのかしら」
「あ、大丈夫です。検討はついてるんで」
私の言葉に百合香さんはそういえばと納得した顔をした。
なんとなくこっちかなと思って建物の裏に行く。
壁沿いに倉庫があって隠れるにはもってこいの場所だ。
私は真っ直ぐそっちに向かった。
倉庫の脇を覗きこむ。
するとまん丸の瞳と目が合った。
「こんなところで何してるの」
私は目の前の小さな存在に手を差し出す。
「ほら帰ろう義寿」
微笑むと義寿はパッと微笑みを浮かべ私の手を取った。
「もうあんなところに隠れちゃダメって言ってるじゃない。見つけてもらえないかもしれないでしょう」
手をつなぎ歩く義寿にそう言うと、顔を上げ不思議そうな目を向けてくる。
「でもママは僕のこと見つけてくれるでしょ?」
見つめてくる瞳になんと答えたものかと少し悩む。
そりゃあ私は隠れる『この子』を何度も見つけてるから。
この子を見つけるスキルに関してはプロ級だろう。
なんて言っても分からないだろうけどね。
私は義寿に向け微笑み。
「私は義寿のお母さんだからね」
そう言って頭を撫でてやると義寿は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は鶴寿丸君と重なる。
見た目は違うけど雰囲気は彼と同じだから。
この子も多分小夜子や秀と同じなんだろう。
自分を忘れないでと言った彼が子供としてこうやって私の元に来てくれた。
「義寿私の子供になってくれてありがとう」
言うと義寿は首を傾げる。
その様子に笑みが浮かぶ。
「今日はお父さん早く帰ってくるんだって。駅まで迎えに行こうか」
「パパ早いのっ?やったぁ!」
「じゃあ駅まで行こー!」
「おー!」
二人で片手を挙げ笑いながら駅に向かった。
駅前に着き時計を見てみると五時半を指している。
「ちょっと早いかな」
六時くらいに着くって連絡きてたし。
「待ってようか」
「じゃああっちで遊んでていい?」
そう言って義寿は広場になっているところを指さす。
この前買ってもらったボールで遊びたくて仕方ないんだろう。
最近ずっと持ち歩いてるから。
「いいけど気を付けるのよ。絶対道路に出ちゃだめよ」
「分かった!」
手を離し駆けていく義寿を眺めながら広場が見渡せる位置にあるベンチに座る。
落ち着き息をつくとカバンからピロンッと音がした。
スマホを出して見てみると小夜子からメッセージが来ている。
『日曜日大丈夫よ。楽しみにしてる』
良かったここ最近忙しいって言ってたから無理かなって思ってたから。
操作して返事を書く。
『分かった。私も楽しみにしてる』
画面を閉じ笑みを浮かべる。
楽しみだな。
小夜子と会うのは久しぶりだ。
小夜子は私と同じくらいに民部くんと結婚した。
付き合い始めたのも同じくらいだったし、子供も義寿と同い年の女の子がいる。
なんだか示し合わせたみたいだねっていつも言い合っている。
小夜子と民部くんの娘の千代ちゃんはビックリするくらい二人の良いとこどりした可愛らしい子だ。
性格は小夜子より小夜ちゃんって感じの人見知りさん。
見た目も性格も可愛いなんて将来が末恐ろしい。
「うちはどうしてああなったのかなぁ」
と苦笑を浮かべつつ眺めていると、義寿がこちらに走ってきた。
「どうしたの?」
目の前まで来た義寿に聞くと彼は服を引っ張ってきた。
グイグイ引っ張ってくるので私は首を傾げつつ義寿に着いていく。
連れて行かれたのは高い木の前。
義寿は私の服を掴んだまま上を指さした。
指さす方を見てみると枝にボールが引っかかっている。
「あーやっちゃったねぇ」
「とれる?」
泣きそうな顔をする義寿を見つつもう一度ボールを見る。
これは相当高い。
手を伸ばしても届かないだろうし、おんぶとか肩車でも無理だろうな。
「うーんどうしようか」
何か長い棒でも買ってくるか。
どこに売ってるかな。
そんなことを考えているとポンッと肩を叩かれた。
「どうしたんだ?」
「あ、義長さん」
「パパ!!」
振りむくと義長さんが不思議そうな顔をしていた。
そんな彼に義寿は嬉しそうに抱き着く。
「おう迎えに来てくれたのか義寿」
「うんっ」
話す二人は同じ笑みを浮かべている。
ほんとビックリするくらい同じ顔なんだよねこの二人。
私の遺伝子も入っているはずなのに全く私の要素はない。
まぁかっこよくは育つんだろうけどね。
「で、どうしたんだ?」
義寿の頭を撫でる義長さんが私に目を向ける。
「そうそう。義寿のボールが枝に引っ掛かっちゃって」
指さすと義長さんはそちらに目を向ける。
「あれか」
「とどく?」
聞くと義長さんはニッと笑った。
「ほら義寿」
「え。わっ」
義長さんは義寿を肩に乗せ立ち上がった。
スーツの義長さんと幼稚園の制服の義寿が着物を着ていた義長様と鶴寿丸君の姿と重なる。
あ、こんなこと前にもあったな。
あの時も枝に引っ掛かった毬を義長様が鶴寿丸君を肩車したっけ。
「とれたか?」
「うんっ」
同じことを言う彼らに笑いが込み上げた。
そんな私を二人は不思議そうに見る。
「どうした?」
「どうしたのママ」
「ううん」
あの頃と変わらない幸せ。
ずっと続けばいいと思っていた時間がこうして過ごせている。
姿や時代は変わったとしてもこの幸せは変わらない。
笑った私に義長さんも同じように笑った。
「さぁ帰るか」
「ねぇこのまま歩いてよ」
「少しだけだぞ?」
言いながら義長さんは私に手を差し伸べた。
こういう恥ずかしいことサラッとしてくるのは何年経っても変わらない。
そして恥ずかしいのも変わらないんだけどね。
私は顔を赤くしながら義長さんの手を取った。
「しゅぱーつ!」
笑いながら言った義寿に私たちは笑い声をあげる。
この幸せはきっとこれからも続いていくはず。
こうして並んで歩けるだけで私は幸せなんだから。
桜の蕾番外編はこれで最後です
本編完結から番外編まで読んで頂けた方本当にありがとうございます!
自分なりに書きたかったラストをかけたので満足です
これからも他の作品を投稿していくつもりなのでどうぞよろしくお願いします




