幸せな 一
「あれいない」
いつものように中庭に来たが肝心の人物がいない。
「また、なのかな」
私はハァとため息をつく。
ここ数日はおとなしかったんだけどなぁ。
私は城の中に戻る。
居る場所は大体検討はついてるから真っ直ぐ進む。
まずは、と。
使われてない部屋を覗く。
けど人の気配はしない。
押入れの中とかには隠れないって分かっているから私は早々に部屋を出た。
さて次は……
何か所か回ってたどり着いた部屋。
襖を開けると部屋の隅にうずくまる人影があった。
やっと見つけた。
私は部屋に入り人影に近づく。
「もう探したよ鶴寿丸君」
声をかけると鶴寿丸君はゆっくり顔を上げる。
その瞳は少し赤くなっていた。
これはまたやらかしたんだな。
私は苦笑を浮かべつつ彼の前に腰を下ろした。
「どうしたの?またイタズラして百合さんに叱られた?」
鶴寿丸君が私から目を逸らす。
最初ほど困らせるくらいのイタズラはしないようになったとはいえやんちゃなのは変わらず、百合さんによく怒られているみたい。
その度こうやって隠れるから最近鶴寿丸君を見つけるスキルが高くなってきた。
私は立ち上がり鶴寿丸君の方に手を差し出す。
「さぁ行こうか。ここに居ても暗くなるだけだからね」
鶴寿丸君はこちらに目を向け、ふにゃっと頬を緩め私の手を取った。
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冷たい風が頬を撫でる。
顔にかかった髪をよけ、楽しげに笑っている鶴寿丸君を眺めた。
「ふぅ」
ため息をつきお腹を撫でる。
すっかり大きくなったお腹は私の手に返事をするようにポンッと蹴りが入れられた。
順調に赤ちゃんは大きくなり、さすがに一日フルで手伝いをするのが難しくなった。
だから最近は午前中だけ小夜ちゃんの手伝いをし、午後からはこうして鶴寿丸君の相手をしている。
といっても一緒には遊べないから見ているだけなんだけど。
鶴寿丸君は基本一人で遊んでいる。
あの子ぐらいの子はここにはいないし、たまに野上さんが来てくれることがあるけどめったにない。
寂しいからかイタズラはするけど、それでもわがままを言わない彼は本当にいい子だ。
この子が生まれれば鶴寿丸君の相手になってくれるんだろうけど。
だけど戦が終わって平和になった中で笑ってほしいと思うのは叶わぬ願いなのかな。
もうすぐ毛利が来るんじゃないかっていう噂は聞いている。
というかずっと言われていることだ。
一体いつ来るのは分からないけど、ピリピリした空気が緩むことはないから安心なんて出来ないんだろう。
戦なんて早く終わればいいのに。
そしたら義長様が苦しむことも、鶴寿丸君がこうして一人で遊ばなければいけない事もないのに。
目を閉じて元の時代を思い出す。
あの平和な世界ならきっと鶴寿丸君も普通の子供の様に友達を作ったりするんだろうな。
少しやんちゃで寂しがりやな子になっているはず。
そうなったのならどんなにいいか。
服を引かれ目を開けると、鶴寿丸君が泣きそうな表情で私を見ていた。
「どうしたの?」
聞くと鶴寿丸君は無言のまま服を引っ張ってくる。
どうしたんだろう。
分からないけど取り敢えず立ち上がり鶴寿丸君が連れて行く方に歩いた。
「あれ……」
鶴寿丸君は高い木の上を指さした。
見上げてみると枝に彼が遊んでいた毬が引っかかっている。
「あー……やらかしちゃったね」
「とれるか?」
聞かれて腕を伸ばしてみるけど全く届かない。
「これはちょっと届かないなぁ」
肩車でもすれば届くかもしれないけどギリギリっぽいな。
それに鶴寿丸君を肩車はさすがに無理だ。
鶴寿丸君と目を合わせる。
どうしたものか……
「どうした?」
後ろから声がして振り返る。
「あ、殿!」
後ろに居た義長様は私たちを不思議そうに見ていた。
「ちょっと毬が木に引っ掛かっちゃって。取りたいんだけど手が届かないの」
私の言葉を聞き義長様は上を見る。
「あぁあれか」
「届く?」
聞くと義長様はニッと微笑んだ。
そして鶴寿丸君の方に近づき彼の前にしゃがみ込んだ。
「うわっ」
「これなら届くだろう」
義長様が鶴寿丸君を肩車した。
驚く鶴寿丸君は毬に届くくらいの高さになっている。
「とれたか?」
「はいっ」
「ありがとう」
「いや」
お礼を言った私に義長様は微笑み、鶴寿丸君を見上げる。
「高い所は好きか?」
「はい!」
「そうかならこのまま少し歩こうか」
「いいんですか?!」
義長様の言葉にパッと表情を明るくした。
「大丈夫なの?」
最近忙しそうだったのに。
「あぁもともと時間ができて来たから大丈夫だ」
「そう」
だったら嬉しい。
こうしてゆっくり会うのは久しぶりだし。
「なら行くか」
「うん」
歩き出した義長様と並んで歩く。
鶴寿丸君は楽しそうに笑い、私も笑みがこぼれる。
あぁ幸せだな。
こうして小さな幸せが尊く感じる。
なんか年寄っぽいな。
だけどこう感じることも悪くない。
いつまでもこうしていれればいいな。
そう思いながら笑い合っている二人を眺めた。




