春の木漏れ日 四
目を開けると白い天井があった。
天井?
今私は林に居たはずでは。
「あ、やっと起きた」
声がして目を向けるとライと目が合った。
「もうこんなところで寝たら風邪ひくよって何度も言ってるのに」
そう言って頬を膨らませる。
その様子を見ながら何故か涙が出そうになった。
もうライの顔を見られないと思っていたから。
そう思ったと同時に疑問が浮かぶ。
もう見られない?
何故そう思うんだ。
さっきまで一緒にいたはずなのに。
考えが矛盾している。
一緒にいたとも思うし、もう会えなくなってしまったとも思っている。
何なんだこれは。
混乱する頭の中私はライの頬に手を伸ばした。
「ライ、だよな?」
訳の分からない不安からそう聞いた。
するとライは目を丸くし、そして微笑んだ。
「どうしたの?懐かしい呼び方。昔の夢見たの?」
そう言って頬に触れる私の手にライの手を重ねた。
その指には私と、いや俺と同じ指輪がはまっている。
そうだ、今までのは夢。
いや生まれ変わる前の記憶だ。
起き上がり周りを見回す。
木ではなくコンクリートの壁。
テレビなどの機械類。
ここはあの時代ではなく、桜が元の時代だといった場所。
そしてこの部屋は今桜と二人で住んでいる家だ。
どうやらソファで寝てしまい昔の記憶を夢として見ていたようだ。
「大丈夫?」
そう言って桜が手を伸ばしてきた。
その手はいつの間にか首を触っていた手に触れる。
心配そうな表情の彼女に俺は微笑んだ。
「大丈夫。今回は林でのことを思い出していただけだから」
「そう、なら良かった」
俺の言葉に桜はホッと表情を緩める。
生まれ変わる前の記憶を思い出してから首に触れることが癖になった。
これはやはりあの頃の最後の記憶のせいなのだろう。
腹に刀を刺した痛みと一瞬にして全てが無になったあの瞬間。
そして最後に見た桜の表情と頬に触れた指の感触。
全て覚えている。
思い出した時は流石に怖かった。
当たり前か、自分が死ぬ瞬間を思い出したのだから。
今でもたまにあの瞬間を夢に見てうなされることがある。
その度桜に心配をかけてしまって申し訳ない。
死ぬ瞬間なんて思い出したくもない記憶だ。
だけどそれでも思い出して良かったと思っている。
俺は桜を自分の方へ引き寄せた。
「ちょっ、どうしたのよ」
胸に抱くと桜は顔を赤くして見上げてくる。
その表情はあの頃と何一つ変わらない。
「いや、桜がここにいてくれて嬉しいと思ってな」
「何それ」
クスクスと笑いながら桜は俺の胸に頭を預けてきた。
こうやって桜を抱きしめられるのもあの頃の記憶を思い出したから。
生まれ変わってから誰かを探しているようなきがずっとしていた。
それなのに誰を探しているのか全く思い出せなかった。
そのことが苦しくて苦しくて。
思い出せない自分を責めていた。
だから死を思い出した恐怖より、桜を思い出せた喜びの方強かった。
「どこにも行かないでくれよ」
そう桜に呟く。
自分であの時死ぬと決めた。
自分は大内の人間として死にたいと思ったから。
桜のくれた大内の当主として生きようと思った覚悟。
そんな自分に着いてきてくれた人々。
それを裏切りたくなかったから。
しかし心の中ではあのまま桜と生きたいと思っていた。
子をこの手で抱きたいと思っていた。
自分で桜の手を離したくせに、こうやって生まれ変わった今でも桜がいなくなることが怖いと思っている。
桜を失ったあの瞬間が未だに心に刺さっているのだ。
そんな不安な気持ちで桜を見つめていると、彼女は微笑みを浮かべ。
「大丈夫。私はずっと義長さんの傍にいるから」
そう強く言ってくれた。
あぁやっぱり桜はあの頃から変わらない。
俺の不安をそうやって真っ直ぐな言葉や行動で無くしてくれる。
「そうだな」
「義長さんもどこにも行かないでね。もう置いていかれるのは嫌よ」
そう言ってギュッと抱きついてくる。
「あぁ。もう桜を置いていくなんてことはしないよ」
桜の髪を撫でながら思う。
俺は桜を置いていってしまった。
あの時の自分の覚悟には後悔はないが、もうあんな選択はしない。
今度こそ桜との未来を選択する。
悲しませてしまった分、必ず幸せにしなければ。
その事は自分にとっても最高に幸せな事でもある。
「愛してる」
髪にキスすると桜はバッと顔を上げた。
見えた顔は赤く染まっている。
「またそういうこと平然と言う」
恥ずかしいそうに言った彼女に笑みが零れる。
頬に手を添え唇を合わせた。
「愛してる桜」
離すと桜は口に手を当てますます顔を赤らめた。
そして目を泳がせ、手を退けて微笑み。
「わ、私も愛してる」
『来世でも必ず貴方に恋をする』
そう言った桜と交わした約束。
生まれ変わっても必ず探し出す。
その約束は果たした。
だから彼女と一緒に生きていこう。
戦なんてない平和な世界で。
今度こそ、桜の手を離さぬように。




