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桜の蕾《完結》  作者: アレン
番外編
93/99

春の木漏れ日 二


助けた娘は不思議な者だった。

自分は違う時代の人間だと言い、私に元の時代に帰らせてくれと懇願する。

どうやら彼女は私の『声』に呼ばれたのだとか。


そう言われても心当たりがない。

彼女をライと呼んだのはただあの時ふと思い浮かんだから。

昔ライとあった記憶など全くない。


そう伝えるとライは帰りたいと泣いた。

その姿は酷く儚げで、少し自分と重なる気がした。


ライに元の時代に帰る術を探してやると言ったのはそんな思いがあったから。

同情、だったのかもしれない。



だからあの時ライに触れたのは同情でもあり気まぐれでもあった。


これまで何人もの女が家の名と容姿を目当てに近づいてきた。

そんな彼女達に悲しみを感じることは無かったし、そういうものだと思っていた。

だから、ライも結局はそうなのだろうと今までのように接しようとしたのだ。




しかし、ライは彼女達とは違っていた。


安易に触れることを拒み、涙を流す。

私を睨み「最低」だと口にした時、頭を強く殴られたような感覚だった。

今までのそんな言葉を言われたことはなかった。

走り去っていくライを私は呆然と見つめる。



本当になんなんだあの者は。


何もかも違う彼女に心がざわつく。




グッと歯を食いしばり、私は彼女を追って走った。




心が自分のものではないようで気持ちが悪い。

こんな感覚初めてだ。


イラつきさえも覚えるのに、ライのことが気になって仕方がない。




見つけたの彼女は男達に囲まれていた。

私はそのままの勢いで彼らに言葉を発する。

ふつふつといた怒りが胸に巣っていたが、自分でも驚く程頭は冷静だった。


ここへ来てからハッキリと発言をしたことなどなかったから驚いたのだろう、男達はそのまま身を引いた。




「止めに入らぬほうが良かったか?」


俯き黙るライにそう聞いたのは自分の心のざわつきの理由を知りたかったから。



何もかもが違い、全てが未知の娘。

ライは私に何か術でもかけたのだろうか。




「助けてくれてありがとう」



そう言って笑うライから目が離せないのはその術のせいなのか?






***************





挙げた手を眺めながら昨日のことを思い出す。



『約束ね』



そう言って指を出してきたライには驚いた。

一緒に行くかとは言ったものの、正直断られるのではと緊張した。



誰かと約束などしたことはなかったし、したいとも思ったことはなかった。

誰かとの約束など不確かなものだ。

そうなるだろうと思っていても、一瞬で覆ってしまう。



それでも、ライとはしたいと思った。


イチョウが好きだと言って笑ったあの顔をもっと見たい。

あの笑顔は私の心を穏やかにしてくれる。

自然と自分も笑顔になるのだ。



秋が楽しみだな。



そう思いながら目を閉じる。

そしてそのまま眠気に身を委ねた。






人の気配がする。

ゆっくりと目を開けると誰かが傍に立っている。

光の具合で顔に影ができていて誰なのか分からない。


ライがまた来たのだろうか。


そうぼんやりと思った。


「ここで何をしていらっしゃるんですか?」


ライではない声にバッと目を開けた。

相手の顔をよく見る。


「お主は……」


この娘、確か百合といったか。

何度か話しかけられたことはあったが……


「何故ここに?」


私がこの林に居ること自体は容易に分かるだろうが、わざわざ来るなんて。


「最近少し肌寒くなっていますから外に居るときはせめて何か羽織りにならないと」

「あ、あぁ」


上着をかけてき私を見る百合。

彼女の瞳には見覚えがある。



あぁこの女も同じか。



今まで近づいてきた女たちと同じ目。

家柄や容姿だけを見ている、そんな目だ。


ライとは全く違う。

彼女の瞳は私自身を見てくれているようだから。



あぁライの顔が見たくなってきた。




「ご一緒に見に行きませんか?」


ぼんやりと考えていたのでハッと我に返る。

いつの間にか百合は隣に来ていた。


「あ、あぁ時間があればな」


驚いて思わずそう返してしまったが、百合は一体何を言ってきていたのか。

聞こうと口を開けた時、遠くで枝の折れる音がした。


そちらを見ると木の陰で慌てた顔をしているライと目が合う。

彼女はひどく表情を歪め走り去っていった。





あのまま行かせては駄目だ。





「殿?!」


私は彼女を追った。

微かに見える背に向かい走る。


確か前にもこんなことがあった。

しかし今私の中にはあの時以上の不安と焦りが支配している。






林を出たところでやっとライに追いつき彼女の腕を掴む。


「ライ……」


足を止めたライは振り返り私を睨む。

その顔は今にも泣きだしそうなものだった。


「何故あんなところに隠れていたんだ」


違う、こんな事が聞きたいのではない。


何故そんな顔をするんだ。

そうさせているのは私なのか?



「居たら不味いことでもあったの?」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。ごめんなさいね。お二人の邪魔をしてしまって」


ライの言葉に思わず掴む手に力が入る。


「意味が分からん。百合のことを言っているのか?」

「昨日ここには誰も来ないって言ってたのは嘘なんじゃないの? 実は私が来てないときは百合さんが来てたんじゃない?」


歪んだ笑みを浮かべ、ライは言葉を重ねていく。


「百合さんが近づいて来てもそのままだし。案外まんざらでもないんじゃない? イチョウの事もハッキリと断らないし、本当は百合さんと見に行きたいとか思ってるの?」


イチョウ、そうか先ほど百合が言っていたのはイチョウの事だったのか。



ならば完全に私が悪い。

話をよく聞かず返事をしてしまった。

それをライが見たのならいい感情は持たないだろう。



だがなんと言えばいいのか分からない。

私を見ない彼女に何故か心の中に苛立ちがつのっている。

自分が悪いのに口を開けば彼女を傷つける言葉が出てしまいそうで。



その思いから私は黙ってライを見続けた。

ライはそんな私に苦しそうな表情で。


「私なんて追いかけずに百合さんと一緒に居たらいいでしょ?」


そう言葉を発した。

それは私の心に深く刺さる。

彼女の表情と言葉が。



「ライは私が百合と一緒にいてもいいのか?」


お前はそれでいいのか?



掴むの力が増す。


ライは私が別の女といても平気なのか?

ライが私ではない男を目に映す姿を想像しただけで私は狂ってしまいそうなのに。



ライは私から逃れるように目を閉じる。


「別に私がどうこう言う資格なんてないでしょ? 私は貴方のこと何とも思ってないんだもの」


沈黙が流れる。




ライの言葉で苛立ちが悲しみに変わっていった。




「そうか……」


私はライの手を離し背をむける。


「ま、待ってっ」


ライの声が聞こえたが私は止まらず歩き続けた。



元の場所に戻ると百合はすでにいなくなっていた。

私は木にもたれ掛かり息を吐く。




資格はない、か。


確かにそうだ。

私とライとの間には何もなく、相手にどうこう言える立場ではない。



だが、私はライに止めてほしかった。

嫌だと言ってほしかったのだ。


ライの言葉でハッキリ分かった。




私はライに惹かれている。

いつの間にか自分の中で大きな存在になっていた。


彼女の言葉でこんなに心が乱れる。

ライが私を見てくれていないだけで不安になり、寂しさが心を覆う。



思えば私は初めて彼女に会った時から惹かれてしたのだろう。

ずっと分からなかった気持ちはライを愛しいと思う気持ちだった。



自分の手のひらに目をおとす。

先ほど触れていたライの体温がまだ残っている。



やっと自分の気持ちに気づけたのに、彼女とは距離ができてしまった。



手を握って額につける。





もう彼女の笑顔を見ることができないかもしれない。

そう思うと身が張り裂けそうな痛みが全身を包んだ。






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