春の木漏れ日 一
義長視点の話です
どうして大内に、と聞かれれば瞬時に答えは浮かばない。
兄上の邪魔にはなりたくなかったから。
この手で家を立て直そうという野心があったから。
ただ話が舞い込んできたから。
いくつかの答えは浮かぶが、それが理由かと聞かれるとそうではない気がする。
ただ、行かなければならないとは思った。
もしかしたら心の底では何かを期待していたのかもしれない。
不自由はないが、何も無い自分の状況を変えてくれる何かがあるかもしれないと。
そうして大内へきたが、私を待っていたのは名前だけの飾りの当主の座。
結局晴賢が望んだのは私に流れる大内の人間だった母の血と、一時だけでも息子として過ごしていた私の経歴。
私自身を必要とはしていなかった。
それでも悲しみや怒りはなかった。
やはりな、という思いだけが浮かんだ。
分かっていたことだ。
私を必要とするものなどいはしない。
私はこのまま何者にもなれずに生きていくのだと思って、何もかも諦めた。
そんな時だ、桜と出会ったのは。
民部と共に館へと続く道を歩く。
「すっかり春の景色になりましたね」
そう言った民部の言葉に私は道端の桜へと目を向ける。
桃色の花を咲かせる木々。
普通は美しく感じる景色なのだろう。
だが私の心には何の感情も湧かない。
白黒の色のない景色に見えてしまう。
私は目を前に戻し歩を進める。
民部も私の後に続く。
諦めた時から世界が色を無くした。
そして心には底のない穴が空いているような感覚がする。
何が足りないのかは分からない。
どうすれば穴は無くなるのか、いやきっと一生このままなのだろう。
ポツポツと雨が降り始めた。
「夕立かもしれないですね。急いで帰りましょう」
民部の言葉に頷き、ふともう一度桜の方へ目を向ける。
何も考えてはいなかったが、引き付けられるように一本の木に目がいった。
あれは……
立ち止まりよく見てみると木の根の所に何かがある。
人間、か?
「御屋形様?」
私は木の方へ足を出した。
民部が呼ぶ声が聞こえたが構わず歩いた。
近づくと見えたものが人だと確信する。
「おい大丈夫か?」
辿り着き体を抱き上げ声をかける。
少年……いや少女か。
固く目を閉じた少女からは返事は返ってこない。
どうしたものか。
思わず駆け寄ってしまったが、ここまでこればこのまま置いておくわけにもいくまい。
私はため息をつき少女を抱き上げる。
それにしても奇妙な格好をしているな。
着物とは似ても似つかない。
幼少に見たことのある異国の者の服によく似ている気がする。
まじまじと少女を見ていると、彼女の顔が微かに歪んだ。
「ん……」
微かに開かれた瞳と目が合う。
少女は完全には覚醒していないのか、ぼんやりとしたままゆっくりと口を開き。
「あなたは誰?」
言葉が耳に入った瞬間、時が止まった気がした。
私は固唾を飲んだ。
目を閉じ寝息をたてて始めた少女の顔をただ呆然と見る。
それでも少女の瞳と言葉の金縛りあったかようだ。
なんなんだこれは。
ただ目が合い、言葉を聞いただけ。
それなのに心の中に例えようのない感情が覆う。
「一体お前は何者なんだ……?」
少女に私は小さく問いかけた。




