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桜の蕾《完結》  作者: アレン
番外編
91/99

傷跡


我が日本歴史同好会の活動は主に二つ。

歴史的な遺跡や土地への活動旅行、そして年に何度か発行する新聞の作成だ。


しかし、活動旅行は長期休みの時のみ。

新聞もそう頻繁に出すわけではない。


したがって普段の活動というのは、部室に集まって雑談をするというものだ。




その日も特に何もなく、部室で集まって雑談をしていた。


「そういえばこの前図書館でメンデス・ピントの本読んでさ」


私は美玲ちゃんと二人で話していたが、聞こえてきた先輩の言葉に引っかかった。



メンデス・ピント……どこかで聞いたことあるような。



「何回も奴隷として売り飛ばさたとか色んな戦争で大活躍して各地の権力者に仕えたんだとか書いてたけど、あれ全部嘘なんだろ?」

「全部って訳じゃないらしいけど殆どな」

「へぇそんな人がいるんですね」


いつの間にか美玲ちゃんも先輩達の話に加わっている。そんな彼らを眺めながら私はメンデスさんが誰だったのかを考えつつペンを回す。



うーん、どこで聞いたんだろう。

先輩みたいに本でってわけじゃないし、じゃあテレビで?

いや、違うなぁ。



「日本に鉄砲を伝えたのは自分だってのもあったな。あと、最後に日本へ行った時に事故に遭遇して瀕死だった少年を助けたとか」

「けど助けたのは他の人だったんだろ?」

「何ですかそれ。ほんと嘘ばっかりなんですね」



事故……瀕死……助けられた……




「あ!!」


いきなり声を上げた私にみんなの視線が集まる。


「どうしたんだ村上?」


先輩の言葉に私は慌てて笑顔を向ける。


「な、なんでもありません!いきなりポスターに書く良い文章が浮かんだんですよ。だからどうぞ話を続けて下さい」


私は視線から逃げるように下を向いてペンを走らせる。


なかなか強引な逃げ方だったけど、先輩達は特に気にした様子もなく話を再開させた。

それにホッとしつつ、私は手を止める。



そっか、メンデスさんってあの人だった。

だいぶ前に聞いたのだったか忘れてた。


確かあれは勝山城にいた時だっけ。





***************


「ねぇ義長様って親指に傷跡があるよね」


手をとりながら聞く。

義長様は目を丸くして私を見た。


「どうしたのだ急に」

「いや、ずっと気になってたんだけどさ」


彼の左親指の付け根辺りに切った傷跡がある。

傷自体には結構前から気付いてた。

でもあまり自分のことを話そうとしない人だから多分教えてくれないんだろうなって思ってずっとそのままにしていたのだ。


「結構古い傷?」

「まぁ、な」


なんだか渋い顔をする義長様。


もしかして戦での傷だったりするのかな。

それならあんまり追求しない方がいいよね。


「あっと、言いたくないんだったら無理にとは言わないの。ただふと気になっただけだから」


手を離して笑顔を浮かべる。

すると義長様は悩むように眉を潜めた。


「いや、ライの考えているような深刻なものではない」


相変わらず渋い顔の義長様に私は首を傾げる。



深刻なものじゃないって言ってるわりには表情な深刻なんだけどな。



しばらく沈黙が続き、義長様がため息をついた。


「笑わないと約束できるなら話してやろう」



笑うなって、一体この傷に何が隠されているんだ。



なんだか気が引けそうになるけど、好奇心の方が勝って私はうなづいた。





***************





まだ大友の家にいた頃、藩に異国の者が訪れた。

名はフェルナンデス・メンデス・ピントといって、何度かこの国に来たことがあるそうだった。


当時病に苦しんでいた父上に万病に効く薬だという汁を飲ませ症状を軽くしてみせた。

ずっと苦しむ姿を見ていた私にとって彼の薬は特別なもののように感じた。



何日かピントは屋敷に留まり様々な話を聞かせてくれた。


未だかつて見たことも聞いたこともない話に、皆興味を引かれ連日彼の周りには人が集まっていた。

私もその一人で、目を輝かせながら話を聞いていた。



その中でも一番興味を引かれたのは彼が持っていた『鉄砲』という武器だ。


一度父の前で見せてもらったそれに、私は心を奪われた。

刀とも弓とも違い、気づいたら的に穴が空いている。

あんなものを向けられれば誰でもひとたまりもないだろう。


私は鉄砲を実際に打ってみたくて、ピントに頼んだが「これは扱いが難しい」と断られてしまった。

それでも諦められず、父に頼みこんで承諾を得ることが出来た。



その日の夜は次の日が楽しみでなかなか寝付けなかった。



そしてピントとの約束の日。

私は朝早く彼の留まっていた屋敷を訪ねた。


しかし早すぎたのか彼はまだ寝ていて私は屋敷の中を探索していた。

そうしたら鉄砲を置いている場所に辿り着いた。


私は実物を目の前には興奮して、見よう見まねで鉄砲を撃った。



その瞬間目の前が真っ白になり、意識が途切れた。





***************




「え、勝手に撃っちゃったの?!」

「ああ。火薬をありったけ詰め込んでな」



ありったけって。

それ危なすぎるでしょう?!



「で、どうなったの?」

「あまり憶えてないんだが、どうやら玉が出ずに暴発したらしくてな。音を聞いたピントが駆けつけた時には血を流して倒れていたらしい」

「らしいって」

「私は憶えていないからな。ただ額から血を流して左親指が千切れる寸前まで切れていたらしいな」


義長様は自分の指を見せながら笑う。



いやいや笑い事じゃないですよ。



「その後共に来ていた者も駆けつけて、その者が父にピントが私を殺したと報告したらしくてな」




***************






鋭い痛みに意識を取り戻すといつの間にか周りに人が集まっていた。


「若っ!!」


声に視線を移すと母上が涙を浮かべ私を見ていた。


一体何があったのだろうか。

そう思い体を起こそうとするが、あまりの痛みに指一本動かす事が出来なかった。



そういえば私は鉄砲を撃ったのだ。

そうしたらいきなり目の前が真っ白になって。



「こやつを殺せ!!」


父上の怒号にバッと目を向ける。


そこにあったのはピントと仲間達が縄で縛られ今にも切られそうになっている光景だった。



まさかこれは自分が起こしてしまった事なのではないか。

勝手に鉄砲を撃ってしまった為に、このような自体になってしまったのではないか。



「ち、父上!!」


力を振り絞り声を上げた。


あまり大きな声ではなかったが、なんとか届き父上は私の方に駆け寄ってきた。


「大丈夫か?!」

「はい。父上、母上、悲しまないで下さい。これは私が自身で犯した事なのです。だからピント達を殺さないで下さい」


私の言葉に父上と母上は目を合わせる。


「しかしこのような自体になったのはそもそも……」


渋る父上の袖を握る。


「お願いです。ピントを殺さないでくれないと私は死んでしまうかもしれない……」


そう懇願するように言うと、父上は渋々ピント達を解放した。




***************





「義長様はピントさんを助けたんだね」

「いや、あれは完全に私自身のせいだったからな」



義長様は苦笑を浮かべる。


そうは言うけど、自分が大怪我している状況で傷の痛みよりもピントさん達を助けようとしたのは凄いと思う。

怒られるのが嫌で他人のせいにしてしまうかもしれない状況なのに。


殺すとかが現代よりも当たり前の時代。

そう考えると止めた義長様は優しいんだと思う。



「そっかその時の傷なんだ」


そっと彼の指を撫でる。

すると義長様は照れたように頬をかいた。


「その後の話もあるの?」

「あぁ」






***************





父上がピント達を解放した後、屋敷に運ばれ私の傷の治療の為に坊主が四人集められた。


重症の私をみて坊主は慌てたように相談をしだした。

恐らくそこまで深い傷ではないと思っていたんだろう。


ああではないこうではないと言い争う彼らの話は、痛みに苦しむ私には悪魔の声の様に感じた。

早くどうにかしてほしいのにいっこうに纏まらない話に苛立ちがつのった。


「うるさい、この悪魔達をどこかへやって」


私の言葉に坊主達は黙った。


「あの」


静まりかえった部屋にピントの声が響いた。

全員がピントの方を向く。


「私でしたらその傷を一ヶ月以内に治して差し上げれます」


ピントの言葉に全員が目を丸くする。


「それは本当か?」


父上が信じられないというように聞くとピントは大きくうなづいた。


「ええ必ず」




ピントの言葉に納得した父上は私の治療を彼に任せた。


その後、ピントの言葉通り傷は二十日ほどでほぼ完治した。






***************





「へぇピントさんが治してくれたんだ」

「実際に治療をしてくれたのは彼と共にいた者だったがな。それでも彼が救ってくれたことにはかわりない」

「そっか」


きっとピントさんを助けたから、彼も義長様を助けようと思ったんだ。



私は身を乗り出して義長様の額の髪を避ける。


「あぁこれもその時の傷なんだね」


額にも切ったような跡がある。


「まあな」

「だけど義長様って子供の頃怖いもの知らずだったんだね。私だったら怖くて一人で鉄砲撃てないよ」

「怖いもの知らずというより好奇心が強かったんだろうな」



好奇心のせいで大怪我するなんて。



「お願いだから危ないことはしないでね」


こんな時代だから怪我をしないっでっていうのは難しいのかもしれないけど、出来れば義長様には傷ついてほしくない。

体も心も。



そうしんみり思ってたのに、義長様はムッとした表情で私を見た。


「心配してくれているのは嬉しいが、私よりも桜の方が危ないだろう」

「え?!」


私が危ないってどういう、と聞こうとしたら義長様が私の額の髪を避ける。


「この傷はなんだ?」


指摘されて思い出す。


そういえばこの前鶴寿丸君の相手をしている時に勢い余って柱にぶつかった。

その時に少し切ってしまったのだ。


「いや、そんなたいした怪我じゃないし」

「それだけではない。お主は考えなしに危険に突っ込んで行くだろう」

「うっ」


心当たりがありすぎて反論できない。


基本考えなしに行動してしまうからよく危険な感じになるのは事実だし。



「頼むから危ないことはしないでくれよ」


そう言って義長様は私を抱きしめた。



なんだか義長様の話だったのに私のことになってる気がする。



でも彼が私のこと心配してくれてるっていうのは身にしみて分かるから。


私は彼の背に腕を回す。


「うん。じゃあ私は義長様が危ないことしないように見張ってるよ」


にっと微笑むと義長様は可笑しそうに笑った。


「そうだな。ならライのことは私が見張っていよう」












「って事があったなぁって今日思い出したの」


私はそう言いながらクスクスと笑った。



大学の帰り道。

迎えに来てくれた義長さんに先輩の話で思い出したピントさんの話をしていた。


「そんな昔のことよく憶えてるな」


義長さんは恥ずかしそうに頬をかいている。



そりゃああなたのことなんだから。



なんてことは恥ずかしくて言えないから、私はへへっと笑っておいた。


「でもピントさんって自分の冒険談に義長さんを自分が助けたんだって書いてるみたいだね」

「らしいな。まぁあながち間違ってはいないしいいんじゃないか」


直接ではないにしろ義長さんを助けたんだから。

どんなに嘘を書いていても、あの時彼を助けた事実はあったんだ。


「そうだね」


私は義長さんの左手を握る。


今の彼の指には傷跡は無い。

だけどあの時ピントさんが義長さんを助けてくれたからこそ私達は出会えて、こうしていられるんだから感謝しないとね。







「それにしても寒いね」


肩をすくめながら息を吐くと真っ白な湯気になる。


「十二月だからな」


そう言って義長さんも同じように息を吐く。



義長さんと再会してからもう半年以上。

相変わらず今この時代で彼と並んで歩いていることが夢なんじゃないかと思うことがある。


実は私はまだ眠り続けたまま、この状況も夢なんじゃないかって。



そんなことを考えながら歩いていた。






「桜っ!!」


と、いきなり義長さんが私を抱えるように引き寄せた。

その瞬間私の目の前を車が横切る。

見ると私はどうやら赤信号を渡ろうとしていたみたいだ。


「あ、危ないっ」


冷や汗が出て間抜けな言葉が出る。

義長さんが引き寄せてくれなかったら車にぶつかるところだった。


「あの、ありが」


お礼を言おうと顔を上げようとすると、クルリと体を義長さんの方に向けられ頬を手で挟まれた。


「ふぎゅ」

「お前は本当に危なっかしいな!ちゃんと周りをよく見ろ!!」

「ごめんなさい」


頬を引っ張られながら私は謝る。

そんな私に義長さんは呆れたようにため息をついた。


「頼むから、もう少し危機感を持ってくれ。たとえ俺が桜を見張っててもいつもというわけにはいかないんだから」


言われた言葉に目を丸くする。


私を見張ってるって、あの時に約束したこと……



「約束、覚えてたの?」

「当たり前だ。桜との事だからな」


フッと微笑みながら言う義長さんに頬が熱をおびる。



またそんなことすんなりと。

しかも私がさっき思ってたことと一緒のことだし。



「ほら」


義長さんが手を差し伸べる。

その手に触れると温もりが私の手に広がる。



夢とか現実とかどうでもいいかな。

私の傍に義長さんがいてくれているのなら。



ギュッとに握ると同じように握り返してくれる。

それだけで幸せなんだから。










義長の少年時代のエピソードでした


またオチが見当たらなくなってしまいました

最後はまた返るかもです(´・・`)

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