表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の蕾《完結》  作者: アレン
1章
9/99

9.名前

「で、お主の名は?」



恥ずかし過ぎる運ばれ方をして連れてこられたのはさっきの部屋。

今私は男と向かい合って座っている。



「む、村上桜デス」


それを聞いて彼はいきなり吹き出した。


「ちょっと! 人の名前聞いて吹き出しすなんて失礼じゃない!」


私が噛みつくと、彼の笑い声がいっそう大きくなった。



なんなのよっっ!!



「ははっ、すまぬな。また大層な名だったのでつい、な」

「どういう意味よ?」



ムッと眉をよせる。


初対面の人に名前を指摘されるなんていい気がしない。



「あのような美しい花を咲かすにはまだ早すぎる。お主はまだまだ子供だ。それに……」


そこで言葉を切って、彼はあろうことか私の足を手で軽く撫でた。


「っっ!! な、何するのよ!!」


後ろに飛び退いた私を見て、彼はニヤリと笑った。


「こちらもまだまだだな」



なんなの?!

こっちってどっちよ!!



怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

この人にはデリカシーってものがないわけ?



一言言ってやろうと口を開く。

が、柔らかく微笑んだ彼の笑顔で止められた。



「まだ花も咲かぬライ、蕾だな」




『ライ』




私は目を大きく見開いた。

この人今……



「ねぇ、もう一度」

「ん?」

「今の言葉もう一回言って!」

「蕾だと言ったのだ」

「その前!」


必死な私に彼は少し眉を潜めたが、また目を細めて言った。



「ライ」




時が止まった気がした。




心拍数が一気に上がる。

指先が微かに震え出す。



「ライ」



あのときの不思議な声と重なる。




この人が私をここに連れてきたんだ……



「一体どうしたというのだ」



その言葉でハッと現実に戻る。

彼を見るとジーと私のことを見ていた。



「ねぇ、貴方は何て名前なの」

「……八郎、大内八郎だ」



大内。

その名字の人を私は一人しか知らない。

でも名前が違う。


だとしても、この声はあのときのもの。

じゃあこの人は……




「大内……義長?」




呟いた瞬間、背中に冷たい圧迫感を感じた。




(あっ……)




気づくと私は押し倒されていた。


目の前の彼は氷のような冷たい目をしている。

その何の感情も読み取れない目に恐怖で体がすくんだ。



「何故お主が私の(いみな)を知っている?」


発せられた言葉は先程とは比べ物にならないほど低く冷たい。


「答えろ」


私は震える唇を必死に動かした。




「い、諱ってなんですか?」




「は……?」



彼はぽかんと口を開けて唖然と私を見つめる。

さっきまでの張り積めた空気はなくなっていた。



「お主何を言っているのだ?」



何を?と言われても、答えろって言われたから思ったこと言っただけなんだけど……



「諱を知らぬのか?」


いみな何て聞いたことがない。

彼の態度があんなに変わるんだから結構大切なことだったりするんだろうか。


「し、知らないです」


そういうと、彼は少し考えた顔をしてから私を引っ張り上げた。



「お主の村では諱を使わぬ風習でもあるのか?」

「村? 風習?」


私の住んでいたのは田舎じゃない。風習なんてものも教わったことなんて1度もない。


「私、村になんて住んでなかったわ」

「では何処の出身だ?」

「……東京」

「東京? それは何処の国だ?」

「日本に決まってるじゃない」


彼は眉を潜めて首をかしげた。



やっぱりここは私のいたところじゃないんだ。

彼の反応で改めて痛感する。



――この人のせいでこんなところに来ちゃったのに……




ぎりっと歯を食い縛り彼を睨み付け叫んだ。


「貴方のせいでこんなところに来ちゃったんじゃない!」



そう、あの不思議な声のせいでこんなわけのわからないところに来てしまった。

たった一人で……



「帰してよ! 家に……元の時代に返して!!」



帰りたい。

東京に、あの日本に、みんなの元に……



「何を言っているのだ」

「貴方が呼んだからこんなところに来ちゃったんじゃない! 呼んだのなら返し方だってわかるでしょ?!」


彼の服を掴みながら必死に叫んだ。



帰りたい

帰りたい

帰りたい



今私が望んでいることはそれだけなんだと気づく。



「お願いだから家に帰してよ……」



ポロポロと涙が床に落ちていく。



「私はおまえを呼んだ覚えなどない」



ハッキリと彼が言った。

目の前が真っ暗になる。



「う、嘘よ! 貴方が私をライって呼んだのよ!?」

「ライを見たのは助けた時が初めてだ。それより前にお主を見た覚えがない」

「そんな……」



私をライなんて名前で呼ぶのはこの人しかいないのに。



「貴方以外私をライなんて呼ぶ人は元の時代にはいなかった。貴方だけなのに……」


引き下がらない私に彼は困ったように眉を寄せた。


「そうは言っても覚えがないのだ。それに『元の時代』とは何なんだ?」



その言葉に困惑した。

未来から来た、なんて言っても信じてくれるわけない。


黙ったまま俯く。



すると彼は強く言った。


「お主は何者なんだ?」



疑うような声。

私はビクリと肩を震わせた。



どうしよう、どうしよう、どうしよう。



恐る恐る彼の方を見る。





(あ……)





私を見つめた彼は真剣な顔をしていた。



この人なら信じてくれるかもしれない……




何故か彼の顔を見てそう思った。

ただの私の希望論かもしれない。でも……




「私はこの時代の人間じゃない。ここよりずっと未来から来たの」



ぎゅっと目をつぶる。





お願い、信じて……





暫くして彼は呟いた。



「未来から来た?」

「そう、ここよりも何百年、何千年も未来」



彼は少し考え込んだ後私を真っ直ぐ見て言った。


「信じられぬ」


涙が溢れた。


やっぱり信じてくれなかった。

そりゃそうだ。

私だっていきなりこんなこと言われたって信じないもの。


やるせない思いでいっぱいになる。



「信じられないかもしれないけど、本当のこと」



真っ直ぐと彼を見つめて言った。



「では、ライがいたのはどのような世界だったのだ?」

「貴方たちみたいな着物は普段着てなかった。私が住んでいたのは平成26年の東京。ここに連れてこられたときは修学旅行で山口にいたの」

「へいせい? 聞いたことのない言葉だ。東京も山口も知らぬ地名だな」



やっぱり駄目だったかな……

と、諦めかけたとき。



「だが、お主が着ていた服は奇妙なものだったな」



彼がそう言ったのを聞いて、バッと顔を上げた。



「そうでしょ! あれは私がいたところの普段着なの」

「あのような足を出した服が?」



いや、どこ見てたのよ。



と、いつもなら突っ込むところだけど、今の私はそんなことどうでもよかった。



「そう! あれは制服って言って私ぐらいの子が着る服なの!」

「お主のいたところでは諱はなかったのか?」

「なかったわ。諱なんて聞いたこともなかった」

「そうか……」


そう言って彼は考え込んだ。



「言ったことは全て真実か?」



頷く。


彼は私をじっと見てからひとつ溜め息をついた。



「そうか……」

「信じて、くれるの?」

「未来から来たというのは信じられんが、確かにお主は妙だからな。だがやはりお主を元の時代に返す方法は知らぬ」

「そう……」



俯くと頭にポンと手をおかれた。



「すまぬな」



おかれた手は温かく感じ、涙が溢れてきた。



「ううっ、ひっく……」



泣き出した私を、彼はただ黙っていた。




私は本当に元の時代に帰れるのだろうか。




そんな不安が全部涙に変わって、私はただただ泣き続けた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ