従者達 二
入口に近付くにつれ人が増えていく。
皆不安げな表情を浮かべている。
そんな人混みを掻き分け私は前へ進む。
「おいここには話が通じる奴は居らんのか?!」
少し前で誰かが怒鳴った。
この様子からしてこの声の主が毛利の兵だろう。
何とか一番前までたどり着き様子を伺う。
人数は……三人。
村を攻めてきたわけではないのか?
それともこれが作戦なのか。
考えつつ見つめていると、村長の息子である恭介が男達の前に歩んでいった。
「何事だいきなり来て怒鳴り散らすなんて」
「お主は?」
「人にものを聞く時はまず自分からだろう?」
「チッ」
睨みをものともしない恭介に男は苛立ったように舌打ちをした。
「志田だ」
「志田さんか、俺は村長の息子の恭介。で、ここへは何の用で?」
「ここに大内の人間が訪ねては来なかったか?」
その言葉に皆ざわつき出す。
蕾様が大内から来たとは言っていないけど、私が大内にいたということは皆知っている。
だから必然的に蕾様もそうなのだと皆思っていただろう。
あの女性では、という小声が聞こえてきた。
「知らんな」
恭介は顔色一つ変えず志田に向って言い放った。
もちろん恭介は蕾様のことを知っている。
一度村長の所に行った時あったから。
「嘘を言っても無駄だぞ。ここに大内の人間がいるという噂がたっているのだからな!」
そんな噂が。
もしかしたら村に来る商人が他の所で話したのかも。
だけどどうやら子のことは噂になっていないようだ。
私はひとまずその事にホッと息をつく。
「確かにここには大内にいた者がいる。だがそれはこの村の者だ」
そう恭介が言った瞬間私の周りにいた人たちがこちらに目を向けた。
ちょっと、そんなことしたら私のこと気づかれて……
「あの者か?」
志田が私の方を見る。
ほら、バレてしまったじゃないか。
私は仕方なく恭介の方へと近付く。
「おい、お前は出てこなくていいんだぞ」
隣に立つと恭介が小声で私にそう言った。
それに私は笑顔で首を振る。
「いいんです。私の問題でもあるんだから」
恭介は私を心配そうな目で見つめる。
相変わらず心配性だな。
幼なじみで何かと私のことを気にかけてくれていた。
私が困ったりした時は手を差し伸べてくれ、何度お世話になったか。
だけど今回は恭介に任せる理由にはいかない。
子は私が守ると決めているのだから。
「おい、お主がそうなのか?」
志田が苛立った声を上げた。
私は恭介から志田の方へと顔を向ける。
「そうです」
「噂は知っているな」
「どの噂でしょうか?」
「大内の当主に子がおるかもしれぬという噂だ!!」
怒鳴る声に周りは怯えたように後ずさりした。
相当苛立っているのか志田の顔は真っ赤だ。
そんな彼に私は怯まず真っ直ぐ目を見つめた。
「子が、ですか。女性については聞いたことはありますが」
「詳細は知らぬと?」
「ええ下働きでしたので、殿にお会いする機会など殆どはありませんでしたから」
志田は私をまじまじと見つめる。
疑いの籠る目を私は逸らさず見つめ返す。
「そうか。ではこの村に産まれたばかりの赤子は?」
「居りません」
ハッキリと言い放つと志田はフッと口元を緩めた。
「そうか。ではこの村にはもう用はないな」
行くぞ、と後ろにいた仲間に声をかけ志田達は背を向け歩き始めた。
よかった、何とかやり過ごせた。
そうホッと息をついた時。
「あの、小夜ちゃん……」
呼ばれて振り返るとそこには私の友人。
しかもその腕の中には赤子が。
まずい……
バッと振り返ると志田達も赤子を見ている。
「おい女!これはどういう事だ!!」
私に掴みかかろうとした志田を恭介が止める。
私は赤子を守るため友人の前に立つ。
「お主先ほど赤子は居らぬと申したではないか!あれは偽りか?!」
「そ、それは……」
まさかこの状況で来てしまうなんて。
さっきまでの自分の発言に首を絞められていく。
どうしよう。
どう言い訳しても納得してもらえるものにならない。
しかもいないと嘘をついてしまったからこの子が隠さなければならない子だと気づかれてしまったはず。
「まさかこれが八郎の遺児か」
志田が呟いた瞬間、男達は友人の方へと近付く。
「ちょっと、やめて!」
抵抗する友人を乱暴に突き放し、男達は赤子を奪おうと手を伸ばす。
周りの村人も守ろうとしてくれたが次々と押し倒されていく。
私も男から赤子守ろうと抵抗するが、後ろから羽交い締めをされ動けなくなる。
「駄目!」
叫ぶが赤子は男の手に渡ってしまう。
どうしたら……
絶望的な状況に私はギュッ目を瞑った。
蕾様っ。
「騒がしいね。何を騒いでるんだ?」
女性の声がして全員が振り返る。
そこには腕組みをした女性と女の子が。
「なんだお主は」
志田は女性を睨む。
「それはこっちが言いたいことだね。私の子に何かようかい?」
女性の言葉に目を見開く。
「お主の子だと?」
困惑した顔の志田に女性は近付き睨む。
「そうだ。何があったかは分からないが返してもらうよ」
そう言って驚きで固まっている男から子を奪い返す。
それに対し我に返った志田が女性の腕を掴む。
「待て!お主の子だという証拠はないではないか」
「証拠?じゃあ子が大内の遺児だって証拠もないだろう?」
女性の言葉に志田は苦い顔をする。
「それに私が身ごもってたってこと村のみんな知ってる。何ならここによく来る商人に聞いてもいい」
ハッキリと告げられる言葉に志田は反論することができない。
これで言いくるめりるか、と思った瞬間志田私の方へと目を向けた。
そしてニヤリと口元緩める。
「村の皆か。では何故こやつは赤子は居らぬと申したのだ?」
向けられる視線に体が固くなる。
あぁあの時の自分を殴ってやりたい。
そう後悔する私の手に温もりが触れる。
下を向くと女の子が私の手を握り笑顔を向けていた。
そして、私を庇うように女性が前に立つ。
「この子はこの前帰ってきたばかりなんだ。だから私が子を産んだこと知らなかったんだろうね」
「そんな屁理屈が通じるとでも」
「うるさい!早くこの村から出ていけ!!」
後ろから声が上がる。
それをきっかけに皆が志田達に向け言葉を投げつけていく。
あまりの迫力に志田達はたじろぎ目を丸くしている。
「帰っとくれ。この村にはあんた達に渡すような子なんて誰もいないんだ」
女性の言葉に悔しそうな表情を浮かべ志田達は逃げるように去っていった。
その場に安堵の空気が流れる。
「大丈夫だったか?」
恭介が駆け寄ってきた。
「ええ。ありがとう」
笑みを向け、そして私は女性へ目を向ける。
「ありがとうございました。あの、どうして……」
この人は確かうちの少し先にある家の奥さんだったはず。
そういえば蕾様と同じ時期に出産を控えていた人だ。
「同じ村の者同士助け合うのは当たり前だろう。まぁあとその赤子はこの子にとって特別らしいからね」
そう言って女性が女の子の頭を撫でる。
私は腰を下ろして女の子に目を合わせた。
「特別?」
「うん。この子は私の弟なのよ。お姉ちゃんと約束したの」
お姉ちゃん、きっと蕾様のことだ。
「あのね。お姉ちゃんの子供が産まれたら私がうんと可愛がってあげるって約束したの。だから私はこの子のお姉ちゃんで、守ってあげないといけないもの」
そう笑顔でいう女の子の言葉に私は涙が溢れそうになる。
蕾様が子を守ってくれたんだ。
「ありがとうございます」
私は女の子に向け笑みを浮かべた。
そして心の中でもお礼を言う。
ありがとうございます蕾様。
蕾様の荷物は燃やしてしまうことにした。
荷物といっても着物や小物が数点ほどしかなかったのだか、どこから彼女の存在がばれてしまうかも分からないので、念のために。
そして灰はあの桜の木の下に埋めた。
蕾様が残した短刀と共に。
殿に貰ったものらしい短刀。
本当は灰を殿のお墓の傍に埋めて差し上げたいのだか、それは叶わないから。
「蕾様。これからは私が子を守っていきます。だから安心して下さい」
空を仰ぎ笑みを浮かべる。
貴方の願いを私は必ず叶えます。
そして来世でも私は貴方に仕え続けましょう。
貴方は私のただ一人の主君なのですから。
恭介は実は小夜の事が好き、なんて関係ない設定があったりします。ほんと関係ないんですけどね(笑)
女の子に関しては本編の「小さな約束」に登場した和子ちゃんです




