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桜の蕾《完結》  作者: アレン
番外編
86/99

従者達 一

桜(蕾)が消えた後の小夜と子供の話になっています


時系列的には桜が元の時代に帰った直ぐです





真っ白な着物に身を包む人。


彼は私に優しげな微笑みを向ける。



「小夜さん」



呼ばれた名に涙が溢れた。













蕾様が居なくなってから三日が経った。



夜、様子を見に部屋へ行くと赤子が眠るだけで蕾様の姿はなかった。


直ぐ村総出で彼女を捜索したが、結局見つからなかった。

ただ、子供達が桜の木の方へ歩いていく蕾様を見たと言っていたが、情報はそれだけ。



村人の間では自分の死を悟って出て行ったのでは、という結論に達した。




だけど、私は蕾様はご自分の時代に戻ったのではと思っている。


そう思うのは蕾様の話を聞いたからというのもあるが、彼女の荷物からあの奇妙な服、せいふくと言ったか、それが無くなっていたのだ。



蕾様が居なくなったと同時に無くなったこと時代にあるはずのない物。


蕾様が元の時代に戻ったから服も一緒に戻ったのではと私は考えた。



「ふぇっ」



ぐずる声がして、私は目線を下ろす。

腕の中には今にも泣き出しそうな赤子が。



子の腕には蕾様がずっと大事にしていた髪紐が結んである。


殿に貰ったのだと嬉しそうに笑っていた蕾様を思い出す。



「寂しいですね」


ゆっくりと揺すりながら呟くと子は不思議そうに私を見つめる。




蕾様が命を懸けて残したもの。




守ってほしいと頼まれたが、果たして私にそれが出来るのか。


そう考えると微かに手が震えてくる。



「小夜」


振り返ると母が部屋に入ってきた。


「どうしたの?」


聞くと母は言いにくそうに顔を歪めた。


「今日の昼、集会場で話し合いがある。その子についてだ」


母の目線の先には腕の子が。


この子をこれからどうしていくべきか話し合うのだろう。



皆この子が大内の子だということは何となく気づいている。



ではこれからどうするのか。



ここで村の子として育てるか。


それとも……





「私もその集まりに参加出来ないかな?」


私の言葉に母は黙って私を見つめた。



私は今非常識なことを言っている。


普通は集まりに女は参加出来ない。

男だけのものだ。


だけどこの子のことは私の問題でもある。



じっと見つめていると、母はふっと表情を緩めた。


「村長が今回だけ特別に小夜も参加するようにと。私も一緒にね」


その言葉に私は頬を緩めた。


「さぁそういう事だから早く仕度をおし。直ぐに出るよ」

「分かった」





***************






子を友人に預け、私は村の中心部にある集会場に向かった。


中に入ると既に村の男達が集まっている。

私達は入口付近の端に腰を下ろす。




「では、話し合いを始めるか」


少したって村長がそう言い、部屋の中はしんと静まり返った。


「今日は皆も分かっておるだろうが、先日生まれた子のことじゃ。母である女性は行方が分からぬ。だからあの子をこれからどうするか」


部屋の中がざわつき出す。





「この村で育てるべきだろう」


「だが誰の子か分からぬし……」


「いや、それは皆分かっておるだろう」


「もしそうだとしたらこの村で育てるのは危険では」


「そうだ。もし毛利が感ずいて攻めてきでもしたら……」


「弱気なことを申すな!」


「しかし、毛利に伝え大友に無事送り届けて貰うよう言った方が安全では」






様々な意見が飛び交う。




ここで育てるべきだという意見も出ているが、殆どは危険なのではという声だ。


確かに、未だ殿の子が居るのではという噂は流れている。

それを確かめるために動いている人がいるらしい。


そんな状況でもし子のことが露見すればこの村はただでは済まないだろう。




だけど、毛利に伝えるなど出来るはずがない。


殿の命を保障すると言っておいて、毛利は裏切ったのだ。


たとえ子には危害は加えぬと言ったとしても、そんなの信用出来るはずが無い。


良いところ戦略目的で養子に出されるか。

悪かったら命を取られるかも……




駄目!

あの子は無事生き残らなければならない。


殿と蕾様がこの世にいたという証なのだから。





だけど、私は口を噤んでただ男達の会話を眺めている。


喉元まで出ているのに、自信のなさが言葉を飲み込ませてしまう。



私なんかが子を立派に育てていけるのだろうか。


もし毛利が来たとして子を守れるのだろうか。



そんな不安が心に渦巻いている。






「では多数決にするか?」





村長の言葉にビクリと体が震える。


このままでは子が毛利に渡ってしまう。





不安がってないで声を出さなければ。


震える手を握り、ギュッと目をつむる。






そこでふと瞼に過去の情景が浮かんだ。







***************



襖を開けると、真っ白な着物に身を包んだ民部様が立っていた。


「小夜さん」


彼は私に気づき微笑む。



死を待つ人とは思えない表情。

この人は自分のこれからを受け入れている。



そう思うと気付かぬうちに涙が溢れていた。


すすり泣く私に民部様が近づく。



「泣かないで下さい」


そっと髪を撫でられる。


顔を上げると優しげな瞳と目が合う。



「私は今この上なく幸せなんですよ」

「どう、して」

「先ほど御屋形様が訪ねて来られたんです。そして私に最後まで着いてきてほしいと言って下っさったんです」


民部様は幸せそうに微笑む。


ずっと着いてきた主君に着いてきてほしいと言われるなんて、確かにこの上なく幸せなことだ。

特に、あの殿からの言葉なら尚更。


「小夜さん、だから悲しまないで下さい。私は自分の決めた主君に最後まで、いやこれからも着いていきます。貴方もそうでしょう?」


そう言われて浮かんだのは蕾様の顔。


私が最後まで着いてきていきたいと思うお人。



「蕾様と御屋形様はきっと来世でも巡り会うと思うのです。ならば、そのお二人に仕える私達もまた出会えるはずです」


そう言って民部様は私の手をそっと握りしめた。


「お二人がこれで最後ではないように、私達もこれで最後ではないはずですから」


また涙が溢れる。


来世でも巡り会えるはずだ。

その言葉が私にとってどれほど幸せな言葉か。


しかも、大好きな蕾様に着いて行くことでそれが成されるのなら、これ以上最高なことはない。


「ええ、そうですね」


精一杯微笑むと、民部様はホッとしたように笑った。


「小夜さん。貴方は貴方の決めた方に最後まで着いていって下さい。そして、望むことを叶えて差し上げて下さい」



***************










私はゆっくりと瞼を開く。



そうだ、私は蕾様の従者。


彼女に仕え続け、望みを叶えて差し上げなければ。



そして蕾様が最後に私に託した望み。


子を守ることは私がこの身を懸けて叶えなければならない蕾様の望みなのだ。




「では、毛利に伝えた方が良いと思う者はおるか?」


村長の言葉に男達はゆっくりと手を挙げようとする。






「私がお育て致します!!」



叫んだ私に全員の視線が集まる。


皆目を丸くし驚いた顔をしている。



「今、なんと申した?」


戸惑うように村長が聞いてくる。

私は村長を真っ直ぐ見つめ。


「私がお子を守っていくと申したのです」


ハッキリと言い放つ。


「し、しかしお主が子を育てるなど出来るのか?経験などないだろう」

「はい。ですから手を貸していただくことも多いと思います。ですが、もし毛利が子を見つけこの村が罪に問われる事になれば私だけの罪にして頂きたいのです」


部屋がザワつく。

困惑した声がそこら中から上がる。


それでも私は前だけを見つめた。



私の覚悟は変わらない、そう伝えたかったから。



「何故、そこまで子を守ろうとする?」


村長が聞いてきた。



何故、そんなの決まってる。



私は部屋にいる全員に向って微笑んだ。



「私はあの方の従者で、あの方の望みを叶えて差し上げたいと思っているからです」



私を信用し、大切な子を託して下さった蕾様の為に。


そして来世で民部様に出会えた時、胸を張って会えるように。





私は私の決めたことを全力でしていこう。







静まり返った部屋。


私を見つめる瞳に困惑は消え、優しげなものになっていく。



きっと私の想いがみんなに届いた。










「大変だ!!」


緩みかけた部屋に焦った声が響き渡った。



声の方を見ると、入口に汗まみれの男が息を荒らげている。

その顔は真っ青だ。


「どうした?」


ただならぬ様子に村長の声も強ばっている。


全員が息を飲んで入口の方を見つめた。



男は息を整え、真っ直ぐこちらを見て口を開く。



「も、毛利の兵が今村に……」


部屋の空気が凍りつく。


私はバッと立ち上がり駆け出した。


「小夜!!」


母の呼ぶ声がしたけど、私は止まらず走り続ける。




こんなに早く毛利が来るなんて。


まさか子の事がバレたのか?





そうだとしても、私が守ると決めたのだ。





手をギュッと握りしめ、私は村の入口の方へと走った。





















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