85.花、咲く
「うわっここのは一段と凄いな」
翼君についていき辿り着いたのは懐かしい場所。
修学旅行では狂い咲きを、あの時代では満開の花を見せていた桜。
義長様と見た桜だった。
懐かしさに胸が熱くなる。
変わらず美しい桜はまるであの頃に私を戻してくれるのではと思ってしまう。
「あ、あそこちゃう?あの人集り」
美玲ちゃんが指差す方を見るとよく知る面々が集まっている。
だけどその中に知らない人も混じっていた。
「なんか知らない人もいない?」
「僕らみたいに旅行に来てる大学生の集団がいて仲良くなったんですよ。で、なんなら一緒に行動しないかって」
「にしても凄い白熱したことになってるよな」
合流したという大学生は遠く目から見ても美男美女ばかり。
うちの女子メンバーは目をハートにしてイケメンに、男子メンバーは美女に言い寄っている。
「レベル高い人ばっか」
「そうなんすよ。おかげでこの騒ぎです」
どうやったらあんな美男美女ばかり集まるんだろう。
うちもそんなレベルが低いってわけじゃないけど、それとは比べ物にならない。
頬を染めるみんなの気持ちも分かる気がする。
「どこの大学なん?サークルとかの集まりなんやろ?」
「東京みたいですよ。僕らと同じ歴史系のサークルらしいです」
「そっか。同じ条件やのに何が違うんやろな」
「そうだね」
真剣に悩む美玲ちゃんに私は苦笑いを浮かべた。
「まぁあの中には入っていかれへんかな。桜が行ったら騒ぎ起きそうやし。あっちのベンチ座っとこか」
美玲ちゃんの意見に反論はなかった。
燃え上がるあの集団の中に入ってとばっちりを受けるのはごめんだしね。
ベンチ座った私たちはしばらく話をしていた。
ふと目を前に向けるとあの桜が見える。
あれを見ると少し胸が痛む。
ここに来ようって言ったのは自分だけど、やっぱり悲しみは溢れてくる。
あれから三年間。
私は義長様と別れた年と同じになった。
あの時代で過ぎていったはずの時間をこうやってもう一度やり直している。
あの頃の思い出が塗り替えられていくようで、たまに恐怖を感じることがある。
「あれ、桜先輩何かあったんですか?泣きそうな顔してますよ」
あ、やばいまたボーとして涙が勝手に出そうになってたみたいだ。
「あ、えっと……」
「ほら桜を見てると悲しくなるってやつよ。な、桜」
なんて答えればいのか困っていた私に美玲ちゃんが助け舟を出してくれた。
「え、そういうものなんすか?」
「そう、そういうもの」
美玲ちゃんに言いくるめられている翼君。
二人のやりとりに笑いがこみ上げる。
いつもこんな調子の二人。
単純で子供みたいな翼君を美玲ちゃんが言葉を使って遊ぶ姿は同好会の中では定番になっている。
私はこんな二人のやりとりを見るのが好きだ。
だって忠と凜太朗といるような気がするから。
似ている、というか多分翼君と美玲ちゃんは二人の生まれ変わりってやつなんだろう。
小夜子や秀みたいな。
忠が女の子になってるって分かった時は流石に笑った。
だけど変わらず私を助けてくれて、傍にいてくれる二人。
もう一度会おう、その約束はこうしてちゃんと果たされた。
待たせすぎだよって怒られそうだけどね。
「あ、私ら喉乾いたから翼なんか買ってきてよ」
「えぇ!桜先輩はいいけどなんで美玲ちゃん先輩のま……イテッ」
「私も先輩だから、よ。ほらさっさと行く!」
ブーブー言いながら翼君は走っていく。
何だかんだ美玲ちゃんの言う事聞くからまたいじられるのに。
クスクス笑っていると美玲ちゃんが心配そうに覗き込んできた。
「またなんか思い出したん?」
「うん、ちょっとね」
「桜見てるの辛いなら他のところ行く?」
「大丈夫大丈夫。ほんとちょっと物思いに耽ってただけだから」
笑って言うけど美玲ちゃんは全く納得してくれない。
うーん、どうしたものか。
「どうなさったんですか?」
知らない声が聞こえ、声の方へ顔を向ける。
立っていた人物を見て私は目を見開いた。
「向こうと同じ方ですよね。一緒に話さないんですか?」
「い、いやぁ、ちょっとあの中に入る勇気はないっていうか」
「あ、それは同感です。僕も溢れてしまってとまうしようかと思っていたんですよ」
「そうなんですなか。あ、貴方の名前は?私は春野美玲です」
「杉民部といいます」
目の前の人は懐かしい名を口にした。
私が知ってる彼より少し大人びているけど、この人は民部君だ。
義長様に最後までついてきてくれた彼だ。
「え、どうしたんですか?!」
「ちょっ桜何で号泣しとるん?!」
次から次へと涙が溢れる。
だけどそれは悲し涙じゃなく、嬉し涙。
「ごめんなさい。ちょっと知り合いに似ていて」
心配そうに私を見る二人に私は微笑んだ。
「杉さんお一人なんですか?」
「え、いえ……実はもう一人いたんですけどはぐれてしまって。待っていようかと思っているんですけど」
「じゃあ一緒に待ちませんか?少し話をしてみたいし」
ニッコリ笑って言うと、民部君は懐かしい笑顔を浮かべ頷いた。
「へぇ杉さんたちのサークルって私たちとほとんど同じ活動してるんですね」
「そうですね。名前だけ硬くて中身は旅行好きの集まりですから」
すっかり打ち解けた民部君と美玲ちゃんの会話を聞きながら笑顔が溢れる。
懐かしい。
彼の声を聞いていると温かな気持ちになる。
民部君に会えたんだもの。
義長様にだってすぐに会えるよね。
「買ってきましたよー!」
向こうから翼君がペットボトルを抱えて走ってきた。
「桜先輩どうぞ、ってあれどなたですか?」
「杉民部です。春野さんたちの後輩さんですか?」
「あ、はい。井上翼です」
民部君の笑顔につられて翼君も笑みを浮かべる。
だけど我に返って私に助けを求める目を向けてきた。
それが犬みたいで危うく吹き出しそうになった。
「合流したサークルの人。ちょっと話をしてたの」
私の言葉に納得したのか翼君は大きく頷いた。
「なるほど。じゃあ丁度いいですね。杉さんのサークルの人が迷ってたみたいなんで連れてきたんです……けど後ろにいない」
「もしかしたら先輩かもしれないですね。ちょっと見てきます」
「あ、それなら私たちも行きます」
美玲ちゃんの言葉に私も頷く。
と、いうことで私たちは迷子の先輩さんを迎えに行くことになった。
「先輩って杉さんが一緒にいたっていう人なんですか?」
「ええ、よく姿が見えなくなる人で。毎回探すのに苦労するんですよ」
「あー、その気持ちちょっと分かります」
美玲ちゃんの視線が私に向けられる。
確かに私もよく道に迷ったりして美玲ちゃんたちに迷惑かけてるからな。
視線から逃れようと私は目を逸らす。
「そういえば先輩さんって凄いイケメンでしたね。僕見た時驚いて固まっちゃいましたよ」
「そうですね。大学内でも一番人気があるらしいですよ」
「へぇ。あれだけイケメン揃いの中で一番なんて」
三人の会話を聞きつつ私は桜へ目を向けた。
民部君に会えてたことで頭の中ではあの頃の思い出が溢れ出している。
月日が経っても色褪せない記憶。
義長様に会えたらどんな顔をしようかな。
民部君の前では思わず泣いちゃったけど、義長様と会うときは笑ってたいな。
「桜ー!なにしとんのー?」
気づくと立ち止まっていて、三人は結構先まで行ってしまっていた。
やばっ。
私は走って三人の元に急いだ。
「もうなにしとんのよ」
「ごめん。桜を見てたらつい」
「気を付けて下さいね。桜先輩まで迷子になったら意味無いんですから」
翼君にまで怒られて、私全く先輩の威厳がないな。
民部君も私たちの様子を可笑しそうに見ている。
「あ、いたいた先輩!」
民部君の声に私たちは彼が指さした方を見る。
だけど私のいる場所では光の具合で顔がよく見えなかった。
「うわっ、カッコイイ……」
「眩しいっすよね」
二人の反応から相当カッコイイ人なんだということは分かる。
「探したんですよ」
「悪い。桜を見ていたらついな」
あれ、この声って。
「へぇなんか先輩と同じですね」
この立ち姿、見覚えがある。
「ほんまやな。桜?」
「桜?」
先輩さんが美玲ちゃんの言葉に反応し、一歩前に出る。
そして私にもハッキリと彼の顔が見えた。
私は口元を手で覆う。
あぁ、やっと、やっとやっと……
彼は私の顔を見て目を丸くし、そしてハッキリ口にした。
「ライ?」
涙が溢れた。
「義長……様」
本当に本物?
夢とか幻覚じゃないよね。
戸惑う私に義長様は笑った。
私の大好きで、もう一度見たいとずっと願っていた笑顔で。
「やっと見つけた」
それを聞いた瞬間私は駆け出した。
彼の元へ。
懐かしい温もりへ。
「義長様っ」
飛び込んだ私を義長様は抱きとめてくれた。
背中に回った腕はあの頃のように強く強く私を抱きしめてくれる。
「悪い、随分待たせてしまったな」
「ほんと、待ちくたびれたよ」
顔を上げて彼を見上げる。
ずっとずっと待っていた。
この時を夢見てた。
私は彼の頬に手を伸ばす。
ずっと触れられなかった手がようやく彼に辿り着く。
「でも信じてたから、あなたに会えるって」
あの遠い時代で交わした約束。
ずっと手を伸ばしてはすり抜けて。
何故隣に貴方はいないのかと泣き続けた。
だけど今、私の隣には愛しい温もりがある。
今、貴方はここにいる。
(終)
最後まで読んで頂きありがとうございました
この作品を書き始めたのは2014年……完結まで2年かかっちゃいました
だけど、なんとか完結まで書けてほっとしてます
初めての作品なので、読みにくいところや至らないところが多いですが、それでも読んでいただいた皆さんに感謝です
また、感想やレビュー、挿絵など本当にありがとうございました
本編はこの話で終わりですが、番外編を少し書こうかと思ってます
なにか書いてほしいキャラなどありましたら気軽に言ってください!
では、ほんとありがとうございました!




