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桜の蕾《完結》  作者: アレン
7章
83/99

83.今


目が覚めて目に映ったのは木の天井ではなく真っ白なコンクリートの天井だった。


「目が覚めたか?」


ゆっくり首を横に向けるといたのは住職さん。

いや、古川先生?


「お前倒れたんだぞ。みんな心配してる」

「倒れた……みんな?」


あれ、何で住職さんがスーツなんか着てるんだろう。

ここでこんな格好してる人なんていないはずなのに。


記憶が混乱して今の状況が掴めない。

ここはあの時代?それも元の時代?


「あの、今の年号っなんでしたっけ?」


恐る恐る聞くと先生は少し不思議そうな顔をする。


「平成だけど」

「へい、せい」


じゃあやっぱり……


ポロポロと涙が溢れ出す。


「ど、どうした?!」


先生は慌てているけどそんなこと今は構ってられない。


どうしようもない切なさと喪失感に襲われる。

胸が張り裂けそうなほど痛い。


私は狂ったように泣き続けた。





「落ち着いたか?」

「はい……」


ようやく泣き止んだ私に先生はティッシュの箱を差し出す。


「あの日同じだな」

「え?」


溜まった涙を拭いながら先生を見ると優しげに微笑んでいた。


「修学旅行で倒れて目が覚めた時も泣いてただろ」

「あぁ……」


そういえばあの時も泣いてしまったんだ。

二回も先生の前で泣くなんて恥ずかしい。


「それにしても驚いたなぁ。村上があんな感情的になるなんて珍しいよな」


ケラケラ笑う先生の言葉で、今枝君に言い返したことを思い出した。


普段自分の意見を前に出て言うようなことをしないからな。

まして自分の気持ちをあんな風に言うなんて絶対しなかった。


「そんなに今枝の言ったことに腹が立ったのか?」

「……」


腹が立ったとは少し違う。

あの時は無意識に言葉が出ていたけど、ただただ悲しかった。

ちゃんと思い出せた今はもっとその気持ちが大きい。


今この時代で彼の本当の姿を見ている人はいるのだろうか。

優しくて、家臣のこと大切に思ってて、運命に翻弄されながらも必死で生きていた彼のことを……


「先生……」

「ん?」


あれだけ義長様のこと話してる先生も彼のこと今枝君みたいに思ってるのだろうか。

陶さんの傀儡で、自分の意見を持っていなかったと。


「先生は大内義長さんはどういう人だったと思ってますか?」


私の質問に先生は目を丸くした。

そして先生を見つめる私の目を見てフッと微笑んだ。


「優しくて、忠臣に想われた強く素晴らしい人だと思ってるよ」


あぁこの時代に彼のこと分かってくれてる人がいるんだ。


どれだけの人が義長様のこと傀儡だと思っていても、こうやってちゃんと彼を見てくれる人がいる。

それだけで心が救われた気がする。



「ねぇ先生。修学旅行の時長い夢を見たって言ったの覚えてます?」

「え、あぁ。確か思い出せないって言ってたっけ」

「思い出せたんです。あの時は悲しくて幸せな夢だって言ったけど、違った。全部すごく幸せなものだった」


あそこで私は義長様やみんなと出会えた。

彼らと過ごした日々は他からしたら悲劇としか見えないものでも、私にとっては全てが幸せだったんだ。


「思い出せてよかったな」

「はい」


この時代に帰ってきてから始めて心から笑えた気がした。








教室に戻るともう放課後なのにみんな残って私のことを待っていてくれた。


今枝君は申し訳なさそうに謝ってきたけど、首を振って私も謝った。


今枝君の言葉のおかげで義長様のこと思い出せたんだし。

彼の言うこともこの時代では真実なんだと私は思う。



陶さんの傀儡であった大内義長。

その一面も確かにあった。

私は一番近くで彼のこと見てたからそうじゃないって言えるけど、他から見たらやっぱり義長様は傀儡だと見えてたんだろう。


だけどそれでいいのかもしれない。

歴史なんて全部が全部真実とは限らないんだもの。


それに、義長様もこれでいいんだって笑いそうだしね。



「大丈夫か?」


囲まれていた私の元に秀が心配そうに近づいてきた。


「うんありがとう」


笑うと彼はホッとしたように微笑んだ。


「ねぇこの後時間ある?」

「え、あぁ大丈夫だけど」

「じゃあ後で中庭に来てくれないかな。話があるの」


私の言葉に秀は納得したように頷いた。


ちゃんと思い出せたんだ。

秀とのこともちゃんとしないと。






ようやくみんなから解放されて私は中庭に向かった。


一年前か、秀と一緒に見に来たイチョウの木があるところだ。


着くとイチョウは丁度色付いていて、黄色い葉が舞っていた。



そういえば義長様ともイチョウを見たな。

あれはまだ館にいた時だっけ。


懐かしい。

見たのは二年くらい前だったかな。

いや、今からしたら何百年も前だけど。


あそこで三年間過ごしたはずなのに、私はタイムスリップした時と同じ時間に戻ってきた。

これから私は失った現代での三年を過ごしていく。

そしてその後もこの時代で生きていかなければならない。



「待ったか?」


声がして振り返る。


「ううん今来たところだから」


微笑む私に秀は少し硬い表情で近づいてくる。


私の答えが分かってるのかもしれない。

秀の姿を見て罪悪感を感じるけど、私は覚悟を決めギュッと手を握った。


「この前の告白の返事、したいんだけど」


私の言葉に秀は頷く。

目は真っ直ぐ私に向けられていた。


「私、秀とは付き合えない」


沈黙が流れる。


私は固唾を飲んで秀を見つめ、秀も私を見つめる。


そしてフッと秀が表情を緩めた。


「そっか」


向けられた顔が悲しげで、胸がズキリと痛んだ。

内藤さんに向けられた表情と重なる。


また私はこの人を傷つけてしまった。


「他に好きなやつがいるのか?」


秀の言葉に私はポケットに触れる。


「うん……」

「学校のやつ?」

「ううん。ずっと遠くにいる人」


会えるかな。

ううん絶対会えるはず。

あの人は私との約束を破る人じゃないもの。

もし破ったりしたら針千本飲ましてやるしね。


「そっか」


そう言って秀は上を見上げた。

彼の表情は心なしかスッキリしているように思える。

そして私に向き直ると満面の笑みを浮かべた。


「会えるといいな、そいつと」


その言葉と表情に私は泣き出しそうになった。


やっぱり貴方は変わらないのね。

内藤さんも、秀も優しすぎる。


「うん、ありがとう」


涙を堪え微笑む。

そんな私に秀は手を差し出した。


「なぁ俺たちこれで終わりってことにはしたくないんだ。だからこれからも友達でいて欲しいんだけど、いいかな?」


不安げに言った秀の言葉に堪えきれず涙が流れた。


そんなこと私がお願いしなくちゃいけないことだ。


「こちらこそよろしくお願いします」


手を握ると秀は優しげな瞳で微笑んだ。







去っていく秀の後ろ姿を見つめる。


「ちゃんと返事したのね」


後ろから声がして振り返ると小夜子が窓から顔を出していた。


「盗み聞き?」

「失礼な。図書室に行こうとしてたまたま二人を見つけただけよ」


プイっと顔を逸らした小夜子に笑いがこみ上げる。


図書室って反対側なんだけどな。

きっと私のこと心配して来てくれたんだろう。


「ありがとね」


微笑んで言うと小夜子は照れたように髪をかいた。


「断ったの?」

「うん」


小夜子の言葉に頷く。


「思い出せたんだ」

「まぁね」


ちゃんと自分の好きな人が分かった。

心がスッとした気持ちだ。


「よかったね。好きな人が誰なのか分かって」


そう微笑んだ小夜子にふと疑問が浮かぶ。


「ねぇ小夜子はどうして私の話そんなに信じてくれてるの?私が嘘つかないっていっても、信じられない話じゃない?」


本当の話ではあるけど、あまりにもおかしな話をしているもの。

普通こんなに簡単には信じてけれないよね。


私の質問に小夜子は言いにくそうに頭をかく。


「あー……笑わないでよ?」

「え、うんもちろん」

「私もね、桜と同じような感じなのよ」


小夜子の言葉に首を傾げる。


「私も誰かを待っている気がするの」

「誰か?」

「運命の人、っていうのかな。乙女過ぎる考えだけどさ」


運命の人。

小夜子にとってのそれはきっと民部君だ。


「だから桜の想いちょっと分かるってこと。私も似たようなもんだから」


笑った小夜子を見ながら私は色々と納得がいく。


美人で色んな人から告白されるのに、付き合ったりしないから疑問に思ってた。

だけど小夜子は民部君のこと心の中のほうで覚えているんだ。


「じゃあ私と小夜子は同じなんだね」

「そう、お互いまだ見ぬ人を好きになってるってことよ」


胸を張って言う小夜子に私は笑う。




私はここで貴方を想って生きていく。


ずっと貴方を待っているから。




青く澄んだ空を見上げ私は微笑んだ。




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