82.記憶
「さぁみんな進路希望は書けたか?」
「まだ二年なのに書けるわけないじゃん。それにうちって附属だからほとんどエスカレーターだって」
「いやいや、確実に行けるってわけじゃないからな」
前での古川先生と男子生徒の会話をみんな面白そうに見ている。
だけど私はペンを持ったまま悩んでいた。
将来か……
無難に大学に行くのかな。
だけどいまいちイメージが湧かない。
「ねぇ秀は何て書いたの?」
そう秀に女子が尋ねた。
「俺は一応国立かな。附属も受けるけど」
「へぇ」
秀は国立か。
私の学力じゃ厳しいな。
前なら秀と同じ大学に行きたかったのに、なんて落ち込んでたのかな。
告白されてから一週間くらいたったけど、結局まだ返事は出来ていない。
夢の人のこと好きなのかもって分かったけど、まだその人物が誰なのかは思い出せていない。
そんな状態で返事なんて失礼な気がして今に至る。
だけどいい加減返事しなきゃ。
私はため息をつき、目の前の紙に『分かりません』と書いて提出した。
***************
「さて、時間が少し余ったことだし、ちょっと話でもしようか」
「「えぇぇぇぇ!!」」
ブーイングの混じったみんなの声に古川先生はたじろいだ。
「な、何だよお前ら」
「だって先生の話って義長の話じゃん」
「そうだよ!もう飽きた」
古川先生ってこういう時義長さんの話しかしない。
たまに違う歴史の話もするんだけど、結局最後には同じような話になる。
「まぁいいじゃないか。この前の修学旅行で功山寺に実際に行って少しは興味が出ただろう?」
「そこで誰かさん達はこっそり抜け出したんだっけか」
クラスで一番のお調子者の今枝君がニヤニヤしながら私と秀を見る。
みんなもそれに笑い出す。
私は恥ずかしくて俯く。
「こらこら、そんなこと言うなよ今枝。先生はあそこに行って感動したんたぞ!」
先生は目をキラキラ輝かせながら自分があそこでどう思ったかなどを少年の様に語り出した。
修学旅行から帰ってから先生の義長ファンはますます火がつき、話す時のテンションが三段階くらいグレードアップしている。
あまりにも熱が入りすぎてみんな引いてしまうくらいだ。
これさえなければ完璧にいい先生なんだけど。
長い話になりそうなので私は外に意識を移す。
先生の話を聞くと胸が締め付けられるように切なくなる。
だから元々あまり聞いてなかった話をますます聞かなくなってしまった。
「なぁ先生はそう言うけど大内義長って本当に先生の言うような人だったのか?」
いつもは先生の話を遮る人なんていないのに、今日は誰かがそう言って話を止める。
驚いて声の方へ目を向けると、今枝君に全員の目が集まっていた。
「なんでそんな風に思うんだ?」
先生は話を遮られたことを怒っている様子もなく、今枝君に尋ねた。
「だってさ、先生の話聞いてたらただ他人の言うことに従って自分では何もしなかったやつだったとしか思えないだろ。ネットとかで調べてもいまいち活躍したってわけじゃないし。結局負けなんだろ?」
クラスがざわつく。
と同時に私の心もざわついた。
「そういえばそうだよね」
「陶って人が死んでから何もできなかったんだろ」
「なんかちょっとカッコ悪くない?」
みんなが口々に話し出す。
その中には笑い声も含まれていた。
「いやいや、義長は家臣を纏めようと必死に……」
「でもできなかったんでしょ?」
一番前の席の女子がそう言って、先生は困ったように眉を下ろした。
「そうだよ。結局何もできなかったんじゃ意味ないだろ!」
次は一番後ろの男子がそう口にする。
彼の意見に次々と賛成の声が上がっていく。
みんな先生の話にうんざりしているんだろう。
反対の声は上がらない。
そんな声を聞きながら私は心の中で叫んだ。
やめて……!!
みんな間違ってる。
(何が?)
彼はそんな人じゃない。
(どうして分かるの?)
あの人はちゃんと自分の意思を持ってたんだ。
(そんなこと私に分かるはずないじゃん)
自問自答をしながらどんどん頭の中が混乱してくる。
彼は……
「義長なんて自分だけじゃ何もできないダメなやつじゃん」
「違う!!」
叫んだ私にみんなが注目する。
立ち上がっていた今枝君がこちらを睨む。
「何だよ村上」
「あ、えっと……」
言ったものの自分でもどうして声を上げたのか分からない。
小夜子と秀がこちらを心配そうに見つめる。
「なんか言いたいことあるのか?」
「……」
黙ったまま私に今枝君は少しイラついた声で問いかけてきた。
みんな私達のやり取りをかたづを飲んで見つめている。
「違うって何がなんだ?」
何がって……
「あの、義長さ……んはみんなが言ってるような人じゃないんじゃないかな」
「はぁ?」
訳が分からないという顔をする今枝君に私は真っ直ぐ見つめた。
「あの人はみんなを必死に纏めようとしてた」
そうだ。
辛そうな顔を見せることなく、どんな扱いをされても笑っていて。
自分の想いをずっと心に隠していた。
「それにちゃんと彼を支えてくれた家臣だっていたのよ」
「お、おい」
今枝君も私達を止めようと近づいていた先生もクラスみんなも呆然と私を見ていた。
それでも私の口は止まらない。
「人のこといつも心配してくるくせに、自分は大丈夫だって笑って、何を思ってるのか全然教えてくれなかった。酷いこと言われたりしても折れたりしないで自分の意思をしっかりもっていて、人一倍努力してた!あの人は誰かの言いなりになんてなってなかったわ!!」
一気に叫び、教室には私の荒い息遣いだけが響く。
いつの間にか頬には涙が伝っていた。
「な、なんでお前に分かるんだよ……」
ポツリと今枝君が呟く。
「そ、そうだよね」
「なんで桜ちゃんそんなことを……」
「村上の言い方じゃ自分で見てきたみたいだったよな?」
ざわつき出したクラスを見て、だんだん頭が冷静になっていく。
ほんと私何言ってるの。
みんなの言う通りどうして見てきたみたいに義長さんのこと言うんだろう。
「ありえないだろ。何百年も前に死んだ人だぞ?」
「昨日のテレビとかと混じっちゃったとか?」
「きっとそう。ね、そうだよね桜ちゃん」
みんなの声が遠くに聞こえる。
何だかこういうこと前にもあった。
修学旅行、秀と義長さんのお墓に言った時。
『……』
誰かの声が頭に響いた。
これは秀に告白された時と同じ声。
やっぱり何を言っているのかは分からない。
ズキズキと頭が痛み出す。
「おいみんな落ち着け!」
慌てる先生。
みんなを宥めようとする秀や小夜子の声。
全てが遠く、耳に入ってこない。
『……』
誰?
誰なの?
「おい村上顔色悪くないか?」
「桜ちゃん大丈夫?!」
『……』
「聞こえないよ」
『……』
「貴方は誰なの?」
もう少し、もう少しで届きそうなのにっ。
「何言ってんだよ桜!」
誰かが私の腕を掴む。
違う、これじゃない。
私が知ってるのはもっと冷たくて、だけど触れられたところから温かい気持ちが広がっていくような。
長めの髪に、悲しげな瞳で微笑みを浮かべる……
『ライ』
ハッキリと声が聞こえた瞬間、頭の中で何かが弾けて一気に記憶が溢れ出す。
私を桜だと言って宝物のように優しく、強く抱きしめてくれた愛しい……
「義長……様……」
「桜っ!!」
名を呟いた瞬間私の意識は途切れた。




