表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の蕾《完結》  作者: アレン
7章
81/99

81.幻の人


ぼーっと窓の外を眺めていると目の前に手が現れる。

驚いて横を向くと小夜子が立っていた。


「ビックリしたぁ」

「おはよ。今日は早いのね」


小夜子がそう言うのも無理はない。

いつもはもっと遅く登校するから。


「ちょっと目覚めちゃって」

「ふぅん」


昨日の事を考えていたら全く寝れなかった。


どうして秀の告白に答えなかったのか。

あの時一瞬聞こえた声はなんだったのか。


ずっと考え続けてるけど、答えは出ない。



「それにしてもえらいことになってるよねぇ」


前の席に座った小夜子がニヤニヤしながら言った。


「何が?」

「何がって、あれを見たらそうとしか言えないでしょ」


指さした方向を見ると教室の入口の所に女子が集まっている。

そのほとんどは他のクラスの子。

しかも数人は泣きそうな顔をしている。


「な、何があったの……?」


異様な光景に私は若干引く。

爽やかな朝のはずなのにあそこだけはどす黒い空気が漂っている。


「秀が告白したんだって」


さらっと言った小夜子の言葉に目を見開く。


「えっ?!」

「昨日秀が告白してるところ見た子がいて、もう朝からその噂ばっかりよ」


ま、まさか昨日の事見られてたなんて。

しかも噂にまで。


「あ、相手は?」

「分からないらしいよ。暗くて顔見えなかったみたいだから」


その事に取り敢えずホッとする。


私の顔は見えなくても秀は分かったとか。

多分見たのは秀が好きな子だったんだろうな。


「妙に落ち着いてるわよね」


疑わしげな目を向けられ私はたじろぐ。


「え、そうかな」

「そうよ。泣き出して発狂してもおかしくないでしょ」


発狂って。

自分の事だから驚こうにも驚けないし。


そんな事を思っていると小夜子が不敵な笑みを浮かべ顔を近づけてきた。


「まぁ当たり前か。告白の相手って桜でしょう?」


私は目を見開く。


「え、なんで……」

「それは後で話すとして、どうなの?」


笑う小夜子の顔が怖い。

誤魔化しても絶対逃がしてくれないやつだ。


「うぅぅ、そうです……」



俯きながら言う。


そんな私を小夜子はニヤニヤしながら眺めていた。


「やっぱりね。流石に痺れを切らしたか」

「へ?」


言葉に顔を上げると、満面の笑みを向けられた。


「今日放課後私の家ね」


家に行って尋問されるであろうことは容易に想像出来た。

だけどこうなった小夜子から逃れる術を持ってなくて。

私は振り子人形みたいに何度も首を振った。


「よし、覚悟してなさいよ」


あぁ、悪人がここにいるよ。




***************



「で、何があったの?」


ホームルームが終わった瞬間引きずられるように家まで連れてこられ、腕を組む小夜子の前で私は正座していた。


なんだろう、説教されてる気分なんだけど。


「えっと、昨日委員会が終わって帰ろうとしたら秀が待っててさ」

「へぇ」

「で、でね!話があるって家の近くの公園で話すことになったわけ」

「それで?」


うぅぅ、いちいち入る相槌が怖すぎるよ。


「そしたら……秀が私の事、好きだって言ったってゆうか、なんというか……」

「なるほどね」

「そ、そうなんですよ」


納得したような小夜子に私は必死に笑顔を向けた。

なんとか機嫌を直してもらわないと私のメンタルが限界を迎えそうだ。


「だけど一つ疑問がある」


疑問、まぁあのことだろうな。


「あんた返事してないでしょ?」

「どうしてそれを……」

「今日のあんた達見てて付き合ってるとは見えなかったからね」


確かに。

今日は気まずくてお互い避けてたから。



だって自分でも分からないんだ、どうして秀に返事出来なかったのか。

ずっと考えていたけど答えは出ないままでモヤモヤした影が頭に靄をかけている。


秀への気持ちも、あの時感じた違和感も、一瞬脳裏に浮かんだ声も、最近思い出せないことも。


全てがごちゃごちゃになって訳が分からなくなっている。



黙ったままの私に小夜子が肩を掴んで目を真っ直ぐ見つめてきた。



「ねぇ何か悩んでるよね。最近ずっと苦しそうよ。私ずっと心配してるのに」


小夜子はここ最近ずっと大丈夫かと気にかけてくれていた。

その度大丈夫だと言ったけど、流石にもう我慢の限界なんだろう。


それは私も同じだけど。


小夜子なら私が分かっていないことでも聞いてくれるよね。

本当は誰かに相談したい、聞いて欲しい。

一人であれこれ考えてもますます泥沼にはまっていくばかりだ。


「あのね、自分でも整理ついてないことなんだけど、それでもいいの?」

「当たり前。いいから今桜が抱えてること教えてよ」


歯を見せて笑う小夜子に思わず目頭が熱くなった。

目を擦ってキュッと手を握りしめる。


「秀に告白された時、夢じゃないかと思った。ほんとに好きなのかと信じられなかった」

「そうだね。桜は全く気づいてなかったもんね」

「え?私はって?」

「秀が桜のこと好きなんじゃないかって結構前からうちのクラスでは噂になってたんだよ。だってあいつあんたには他の人と全然違う振る舞いなんだもん。あんたほど鈍くなければ誰だって気づくよ」


なんかものすごく貶されてるような気がするんだけど。


ムカッとするけど、今はそれどころじゃないとなんとか怒りを沈める。


「私なんて言っていいか分からなくて、家に帰ろうとした時に秀に腕を掴まれたの」

「おぉ大胆」


茶化す小夜子にフッと笑みが浮かび肩の力が少し抜ける。

詰まったままになってた空気を吐き出し新しい空気を吸い込む。


「その時ね、何故か違うって感じたの」

「違うって?」

「なんて言うか、感触とか体温とかそういうのが知ってるのと違うんじゃないかって」

「それって誰と比べてるの?」

「それがわからないの。一瞬浮かんだ気がしたんだけど靄がかかったみたいに顔は見えなくて、もう一度思い出そうとしても頭が痛くなってダメなの。何処であったのかも、名前すらも思い出せない」


一体貴方は誰なの?

貴方は私にとってどういう存在なの?


何も分からない、思い出せない。

だけど胸が張り裂けそなほどの辛さと切なさだけはありありと思い出せる。


「なんで思い出せないんだろう。修学旅行から帰ってからずっとこうなの。同じ夢ばかり見るようになったし」

「夢?」


そう、毎晩同じ夢を見る。

確か修学旅行の時に見た夢によく似ていた。



私は少し離れたところから大きな桜の木を見つめる。

その木下には『誰か』が立っていて、近づこうと足を動かすんだけど地面に縫い付けられたみたいに全く動かない。

名前を呼ぼうとするんだけどなんて名前だったのか思い出せない。


そうしているうちに霧がかかってきて桜と『誰か』を包んで言ってしまう。

何か言わないとと思うけど声すらでなくなって、そのまま霧は全てを飲み込んでしまうのだ。


そこでいつも泣きながら飛び起きる。



「ただの夢だってことは分かってる。だけどその『誰か』が誰なのか分からないことが辛くて仕方ないの」


ポロポロと涙を流す私は他人から見たらおかしくなったのではと思われるだろう。

だけど本当に辛いのだ。


小夜子はしばらく私を見つめたまま黙り込む。

そして「そっか」と一つ頷きティッシュの箱を私に渡してきた。


「桜はその『誰か』の事がすごく大切なんだね」

「え……?」


大切な、人?


「だってあんなに好きだって言ってた秀の告白に答えられなくなったり、思い出せなくて泣き出すなんてその人が桜にとって大切な存在だってことでしょう?てゆうかあんたその人のことが好きなんだよ」

「す、き……」


そっか、私あの人の事が好きなんだ。


そう思った瞬間ずっと心に引っかかっていたものが外れた気がした。


ずっと苦しかったのは、自分の好きな人の名前も顔も思い出せなかったからなんだ。


「け、けどおかしくない?夢に見る人で、しかも顔も名前も思い出せない人が好きだなんてさ」

「じゃあ好きじゃないんだったらなんでそんな苦しんでるのよ。しかも今まで好きだって思ってた人からの告白に答えられなくなるくらいなのよ?」


そうだけどおかしくない?

普通こんなこと馬鹿げてるって笑うことだよね。


予想外に小夜子が簡単に話を信じているので、逆に私が疑ってしまう。


「あんたが嘘つけないってことはよく知ってるからね。それに桜がそんなに泣いたりするのって滅多にないからね」


自信満々に言う小夜子に驚きを通り越して呆れてくる。

そんなに私のこと信用して理解してくれるなんて。


なんだか照れくさくなった私は目をそらした。



「で、結局秀への返事はどうするの?」

「もう少し考えてみる。心の整理全然ついてないし、このまま秀に返事するなんて失礼な気がするの」

「そっか、あんまり長引かせてあげないでよ。無駄に期待して秀がおかしくなっちゃったらからかう楽しみが無くなっちゃうんだから」

「ハハハ、秀をいじったり出来るのは小夜子だけだよ」


笑ってそう言うと、小夜子は満足したように私の髪をクシャクシャとかき混ぜた。



小夜子に話したことで少しだけすっとした。



結構根本的なことは解決していないけど、自分がなんでこんな気持ちになっていたのかは分かった。



名も分からない私の好きな人。

貴方を思い出すにはまだまだ時間がかかりそうだけど、必ず思い出せるよね。



キリッと痛む胸を押さえ、私は目を閉じた。

思い浮かぶのは桜と揺れる着物の裾。




貴方は一体誰なの?

私にとっては大切な人だけど、貴方にとっては私はどういう存在なの?




一瞬『誰か』が振り返り微笑んだ気がした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ