8.冷たい人
長い廊下をひたすら走った。
途中で何人かすれ違ったけど、皆ビックリした顔で私をみていた。
そして、やっぱりその人たちが着ているのも……
「いやっっっ!!!」
顔はもう涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。
着物もはだけて襟が捲れそうになっている。
それをぎゅっと手で押さえた。
曲がり角をそのままの勢いで曲がろうとしたとき、向こう側から人影が現れた。
「きゃっ」
「おっと」
ぶつかった衝撃で後ろに倒れそうになったが、相手の人が手をつかんでくれた。
その手は大きく、氷のように冷たい。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
顔を上げて相手を見る。
その瞬間、私はハッと息を呑んだ。
目の前にいたのはやっぱり着物を着た男の人。
少し長めの黒髪。
怖いくらい整った顔立ち。
私よりも頭1つ高い背丈。
その姿は『カッコいい』というよりも『綺麗』のほうがしっくりくる。
そして何よりも私を引き付けるのはその瞳……
どこか悲しみを帯びたそれは、私の胸の奥を熱くさせる。
――目が、離せない。
「見ぬ顔だな。どこの男児だ?」
それを聞いて、はぁ?と間抜けな声が出た。
だんじって男ってことよね。
この人、私を男って言ったわけ?!
「だ、誰が男よ!!」
さっきまでの気持ちはどこへやら。
私は完全に喧嘩腰になっていた。
「おなごなのか? それにしては髪が短いしひどく平らでは……」
「なっっ!!」
人が一番の気にしていることをっ!!
「御屋形様」
この男ではない声が聞こえて、彼の隣を見ると私と同じ位の男の子がいた。
目の前の男に気をとられ過ぎて全く気づかなかった。
「何だ民部」
民部と呼ばれた男の子は私をチラリと見て、また彼の方へ視線を戻す。
「先日助けた者では? 目が覚めたと女が噂しているのを聞きました」
「あぁ、あのときの子供か」
私を残して納得している二人にイラッとしてもう一度口を開こうとしたとき。
「さ、桜様! やっと追い付きました」
後ろから息を切らせた小夜ちゃんが走ってきた。
「さぁ部屋に帰りま…って殿! いらしたのですか?!」
男の存在気づいた小夜ちゃんは慌てて深々と頭を下げた。
え、もしかして偉いひとなの?
てゆうか今殿って……
「まさか私を助けてくれたのって貴方?!」
こんな失礼な男に私は助けられたの!?
唖然としていると、男は小夜ちゃんの方へ近づいた。
「これの世話をしていた者か?」
「はいっ!」
「では部屋までは私が連れて行く。お主は仕事に戻れ」
「か、かしこまりました」
何か物みたいに呼ばれた気が……
て、えっ?
「小夜ちゃん行かないで!」
気がづくと小夜ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げて何処かへ走って行った。
バッと男の横を見てみるけど、あの男の子もいつの間にか居なくなっていた。
まさかの二人きり……
そっと男を見ると、ニヤリと意地悪く笑った。
「と、言うわけだ。部屋に戻るぞ」
どういうわけよ。
彼はいきなりヒョイっと私を持ち上げて自分の肩に乗せて歩きだした。
「っっっ」
お尻に手が当たってるんだけど!!!
肩に担がれているのだから少しは当たってしまうのは百歩譲って認めよう。
これが今までの服装だったら諦めていた。
でもっ!!
今私、下着を着けてないのに!!!
今の服装は薄い着物一枚だけ。
その状態で触られてるってことはほぼダイレクトに触られてるのと同じだ。
「下ろして! 自分で歩けるからっ」
背中を叩きながら必死に訴えるけど、男は聞く耳持たない。
――あぁ、私もうお嫁に行けない……