78.目覚め
「……」
誰かの声がする。
「……ら」
私を呼んでる。
「桜!!」
ハッと目を開ける。
突然明るくなった視界に一瞬何も見えなくなった。
だんだん慣れてくると真っ白な天井が目に映った。
コンクリートの硬そうな天井。
なんだか違和感を感じた。
「さくらぁ」
「おわっ!」
ボーとしていると誰かが私に抱きついてきた。
驚いて首を上げるとその人物は泣いている。
「あれ、えっと……」
「心配したんだから。桜のバカ!」
私に向いた顔を見て、目から涙がこぼれ落ちた。
「小夜……子?」
目の前にいるのは紛れもなく小夜子で。
その事がすごく懐かしく、嬉しかった。
「え、えぇ!どうしたの?!」
いきなり泣き出した私を小夜子はなだめるように頭を撫でてくれる。
彼女の方は涙が引っ込んでしまったみたいだ。
「いや、なんかすごく久しぶりに小夜子に会った気がして」
「何言ってんのよ。数時間前まで一緒だったでしょ」
「そう、だったっけ……?」
あれ、なんだかすごい違和感を感じる。
自分の感じている時間と小夜子の言う時間が食い違ってる気がするのだ。
「おぉようやくお目覚めか」
「村上っ!!」
声がしてそちらを見ると古川先生と秀が部屋に入ってきた。
「先生……秀……」
「なかなか起きないから心配してたんだ。良かった良かった」
そう言われ壁に掛かっている時計を見ると午後九時過ぎを指していた。
「そうだったんですか」
と言ったもののまだ自分の状況を理解できていない。
そもそも何で私は眠っていたんだろう。
起きる前の事を上手く思い出せない。
「ごめん村上」
ベットの側に来た秀がいきなり頭を下げた。
「えっ、何で秀が謝るの?!」
「だってお前が倒れたのは俺があそこに連れて行ったからだろ?」
「倒れた……あそこ?」
「覚えてないのか?義長の墓に行ってそしたら倒れたろ」
『義長』
その名を聞いた瞬間胸が締め付けられた。
あれ、何か忘れてる気がする。
なんかすごく大切な名だっような気がするのに……
考えようとすると頭が痛くなった。
まるで大きな壁があるみたいに何も思い出せない。
「ほんとごめん。こんな事になるなら行こうなんて言わなきゃよかった」
拳を握り顔を歪める秀に私は頭が混乱して何て声をかければいいのか思い浮かばない。
重い空気が部屋を包む。
「近藤が村上を抱えてきた時はビックリしたなぁ。女子は叫ぶわ、男子は狼狽えるわで大パニックになってな」
何て笑いながら言った先生。
この状況に全く合わない言葉に私達は唖然と先生の方を眺めた。
今言うことじゃないんじゃ……
そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、小夜子と秀と目が合い、私達は笑いだした。
「なんだ?そんなに面白い話だったか?」
なんて首を傾げる先生の姿にますます笑いがこみ上げる。
さっきまでの重かった空気はすっかりなくなり、私も少し落ち着いた。
「秀、謝らないで」
「え?」
「倒れたのは秀のせいじゃない」
「でもっ」
「それに秀は私をみんなの所まで運んでくれたんでしょ?ありがとう」
笑うと、秀はしばらく顔を歪めたままだったけどフッと表情を緩める。
その表情に私もホッと胸を撫で下ろした。
「さぁ村上が無事に起きたことだし、近藤と山岸はみんなと合流してきなさい。村上は少し話を聞かせてもらうな?」
「「「はい」」」
小夜子と秀が部屋を出て行き、古川先生がベットの脇に椅子を持ってきて座った。
「さて、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい」
先生はさっきまでの明るい雰囲気とは違いすごく真剣な顔を私に向ける。
「どうしてあんな事を?村上がああゆうことするなんて驚いたんだが」
私は黙って俯く。
先生は秀と抜け出した事を言っているんだろう。
確かにいつもの私ならあんなことしない。
じゃあどうしてって聞かれたら、それはまぁ修学旅行の空気に当てられたと言いますか。
どう言い訳しても下心が絡んでくるから説明しずらい。
どうしたものかと悩んでいると、古川先生がフッと微笑んだ。
「ごめんごめん。意地悪な質問だったな。君たちくらいの年の子にこんなこと聞くのは野暮だよな。けど教師としては聞かないわけにはいかないから一応な」
先生の言葉にホッとする。
もう洗いざらい話してやろうかと思い始めてたから助かった。
「話は大体近藤から聞いてるから」
「そうですか」
「だけど一体何があったんだ?近藤はお前の様子がおかしくなって、それから倒れたって言ってたけど」
えっと、確か秀と抜け出したんだよね。
それでお墓の場所に行ってお参りして、帰ろうとしたら……
「声が聞こえたんだ」
誰かの声を。
でも誰だっけ。
「声?」
「はい。誰かに呼ばれた気がして。その後頭が痛くなって倒れたんです。それからはすごく長い夢を見ていた気がする」
そう、夢を見てた。
妙にリアルで現実みたいな。
だけどどんな夢だったのか全く思い出せない。
「すごく切なくて悲しい夢だった気がする。でもすごく幸せな夢でもあったような」
何も思い出せないけど感情だけは心に残っていた。
泣きたいくらい切ない、だけど泣きたいくらい幸せな気持ち。
気づくと私は泣いていた。
次から次へと涙が溢れてくる。
それからしばらく私は泣き続けた。
「落ち着いたか?」
「はい、すみません」
ようやく泣き止んだ私に先生は優しく微笑んだ。
いきなり泣き出した私に先生は何も聞かずただ待っていてくれた。
「疲れてるんだろう。もう今日は休みなさい。明日も行事は残ってるんだから」
「そうします」
立ち上がった先生がドアの方へ歩いていく。
だけどふと足を止め振り返った。
「そうだこれ、ここに運んできた時に落ちてたんだが村上のか?」
そう言って先生が取り出したのは桜の簪。
私はそれを見たまま固まった。
「あれ、お前のじゃないのか?」
受け取らない私に先生は首を傾げる。
ハッと我に返り簪を受け取った。
「い、いえ私のです。探してたものだったからビックリして」
「そうか見つかって良かったな」
微笑む先生に私は曖昧な笑みを浮かべる。
「じゃあ今度こそおやすみ」
「あ、ありがとうございました」
先生が出て行き部屋の中は静まり返る。
手の中の簪に目を落とす。
私こんなの持ってたっけ。
簪を付けるほど髪長くないのに。
誰かのお土産に買ったとか?
だけど何だかすごく大切な物のような気がする。
大切な、宝物だったような………
また泣きそうになって私はハンカチを出そうとポケットに手を入れる。
すると指先に違う物の感触がした。
不思議に思いそれを出すと、折りたたまれた紙が出てきた。
なんだろう。
首を傾げながら紙を開くとそこには。
『あいしてる』
そう平仮名で書かれていた。
こんなの入れてたっけ。
誰かのイタズラ?
そう頭では考えてるのに涙が溢れてくる。
簪もこの紙もすごく大切な物だったような気がする。
夢の事といいわたしは何か重要な事を忘れているんじゃないか。
まるで心の中にポッカリと穴が空いたように何かが欠けしまったようだ。
私は何を忘れているの?
どうして思い出せないの?
なんで、こんなに愛しくて悲しいの?
私は簪と紙を抱きしめ涙を流した。




