表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の蕾《完結》  作者: アレン
6章
76/99

76.小さな約束


あの日から私の心は欠けたまま。

まるで体の半分を無くしたような痛みと喪失感が襲ってくる。






小夜ちゃんの村に来てから、そして義長様がいなくなって随分経った。


小夜ちゃんの両親や村の人は私のことあまり詳しく聞いてはこないけどすごく良くしてくれている。

とても温かな人達だ。


逃げてきて何も持たない私にはもったいないくらい。

本当に感謝している。


だけど私の心はポッカリ穴が空いてしまったみたいで。

私だけがこの世界に取り残されたような感覚によく襲われる。



射し込んできた陽の光が眩しくて手をかざすと、細く弱々しい手が目に映る。


ここに来てからろくに食べれてないな。

食べても吐き出してしまう。

まるで体がこの世で生きることを拒絶するように。




だけど私はまだ死ねない。





そっとお腹に手を当てる。

すると答えるようにポンッと蹴り返してきた。


今の私の唯一の希望。

この子だけはなんとしても守らなければいけない。




ふと外を見ると小さな女の子がこちらをジッと見つめている。

髪を二つに結った可愛らしい。

鶴寿丸君と同じくらいの年だろうか。


「どうかしたの?」


声をかけると女の子はピクリと反応し、辺りを見回してからゆっくりこちらに近づいてきた。


「こんにちは」


微笑むと女の子はニコッと笑う。


「こんにちは。ねぇお姉ちゃんのお腹には赤ちゃんがいるの?」


可愛らしい声で言った女の子の視線は私のお腹に。


「そうよ。触ってみる?」


聞くとパッと目を輝かせ私の隣に座った。

そして小さな手がそっと触れる。


「わぁ、動いた!」


キラキラした目に私は笑みが溢れた。


「あなた名前は?」

「和子!」

「和子ちゃんか、可愛い名前だね」

「えへへ。お母さんがつけてくれたの」


嬉しそうに笑う和子ちゃんはすごく可愛い。

この子も生まれたらこんな風に笑うんだろうか。


「和子ちゃんはどこの子?」

「向かいの家。お母さんがもうすぐ赤ちゃんを産むから私お姉さんになるのよ」


あぁ、そういえば向かいの家に妊婦さんがいるって小夜ちゃんが言ってたっけ。

チラッとしか顔は見てないけどそれが和子ちゃんのお母さんなのか。


「妹でも弟でもうんと可愛がってあげるの。お姉ちゃんの赤ちゃんも私お世話してあげていい?」

「もちろん」


こんなに赤ちゃんが産まれるのを楽しみにしている和子ちゃんならいいお姉さんになるだろう。




それから和子ちゃんは色々な話をしてくれた。

お父さんはすごく厳しいとか、近所の男の子がよく意地悪してくるだとか。


無邪気に笑う和子ちゃんにつられ私も声を出して笑っていた。



「ねぇお姉ちゃんに聞きたいことがあるの」


そろそろ日が傾きだした頃、わこちゃんが意を決したように前のめりに聞いてきた。


もしかしたら聞きたいことがあったから私の所に来たのかもしれない。


「何?」

「お姉ちゃんは一人なの?」


和子ちゃんの質問に私は目を見開く。


「そう、だけど」

「あのね、みんな言ってるの。お姉ちゃんはもしかしたら噂のお姫様でお腹の赤ちゃんはお殿様の子なんじゃないかって」


冷や汗が出る。

まさかそんな噂が流れていたなんて。


小夜ちゃんの話じゃ毛利の中にはまだ私のことを探している人がいるらしい。

もしその人がこの噂を耳にしてしまったらこの村に攻めてくるかもしれない。


どうしよう。

この村の人に迷惑はかけたくない。

かと言ってここ以外の宛なんて私には無くて。


「お父さんはね、そんなことある訳ないって言ってる。だけどもしそうだとしたらお姉ちゃんのこと守ってあげないとって言ってた」

「え……?」


和子ちゃんの言葉に私は顔を上げる。


「守って?」

「うん。村の人みんなそう言ってるよ。お母さんも心配してたの。すごく大変な思いをしただろうから何か助けてあげられないかなって言ってた」


私のことそんな風に思ってくれていたなんて。

みんなの優しさに目頭が熱くなる。


「ねぇ本当にお姫様なの?」


純粋な瞳に嘘を言ってはいけないと思った。

村の人たちに私は正直でいたい。


微笑んで和子ちゃんの頭を撫でる。


「本当よ。お姫様ではないけどね」

「そうなの?」

「うん。だけどお腹の子供はお殿様の子よ」


和子ちゃんはしばらく考え込み、そして何か思いついたのかパッと笑みを浮かべた。


「じゃあお姉ちゃんはお殿様のこと好きなのね。私のお父さんとお母さんみたいに!」


手を合わせながらはしゃぐ和子ちゃん。


子供って本当に素直だ。

鶴寿丸君といい恥ずかしいことサラッと言ってしまう。

あぁそれは義長様も同じか。


私は可笑しくて笑みが溢れた。







「あ、そろそろ帰らなくちゃ」


その後少し話を続け、辺りが薄暗くなってきた。


「早く帰らないとお父さんに怒られちゃう」

「そっか。色々話してくれてありがとう」


立ち上がった和子ちゃんに微笑むと、彼女は私のお腹に抱きついてきた。


「元気な赤ちゃんが産まれますように」

「へ?」


いきなりで固まってしまった私に和子ちゃんはニッと白い歯を見せた。


「おまじない。いつもお母さんにしてあげてるの。だからお姉ちゃんにも」

「ありがとう」


抱きつく和子ちゃんを抱きしめる。



会いたいってこんな優しい子が言ってくれてるのよ。

貴方は幸せ者ね。



「じゃあまたね」


駆けていく和子ちゃんに私は手を振った。



走る和子ちゃんの背中が鶴寿丸君と重なる。


あの子も赤ちゃんが産まれるのを楽しみにしていた。

そして最後まで気にかけてくれた。



貴方が生まれて成長したらあんな風になるんだろうか。

我が子の将来を思い浮かべながらお腹を抱きしめた。





***************





和子ちゃんが帰った後、私は小夜ちゃんと共に夕食の手伝いをしていた。


「お休みになった方がよろしいのでは……」

「大丈夫。今日は調子がいいから」


和子ちゃんと話して気分が明るくなった。

といっても、私に出来るのは野菜を切ることくらいなんだけどね。


「あまり心配しすぎは良くないよ小夜。(ばば)にはちゃんと話を通してあるからお産が始まったらすぐ来てくれる」

「そうだけど……」


婆っていうのはこの村で一番長生きのお婆さんのこと。

この前会ったけどすごく優しい人だった。

村のほとんどの子を取り上げてきたらしく、不安だった私に色々な事を教えてくれた。


「お婆さんが来てくれるのなら安心です」

「そうよ、ドーンと構えとけば大丈夫!」


お母さんは笑いながら私の頭を撫でてくれた。


明るいお母さんは私の不安を一気に拭いさってくれて、私はすごく安心させられる。



微笑んでいるといきなりズキリとお腹が痛んだ。


「いつっ!」

「蕾様?!」


顔を歪めうずくまった私を小夜ちゃんが慌てて支えてくれた。


「どうしたのですか?」

「あ、えっと……」


あれ、お腹痛かったんだけど今はもう痛くない。

心なしかお腹が張っているような気がしないでも……


「ううん、大丈夫!」


私は笑って立ち上がる。


気のせいかもしれないし、小夜ちゃんに心配をかけたくない。


「ちょっと動きすぎたかな」

「そうだね。ここはもういいから蕾さんは休んでいてていいよ」

「はい、そうします」






あれからしばらく。

お腹の痛みが収まらない。

だけどずっとじゃなくて増したり引いたり。


あ、また……



廊下歩いていた私は壁に手をつく。


あれ、そういえばこんな状況の話をお婆さんに聞いたような。

え、もしかして……?



「蕾様?」


丁度通りかかった小夜ちゃんが駆け寄ってくる。


「小夜ちゃん」

「はい?」

「あの、始まったかもしれない」

「へ?」


首を傾げる小夜ちゃんに私はヘラっと笑う。


「お産が始まったかも」


小夜ちゃんがポカンと口を開け固まる。


「ねぇ小夜ちゃん、お母さん呼んできてくれないかな」


声かけるけど反応がない。


驚かしちゃったかな。

けど早く呼んできてほしいんだけど。


「ねぇ」


肩に触れようとした瞬間彼女はハッと我に返った。


「えぇぇぇぇ!!」


いきなり叫ぶ小夜ちゃんに私は驚き手を引っ込めた。


「え、蕾様お産が始まったんですか?!どうしよう。いや、まずは落ち着いて。大丈夫です私がいますから!!」


いやいや落ち着くのは小夜ちゃんの方では。


完全にパニック状態の小夜ちゃんに苦笑いが浮かぶ。


「深呼吸しましょう!」

「するのはあんただよ」

「イタッ」


現れたお母さんが小夜ちゃんを止める。

見事なチョップが頭に直撃していた。


「あれ、蕾さんどうしたんだい?」

「お産が始まったみたいで……」

「そりゃ大変だ。小夜いつまで狼狽えてるんだい。早く婆を呼んどいで!」


お母さんに背を押され小夜ちゃんは慌てて走っていった。


途中でこけたりしなければいいけど。



「ちょっと準備してくるからここで待っていてくれるかい?」

「はい」


お母さんがいなくなった後、私は息を吐き座り込んで壁にもたれ掛かった。



ついに始まったんだ。



お腹の前で手を握る。



果たして今の私にこの子を産むだけの体力が残っているんだろうか。


いや、絞り出して、私の命を捧げてでもこの子は産んであげなければ。




神様。

どうかこの子だけは無事に。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ