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桜の蕾《完結》  作者: アレン
6章
72/99

72.再会

涙を拭いながら行く宛もなく歩く。

自分の中に渦巻くものについて考えたくない。

止まってしまったら何もかも理解してしまいそうで怖いんだ。



いっそ時が止まればいいのに。

今が永遠になってほしい。



目の前に人影が立ちはだかる。

私はようやく足を止め顔を上げた。



「秀……」


そこには悲痛な表情で私を見る忠と凜太朗が。


やっぱり二人は気づいたんだな。


久しぶりに呼ばれた三人で過ごしていた時の名前。

すごく懐かしい。



もう一度会いたいと思っていた。

助けてもらったのに何も言えなかったことを謝りたかった。

そしてありがとう、と笑いたかった。


だけど二人は今敵として目の前にいる。

しかも愛しい人たちの死の宣告を携えて。



「大変、だったんだな」


呟いた忠の言葉は何を指しているのか。


陶さんが亡くなってから大変なんて言葉じゃ足りないくらい色々な事があった。

そして私達にとって辛いことばかりで。


「そうね。色々あった。何もかも憎くなるほど……」


また溢れてきた黒に染まった言葉に忠はただ悲しそうに私を見ていた。



あぁこんなこと言いたかったんじゃないのに。

また会えたらお礼を言いたいと思ってた。

そしてあの時言えなかった本音を全部伝えようと思ってたのに。


これ以上何も言いたくなくて私は俯いた。



「それにしても驚いたなぁ」


静寂の包む中、そんなひょうきんな声が響いた。

驚いて顔を上げると凜太朗と目が合う。


「秀は女だったんだな。俺全っ然気づかなかったよ」


ヘラっと能天気に笑う顔。

あの頃と同じ笑顔に一気に思い出が溢れ出た。


「ハハッ、そうだね。私結構男装似合ってたでしょ?」


そう言いながら次から次へと涙が溢れる。


忠に怒られたり、凜太朗の事で笑ったり。

三人で過ごした楽しい思い出。



泣きじゃくる私に忠が肩にそっと手を置く。


「秀。俺たちはここに毛利の使者として来た。だけどもう書状は渡したから使命は終わりだ。今の俺たちはただお前にもう一度会いたいと思ってた友人。今は毛利も大内も関係ない」

「ただ……し」

「俺たちはお前に本音で向き合う。だから信用してくれ」

「凜太朗……」


二人の真剣な瞳は嘘をついてないって確信できる。

嘘をついていた私をそれでも友人だと言ってくれる人たち。


もう嘘をつきたくない。

もしこれが罠だとしても私は彼らに全てを話したいと思った。

心にしまっていた想いも、私のことも全部。


「ごめん……ごめんなさい。私二人を騙してた。本当は私は女。あそこに居たのは毛利の情報を得るため。だから貴方達の知ってる私は偽物なの」


優しい二人に何度助けられたか。


だけど二人を利用しているようでいつも後ろめたかった。


本当の事を言いたいのに言えない事が辛かった。



「そうか。じゃあ会いたい人がいるっていうのも嘘だったのか?俺にはそれも嘘だったとは思えないんだけど。その人のこと話す秀は本当に悲しそうだったし。もしかしてそれも演技だったのか?」


悲しげに言った忠に私は必死に首を振った。


「違う。あれはホントの話。話せる事は本音で話してたから」

「じゃあ相手は八郎殿ってことだよな」


その言葉に目を見開く。

だけど考えてみればあの状況で気づかない人はそうそういないだろう。


私は静かに頷いた。


「じゃあそのお腹の子は」

「うん。そういうこと」

「そうか……」


二人の視線は私のお腹に注がれる。

黙ったままの彼らに苦笑が浮かぶ。


そりゃあなんて言ったらいいのか分からないよね。

たった今死ぬことの決まった人の子供を身ごもってるんだもん。


「なぁ秀は大内では何て呼ばれてたんだ?」


いきなり凜太朗がそう言った。

私は目を丸くして彼を見る。


「え、名前?みんなには蕾って呼ばれてたど」


どうして今それを聞くんだろう。


凜太朗は私の言葉にニッと笑って隣の忠を肘でつついた。

そうされた忠も同じように笑う。


「良かったな蕾。あの時言ってたこと、叶ったんだな」

「おめでとう。お前の望みが叶ったんだ、嬉しいよ」


会いたいと望んでた。

もう一度あの人の元に戻りたいと。


そしてその望みが叶ったのは二人のおかげで。

その人たちにこうやって祝福されるなんて。



笑う二人の表情が涙で滲んでよく見えない。



「あり、がとう。あの時二人が逃がしてくれなかったら私もう一度あの人に会えなかった。幸せな時間を過ごすことも、この子を授かることもなかった」


そうだ。

辛いことばかりの中にも幸せな時は確かにあったんだ。


私の頭を凜太朗が優しく撫でる。

顔を上げると彼は泣きそうな顔を私に向けた。


「なぁ蕾。俺は運命ってのはつくづく残酷なんだって思うよ」

「うん、そうだね」


本当にそう。

私達はただ小さな幸せを望んでいるだけなのに。

それさえ叶えさせてくれない。


やっと手に入れた幸せが呆気なく滑り落ちてしまいそうなんだもの。


あの瞳を思い出してギュと手を握る。



「俺たちはこれから返事を持ち帰る。だからここは数刻手薄になる」


忠の言葉に顔を上げる。


「だからそのうちにここから脱出しろ」


私は目を見開いた。


「え、どういう」

「なんとかお前が八郎殿を説得するんだ」


これは罠?

ううん忠がそんなことするわけない。


「だけどそんなことしたら二人が……」

「前にも言ったけど俺たちは蕾の会いたい人と一緒にいてほしいと思ってる。お前には幸せになってほしいんだ」


毛利から逃がしてくれた時の言葉。



真っ直ぐな瞳を向けると忠と凛太郎。


あぁ二人はやっぱり優しいまま変わらない。



「ありがとう」


私は二人に微笑みかけた。







去っていく背中を見つめる。


もう心に黒い感情はない。



おめでとうと言ってくれた二人の言葉が私のドロドロとした感情を洗い流してくれた。


二人にはほんと助けられてばっかりだな。




フッと微笑み私は方向を変え歩き出す。


まだ説得の余地があることを信じて。










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