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桜の蕾《完結》  作者: アレン
6章
71/99

71.悪魔の使者

眩しさに目を開ける。

目を擦りながら隣を見ると義長様が眠っていた。


よかった朝まで眠れたんだ。


私はそっと彼の頬を撫でる。


こんな風に義長様が安心して眠れる日々が続けばいいのに。



ふと義長様が眉をひそめ薄らと目を開けた。


「あ、起こしちゃったね」


微笑むと彼は私を抱き寄せた。


「どうしたの?」

「いや、このような朝は随分久しぶりだと思ってな」

「そうだね」


私は彼の胸に頬をよせる。

義長様はそんな私の頭を優しく撫でた。


とても幸せな朝。




だけどそれは呆気なく崩れ去ることになる。




***************



「おはよう」


朝食をとるため部屋を出ると小夜ちゃんと民部君と鉢合わせた。


「もう大丈夫なの?」

「ええ、ご迷惑をおかけしました」


そう言って笑った民部君はいつもの笑みを浮かべる。


完全に吹っ切れたのかは分からないけど、昨日よりもスッキリした顔に安心した。


小夜ちゃんを見ると彼女も安心したように笑っている。



「さぁ朝食は用意できているそうですから行きましょう」


小夜ちゃんの言葉に私達は歩き出した。








朝食を済ませみんなで雑談をしていると、妙に外が騒がしくなった。


「何でしょうか」


民部君の言葉にみんな首を傾げる。


「少し様子を見てまいります」

「私も行こう」


そう言って民部君と野上さんが部屋を出て行った。


私は膝の上に座る鶴寿丸君の髪を撫でつつ小夜ちゃんと顔を見合わせる。



一体何なんだろうか。



何故か胸騒ぎがして義長様の方を見た。


彼は目を閉じどこか落ち着いている。

まるで今何が起きているのか理解しているようで。



しばらくして忙しない足音と共に民部君が焦った様子で部屋に戻ってきた。


「御屋形様大変です。今毛利方の使者が来ていると」


その言葉に私は驚愕した。


なんで毛利の使者がここへ。

もしかして大友から返事がきたとか?


焦りの交じる空気の中、義長様だけは落ち着いている。

ゆっくり閉じていた瞳を開き民部君を見据え微笑む。


「そうか。ではここに通せ」

「は、はい……」


冷静な声に我に返った民部君がまた走り去って行く。


何がどうなってるの。


不安にかられすがるように義長様を見つめると、彼は微笑んで大丈夫だというようにそっと頭を撫でた。


いつもならそれで安心するのに。


彼の瞳が何かを覚悟したように見え、私の不安はますますつのっていく。




***************




ギシギシと床を踏みしめる音が近づいてくる。

しんと静まり返った部屋に響く音が大きくなるにつれ 心臓の鼓動も早まっていく。



「御屋形様、毛利の者を連れてまいりました」

「入れ」


野上さんの言葉に義長様が返事をする。

私はビクリと肩を震わす。


襖が開くのがとても遅く感じられ、私は唾を飲み込む。

そして現れた人たちを見て私は目を大きく見開いた。


「毛利方の書状を持ってまいりました忠と申します」

「同じく凜太朗です」


名乗った二人は別れた時のまま変わらない姿で私の目の前に立っている。

いや、少し疲れた顔をしているか。


涙が出そうになる。


何も言えず別れた二人。

それでも私を最後まで助けてくれた。


再会したいと願ってた。

言いたいことが沢山ある。

思いが口から溢れてしまいそうだ。



ふと忠と目が合う。

私はギクリと体を強ばらせた。


私が秀だってバレたかな。


冷や汗が流れる中私達はしばらく見つめあった。

先に目を離したのは忠の方で、彼の様子はさして変わらない。



そうだよね。

そもそも私は今女の格好をしている。

二人といた時は男としていたんだから気づくわけないよね。


安心したような残念なような。



二人は義長様の前に座り姿勢を正す。

そして忠が一枚の紙を取り出した。


「こちらを」


義長様が紙を受け取りそれに目を通す。

その間私達は黙ってその姿を見つめる。


しばらくしてフッと義長様が笑みを浮かべた。


「なるほどそういうことか」


その表情に私達は困惑する。


一体紙には何が書かれているのか。


「御屋形様、一体毛利はなんと?」


野上さんが尋ねるけど義長様は目を閉じ答える気配はない。

自然と全員の注目は忠と凛太郎に向けられる。


「毛利は何を言ってきたのだ」


睨むように言った野上さんに忠は顔色を変えず私たちをぐるりと見回す。


その時合った瞳に罪悪感が含ませれていたように感じた。


「八郎殿にもご自害賜りたいとのことです」

「は……?」


目の前が真っ暗になる。



八郎は義長様の通名。

つまり義長様に自害しろ、ってことで……



え、何を言ってるの……?




「何を言っておるのだ!!」


今にも掴みかからんばかりの勢いで野上さんが怒鳴った。


「言葉の通りです。さらに陶晴賢の子息である鶴寿丸様にもご自害をと」

「なっ!!」


隣に座る鶴寿丸君の体が強ばる。

私はとっさに彼の体を自分に寄せた。


それと同時に野上さんが腰を上げ忠に掴みかかろうとした。

あ、と思い目を閉じる。


ゆっくり目を開けると、野上さんの手は忠には届く前に凜太朗によって止められていた。


「こいつの言い方に気分を害されたのは謝ります。しかし、今言ったことは全て事実。書状にもそう書かれているはずです」

「あぁ、そうだな」


凜太朗の言葉に頷く義長様。

それを見て野上さんは力なく腕を下ろし、その場に項垂れる。


「なんとか無体なことか。これでは隆世は無駄死にではないか」

「そうですよ。毛利は内藤殿の首をとる代わりに御屋形様の無事を保証すると言ってきたではないですか。何故それを……」

「そのことに関しては私共には分かりかねます。しかし、私共をここへ送ったのは大殿でございます」


忠の発する言葉を聞く度心が闇に染まっていく。


どうしてこんなことになってるの?

元就さんが言い出したことなのになんでこんなことに。


言い争いが続く中、フッと息を吐く音が聞こえた。

その音に目を向けると義長様が三人の姿を見つめている。

その顔には怒りは全くなく、どこか肩の荷がおりたようにホッとした表情だった。


「もうよい房忠、民部」


義長様の声に争いが止む。


「あの時隆世だけを先に逝かせたことはやはり間違いだったのだ。忠と凛太郎といったか、私はこのことを受け入れよう」


そう言った義長様の顔は穏やかで、完全に覚悟の決まった瞳だった。


「と、との……?」


なんとか絞り出した声はひどくかすれて弱々しい。

表情も歪んでいるだろう。


そんな私に義長様は悲しそうに微笑む。

分かってくれ、そんな風に言われたようでそれ以上言葉が出てこない。


「分かりました。ではまた昼頃に参りますのでご準備の方を」


そう言って忠と凛太郎は部屋を出て行った。




部屋の中を静寂が包む。



私は痛む胸をギュッと掴んだ。



そうだ、なんで今まで気づかなかったんだろう。


どこか懐かしい桜の木。

お寺にある立派な桜を私は見たことがある。






功山寺、義長様のお墓のあるお寺だ。







名前が違ったから気づかなかった。


じゃあ本当に義長様はここで死んでしまうの……?





「少しライと二人にしてくれないか」


義長様の言葉に全員の思考が回復し始める。

ゆっくりと腰を上げみんなが部屋から出ていく。




そして部屋には私と義長様だけが。



「すまぬ、ライ」


義長様の呟くよう言った言葉に私は顔を向け睨みつけた。


「何がすまないの?!何で、どうしてあんな!!」

「ずっと心に引っかかっていた。本当に私はこのまま生き延びてよいのかと」


うん、分かってる。

義長様が内藤さんのことでずっと悩んでたのをすぐ近くで見てたから。

だけど……


「貴方が死ぬ必要はないでしょう?!」

「いや、私は大内の当主だ。家が滅びる時は当主の滅びる時。私の最後でもあるのだ」

「そんな事っ」


ないって言いたいけど声にならない。


だって彼の言葉を理解している自分がいるんだもの。

当主が家の滅びる時に死ぬことがこの時代では普通だということは私でも知っているから。


「嫌……」


でも、でもそんな事理解したくない、納得したくない!!



どうしてそんなにホッとした顔をしているの。

どうしてそんなに真っ直ぐ前を見ていられるの。






どうして、そんな貴方を美しいと思うの……






「嫌よ!絶対に嫌っ!!なんでなの?!どうしてそんな顔するの?!」


なんでみんな彼を殺そうとするの?

元就さんは義長様を助けるって言ったじゃない。



涙が溢れるのと同時に心が黒く染まっていく。


「憎い。毛利も、何も言ってこない大友のお兄さんも、この世界も!!」

「ライ」


狂気に飲まれる私を義長様が抱き寄せた。

彼の温かさにますます涙が溢れる。


「逃げようここから。今ならまだ間に合うよ」

「ライ分かってくれ。それはできぬのだ」


嫌だ、この温もりを失いたくない。

彼がいなくなったら私は生きていけないよ。


「お願いよ義長様っ」

「桜!」


呼ばれた自分の名にハッと正気を取り戻す。

そして正面から義長様と見つめ合う。


完全に覚悟の決まったその目が内藤さんと重なった。

義長様がどんなに説得しても意思を曲げなかったあの瞳。



私はギリッと歯を食いしばり義長様を突き飛ばした。


「桜っ!!」


義長様の声を無視して部屋を飛び出す。



彼の目を見ているのが耐えられなかった。

彼の温かさが、感触がもう感じられなくなるのだと考えるのが嫌だった。


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