70.後悔と涙
膝で眠る義長様の髪をそっと撫でる。
疲れた顔をしてるけど、安心したように眠る義長様は久しぶりだ。
ここ最近はよく眠れていないみたいだったから。
こんな風に義長様が安心して眠れる日が続けばいいのに。
目にかかった髪をよけると目の端が少し赤い。
このままじゃ明日腫れちゃうも。
私は冷やす物を取りにいこうとそっと頭を下ろし立ち上がった。
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誰かいないかと探していると、縁側に座る小夜ちゃんと民部君を見つけた。
二人の間には距離があり、なんとも言えない空気が漂っている。
また小夜ちゃんが緊張したのかな、と思ったけどどうやらそうではないらいし。
私は二人の元に近づいた。
「二人ともお疲れ様」
「あ、蕾様……」
振り返った小夜ちゃんは複雑な表情をしている。
チラリと彼女は隣に目を向け、私もそちらを見た。
向いた先に座る民部君は顔を上げることなく項垂れている。
「民部君?」
尋ねても返事がない。
小夜ちゃんの方を見ると悲しそうに首を振る。
多分別れてからずっとこんな調子だったんだろう。
「ねぇ民部君どうしたの?なにかあったのなら話して?」
もう一度声をかけるが反応は同じ。
仕方ない。
ここは待つしかないか。
そう思い私も二人の間に腰を下ろした。
「ごめんね荷物とか全部任せちゃって」
「いえ、そんなに量はありませんでしたから。二人でやれば直ぐでしたよ」
「そっか」
そこで会話は途切れ私たちは黙った。
月に照らされた私たちの間に沈黙が流れる。
「私は……」
民部君が小さく呟いた。
耳をすませないと聞こえないくらい小さかったけど、確かに聞こえる。
「私は御屋形様の小姓失格です」
泣きそうな声でそう言う。
「どうしてそんなこと」
「あの場で一番内藤殿のことを気に病んでいるのは御屋形様なのに。私は自分の感情を抑えきれずあのようなことを言ってしまった」
さっきの話し合いの時のことだろう。
そんなに気に病むことはないのに。
あの場で誰しもが思っていたことを民部君が口にしただけだ。
「そんなに思い悩まないでもいいのよ」
そう語りかけたが、こちらを向いた民部君は泣きそうな顔をしていた。
「違うんです」
そう言った民部君の言葉に小夜ちゃんと顔を見合わせる。
「違うって?」
「あの時。いや、それよりももっと前から私は内藤殿が羨ましかった。あの方は御屋形様に信頼されていて、内藤殿の様になりたいと思うと同時にいなくなればとも思っていた」
思いをぶちまけるように言葉を紡ぐ民部君を黙って見つめる。
ずっと義長様の側にいた民部君にとって内藤さんは憧れでもあり嫉妬する相手でもあったんだ。
「ですが、内藤殿が亡くなられて私たちは途方に暮れている。あの方の大きさを今更ながら痛感いたしました。そして自分の無力さも。私は御屋形様の為に何もできない」
そんなことない。
民部君が着いてきてくれたこと義長様は嬉しいと思っていると思う。
だけどそれは今の民部君にとってただの慰めにしか聞こえないなもしれない。
私はグッと手を握った。
彼になんて声をかけたらいいのか分からない。
「あの時死んだのが内藤殿ではなく私だったら良かったのに……」
「そんなことありません!!」
呟かれた言葉に小夜ちゃんが前のめりになる。
私は驚いて小夜ちゃんの方を見た。
彼女の表情は怒っているような今にも泣きそうな。
民部君も顔を上げ小夜ちゃんを見つめる。
「民部様は無力なんかじゃありません!だって貴方は私を助けてくれたっ」
「え?」
「勝山城へ行く時、貴方は野党から守ってくれました。あの時駆けつけてくれなかったら私は連れ去られておりました」
小夜さんの瞳から涙が溢れる。
それを見て民部君が目を見開く。
「それに私は貴方に何度も助けられてきました。そんな人が無力だなんてことはありませんっ」
そこまで言って小夜ちゃんはいよいよ本格的に泣き出してしまった。
無意識に涙が出てくるみたいで拭っても拭っても止まる気配はない。
私は小夜ちゃんの頭を撫でながら民部君を見る。
「内藤さんはとても頼りになる人だった。私だってここにいてくれればって思ってる。だけどね、今ここにいる人みんな必要なの。いらない人なんて一人もいないわ」
民部君は俯いた。
だけどさっきまでとは違う。
私の役目はここまで。
私は立ち上がり隣で泣いている小夜ちゃんに微笑みかける。
首を傾げた彼女を民部君の方へ押す。
「え、蕾様?!」
「ここからは小夜ちゃんの役目よ」
目を丸くする小夜ちゃんの肩を叩いて私はその場を立ち去った。
去り際振り返ると、小夜ちゃんがそっと民部君を抱きしめていた。
民部君の為に涙し、彼が辛い時支えたいと言った小夜ちゃん。
きっと民部君の心を軽くしてあげられるのは小夜ちゃんだけだから。
夜がふけていく。
後悔と罪悪感で涙した義長様と民部君。
みんな傷つきボロボロだ。
もう悲しいことは起きて欲しくない。
私たちはただ何もなく平和な時間を過ごしたいだけなの。
私は輝く月にそう願った。
だけど運命は私たちの心とは関係なく、当然に、そして残酷に襲いかかってくる。




