7.着物の人
「あ、目が覚めましたか?」
目を開けるとそこにあったのは小夜子の顔。
あまりの近さに悲鳴を上げそうになった。
「良かった、なかなか目が覚めなかったので心配していたんです」
何か言葉使いが違うような……
まじまじと見てみるが顔は小夜子そのもの。
でも髪は黒いストレートで1つに結っている。
「あの、大丈夫ですか?」
「へ?」
完全に自分の世界に入っていたので、間抜けな声が出てしまった。
「だ、大丈夫大丈夫!」
「そうですか」
ニッコリ笑った彼女の顔はやっぱり小夜子。
「えっと、ちなみに貴方のお名前は?」
「あ、すみません自己紹介がまだでしたね。小夜と申します。貴方様は?」
「桜です。村上桜」
「桜様ですか」
小夜さんはそう言うと笑って頭を下げた。
私も慌てて同じように頭を下げる。
頭を上げて改めて周りを見回すと、田舎のおばあちゃんの家のような部屋。
でも確か修学旅行の宿は和式じゃなかったはずだ。
「倒れていた貴方を助けて下さったのは殿なんですよ」
「殿?」
21世紀のこの時代、殿何て呼ばれてる人が存在するのだろうか。
変わった名前とか?
有名キャラクターの名前とか子供に付ける人とかいるわけだし。
「こちらに運び込まれてから3日間目が覚めなかったので心配していたんです」
「3日間?!」
道理で体が重いわけだ。
「熱があったので勝手ながら私が着替えさせていただきました」
自分を見下ろしてみると、真っ白な着物を着ていた。
それは時代劇とかでよく見るようなもの。
(ん?)
何だかん違和感を感じて服の袖をつまんで中を覗いてみた。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
あまりの衝撃に体のだるさも忘れて飛び起きた。
「ち、ちょっと小夜さん! これは一体っ!!」
私はビックリして目をパチクリさせている小夜さんに向かって叫んだ。
「何で下着着てないの?! 私!」
そう、着物の中にあったのは申し訳程度しかない私の胸。
しかも何も付けていない。
つまり、私は現在裸に薄い着物を一枚着ているだけの状態なのだ。
「あれ? 私ちゃんと制服のとき下着つけてたよね?!」
私は完全にパニック状態で、今にも小夜さんに襲いかかりそうになっていた。
「少し落ち着いて下さい。そんなに叫んだら体に障ります。それから『さん』はやめてください」
こんな状況で落ち着いてなどいられるものか。
現在進行形で私はプチ露出魔になってるんだから。
んー……まぁ騒いでも仕方ないっちゃ仕方ない。私は1度大きく深呼吸して、元の場所に座り直した。
「取り乱してごめんなさい。えっと、小夜ちゃん?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
微笑んでくれた小夜ちゃんを見てほっと胸を撫で下ろした。
落ち着いて小夜ちゃんをもう一度よく見てみる。
彼女が着ているのは若い子がめったい着ることのない着物。
でも、私が知っている着物よりも地味で帯が凄く短い。
「小夜ちゃん、その服って……」
「服? 小袖のことですか? 別に特に変わったものではありませんが」
学校の授業で聞いたことのある名前だ。
そんなものを日常的に着てるなんてありえる?
着物でさえ4・50代の女の人が着ているのしかみたことがない。
もちろん小夜ちゃんは私と同じ10代だろう。
「そういえば、桜様は不思議な着物を着ていましたね。外国の方ではないかと皆で話していたんですよ」
「不思議? 制服のこと?」
「あれはセイクフと言うのですか」
「え、当たり前じゃん」
「そうですか? 私は初めて見たのですが……」
「「……」」
話が全く噛み合っていない気がする。
小夜ちゃんの歳で制服を知らないなんて有り得るの?
でも彼女の顔は冗談を言っているようには見えない。
何だか段々と不安になってきた。
「えっと、つかぬことをお伺いしますが、今は何年でしょうか?」
「確か…天文23年の弥生です」
聞いたことのない年号。
でも『やよい』は知ってる。確か昔の言い方で3月の事だったはずだ。
どういうこと? 私がさっきまでいたのは9月だったはず。
なのにどうして4ヶ月も時間がたってるの?
しかもかなりの薄着なのに全く寒くない。
ハッとして、毛布から飛び出す。
小夜ちゃんが止めた気がしたけど今はそれどころじゃない。
閉じられた障子に駆け寄り、それを勢いよく開け放つ。
「どういうことなの……」
外に広がっていたのは桃色の花をいっぱいに咲かせた木々たちだった。
私はバカみたいに口を開けたまま立ち尽くす。
9月にも3月にも桜が咲いているわけがない。
なのにどうして咲いてるの?
何もかもが私が今まで生きてきた常識と違う。
この瞬間、私はやっと理解した。
―ここは私の知ってる『世界』じゃない……
「桜様っっ!!」
気づくと私は部屋から駆け出していた。
どうしょうもない不安と恐怖がぐるぐると身体中を駆け巡る。
一体ここはドコなの?
私はどうなったの?
小夜子は?
秀は?
私はみんなに会えるの?