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桜の蕾《完結》  作者: アレン
6章
68/99

68.開城

部屋に入ると義長様は月の光が照らす縁側に座り、庭の景色を見つめている。


まるで1枚の絵みたいな光景に私はしばらくその場でそれを眺めていた。



ふと義長様が振り返った。


「来ていたのか」

「うん……」


手招きされて私は義長様の隣へ。

持ってきたお酒を置いた。


「これでよかった?」

「あぁ、ありがとう」


私は義長様の隣に腰掛ける。

さっき彼のしていたように庭を眺めてふと思い出す。



そういえばこうやって二人で月を見たことがあったな。



「前にもこうして月を眺めたな」


義長様を見るとこちらを見て微笑んでいた。


「そうだね」


あの頃は平和だった。

少なくともこんなことになるなんて全く想像もしてなかったもの。



月を眺めていると後ろから物音がした。

振り返ると内藤さんが部屋の中に入ってくるところ。


「お待たせいたしました」


そう言って笑う内藤さんは普段と変わりない。

平和な日々に戻ったんじゃないかと錯覚してしまうほど。



私は立ち上がり少し後ろに。

内藤さんは義長様の隣に腰掛けた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


お酒を手渡す時手が震えた。



本当に内藤さんは死ぬつもりなの?



そんな私に内藤さんは微笑む。

話し合いの時に浮かべたもののように。



「隆世考え直してはくれないのか?」


そう切り出した義長様。

内藤さんは首を振った。


「先程も申しました通り、私は明日毛利へ赴きます」

「ならぬ!どうしてもお主がここで死ぬと言うのなら、私も一緒に。お主一人で黄泉になど行かせるか」


そう言った義長様は濁りのない真っ直ぐな瞳をしている。


これが死を覚悟した人の瞳なんだろうか。



私は俯き手を握りしめる。


義長様はここで内藤さんと共に死ぬことを望んでる。

ここまで一緒に戦いを乗り越えてきた人と最後まで戦い続けたいんだ。

例えその結末が死なんだとしても。



そんな義長様に内藤さんは嬉しそうに微笑んだ。


「そのお言葉今生の土産と致しましょう。しかし、黄泉へは私ひとりで十分です」

「隆世!」

「私は私が守りたいと思うもののため戦います。貴方にも守りたいものがあるでしょう?」


義長様がハッと私を見る。

多分泣き出しそうになってる私を見て、グッと表情を歪めた。


「私は御屋形様に蕾様をお守りすると約束いたしました」


内藤さんが私を優しげな瞳で見た。


「それは御屋形様が生きてここを出ることに繋がりますから」

「それは……」

「身重の蕾様を貴方は一人にするおつもりですか?この敵に囲まれた戦場で」


義長様が微かに震えた。

表情は葛藤に揺れ、拳は強く握られる。


「この世は所詮一時の夢でございます。泡沫のように消えていく。そんな中守りたいと思えるものが見つかることはこの上なく幸福なことなのです」



微笑む内藤さんは幸せそうで。

彼の守りたいものは義長様なんだろう。



ずっと一人苦しんできた義長様にようやくできた命をかけて仕えてくれる家臣。

なのにその喜びに浸るまもなく手からこぼれ落ちようとしている。



「御屋形様にもお分かりになられるでしょう?」

「……あぁ」


ゆっくり頷いた義長様に内藤さんは満足気な顔で笑った。


「さぁ最後の宴と致しましょう。こんなに美しい月夜なのですから」


内藤さんはそう言って手を掲げた。






***************





眩しさに目を開ける。


あぁ朝か……


重たい体を起こしふと顔を上げると、義長様が昨日の夜のように座って庭を眺めていた。


「起きたか」


こちらに顔を向け笑う。

私は義長様の方へ近づいた。


「寝てないの?」

「いや、少し寝たよ」



嘘、疲れた顔してるんだから分かるよ。



内藤さんのことで眠れなかったのだろう。

私も色んな思いが頭を巡って、明け方ようやく少し眠れたぐらいなんだけど。





あの後何度か義長様は内藤さんに考え直さないかと尋ねたけど、その答えは変わらなかった。



去り際内藤さんに話ができないかと部屋を出る彼を追いかけた。


だけど部屋を出る直前で止められ。


「蕾様、御屋形様のことよろしくお願い致します」


そう微笑みながら言われた。







隣に腰掛けと義長様に手を握られた。

彼の方を見ると前を向いたままだ。


「おそらく今日の昼にはここを出ることになるだろう」

「うん」

「その時ライが私と共にいるのはあまりに危険だ」


私の存在が毛利に気づかれてるのかは分からないけど、堂々と毛利の兵の前に行ってしまったら子供ことがバレてしまう。


「じゃあ私はどうすれば?」

「私が城を出る時に裏から脱出しろ。おそらくほとんどの目が私に向くはずだから、その時ならば上手くいくだろう」

「脱出してから後で落ち合うってことね」

「そうだ」

「わかったわ」


私が頷くと義長様は微笑んだ。




「御屋形様」


外から民部君の声がする。


いよいよ。



私は義長様を見つめた。

彼は微笑み私の頭を撫で立ち上がった。



立ち去る義長様の背中に悲しみは見て取れない。

また心に押し込めて平気だという風に笑うんだろう。

きっと内藤さんを送り出す時も。




***************



本丸の急な階段を登る。


一歩進む事に今までの思い出が溢れてくる。



内藤さんのこと最初は秀と間違ったんだっけ。

いつも私たちのこと心配してくれていて、何度も相談に乗ってもらった。

彼の後押しで義長様に気持ちを伝えられたんだ。



柵まで辿り着き下を見る。


そこには人だかりが。

おそらく毛利の兵だろう。

騒がしい声がここまで聞こえる。


その奥から真っ白な着物に身を包んだ人が真ん中へと歩いていた。


真ん中に辿り着くと天を仰ぐ。

そして後ろに控えた人が刀を振り上げ。






「っ……ふ……っ」


私はその場に座り込み泣いた。






***************



「今なら敵もいないでしょう」


家臣の男が外の様子を伺う。

私は荷物をギュッと抱え込む。



今頃義長様が表から城を出ているところだろう。

言っていた通り毛利の目は完全に義長様に向けられているみたいだ。


「さぁ参りましょう」


小夜ちゃんの言葉に頷き私は男に向き直る。


「ありがとうございました」

「いえ、気をつけて」


頷いて歩きだそうとしたら、腕を掴まれた。

驚いて振り返ると男が真っ直ぐ私を見つめ。


「どうか御屋形様のことを頼みます」


私は目を見開いた。



ずっと義長様のことを認めてこなかった家臣の人たち。

だけどこの場にいる人たちは最後まで義長様に着いてきて、そして戦ってくれた。


ちゃんと義長様には主君だと思い着いてきてくれる人たちがいた。

こんな形でそれが分かるなんて皮肉だけど。



「分かりました」


私は男に向かって微笑んだ。








こうして勝山城は開城となった。

私はお城を出た後、無事義長様たちと合流できた。



私と小夜ちゃん、民部君、鶴寿丸君、野上さんそして義長様。



六人は言葉を発することなくただひたすら身を寄せることになった長福寺へと向かった。


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