67.矢文
今日はやけに静かだ。
朝から昨日までが嘘みたいに音はなく、
新たに負傷者が運ばれてくることはない。
なんだか不気味な雰囲気を感じながら私は負傷者の手当をしていた。
「包帯洗ってくるよ」
汚れた包帯の入った桶を持ち上げる。
結構重いけどなんとかなるだろう。
「あ、私が行きますよ」
「いいの今手空いてるから。小夜ちゃんはそのまま続けてて」
小夜ちゃんは納得いってなさそうな顔をしてたけど、私はそのまま部屋を出た。
廊下を歩きながらふと上を見上げる。
変わらず澄んだ空に今日はなんの音も混じっていない。
本当に怖いくらい静かだ。
休戦状態でもここまで静かじゃなかったのに。
何かあったのかな。
もしかして兵が引いたとか?
なんて考えながら井戸に辿り着く。
さぁ始めようと桶を地面に置いた時。
シュッッ!!
何かが物凄いスピードで目の前をかすめた。
私はビックリして尻餅をつく。
「なな、何?!」
何かがいった方向を見ると、地面に一本の矢が刺さっていた。
え、じゃあ今目の前を矢が通ったの?
「あ、危かった……」
間一髪。
多分あと一歩でも前にいたら当たってた。
てゆうかなんでこんなところまで矢が飛んでくるのよっ。
矢ってそんなに飛ぶもの?!
これ撃った人余程の凄腕かヘタクソかどっちかでしょ。
ドキドキいう心臓を抑えながら私は矢を地面から抜いた。
手に持った矢を見てみると木の部分に紙が巻かれている。
「なんだろう」
開いてみると文字がびっしり書かれていた。
まぁこの時代のだから読めないんだけど。
けどこれって毛利から撃たれた矢だよね。
じゃあこれは毛利から?
そういえばこういうの見たことある。
矢に手紙を括りつけて相手に届けるってやつ。
「矢文ってこと?」
その答えに辿り着いた瞬間私は急いでお城の中に戻る。
早くこれを渡さないと。
***************
「殿っ!!」
襖を開け放った私を皆が見る。
丁度話し合いの最中だったみたい。
「どうしたそんなに慌てて」
義長様を見つけ私は真っ直ぐ彼の方へ進む。
部屋の真ん中を堂々と歩く私に皆迷惑そうに見てくるけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「これさっき拾ったんだけど」
矢ごと、とは伏せておこう。
話が逸れそうだし。
私は手紙を義長様に渡す。
受け取ったそれを読んで義長様の表情が凍りついた。
「なんだ、これは……」
その反応に皆顔を見合わせる。
その後何も言わない義長様に内藤さんが問いかけた。
「拝見してよろしいですか?」
その言葉に義長様が一瞬戸惑ったような仕草をした気がした。
「あぁ……」
手紙を手渡され内藤さんがそれに目を通す。
そして彼の表情がフッと緩んだ。
「なるほど」
彼らの表情が真逆で、いったい何が書かれているのか検討もつかない。
「何が書いてあるの?」
私は痺れを切らして内藤さんに尋ねる。
すると内藤さんは笑みを浮かべた。
「内藤隆世は陶晴賢と共に主君大内義隆を討った反逆者である。故に許すことはできない。だが現主君は陶晴賢の傀儡に過ぎず遺恨はない。内藤隆世の首と引き換えにその身は大友に送り返す、と」
その場の空気が凍った。
内藤さんの首と引き換えにって。
誰もが耳を疑った。
質の悪いイタズラじゃないかと思いたい。
「私はこれを受け入れます」
戸惑う声が聞こえる中、内藤さんのはっきりとした声が響いた。
「ならぬ!!」
内藤さんの発言に義長様が声を上げる。
その瞳は怒っているようでいて、深い悲しみを帯びていた。
「お主の首と引き換えに生き延びるなど。私はここで最後まで戦うぞ!」
義長様の言葉には胸が痛くなるくらい感情が込められている。
「私などの首一つで主君を守れるのならば安いものです」
だけど内藤さんは微笑みを崩さない。
「そうだ、御屋形様の命が助かるのならば……」
「いや、毛利に降伏するなど大内の恥!最後まで戦うべきだ」
そんな声が周りから出始めた。
降伏すべきか戦うべきか。
そんな声を聞きながら私は義長様を見た。
彼が死ぬ覚悟をしていることは前の会話で知っている。
だから最後までここで戦いたいんだ。
私はお腹に手をあてる。
そしたらふと内藤さんと目が合う。
その瞳は優しげで、大丈夫だと言っているような気がした。
一体何を考えているの?
内藤さんが私から義長様へ目線を移した。
「御屋形様。貴方さえ生きておいでなら大内は再興できます。どうか大内の当主としてこのことをお考えになって下さい」
「だが……」
口ごもる義長様。
周りからは義長様の命が何より大事だという意見が飛び交う。
戦うべきだという意見はもう消えていた。
とうとう義長様の反対の声が途切れる。
悲しげな目を内藤さんに向け、内藤さんは優しけな瞳でそれを返す。
「では明朝相手方に伝えましょう。今日はもう攻めてくることはないでしょうから皆休みましょうか」
内藤さんの言葉に皆頷く。
***************
それぞれ部屋を出ていく中、私は義長様の元へ近づいた。
「殿……」
俯いた義長様の手に触れる。
それと同時に義長様が顔を上げた。
「ライ今夜私の部屋に酒を持ってきてはくれぬか」
「え?」
いきなりの言葉に私は目を丸くした。
だけど彼の瞳を見て意味を理解する。
決意のこもった目。
きっと内藤さんをもう一度説得するんだ。
「分かった」
私は強く頷いた。




