65.海色の景色
自分の荷をほどいてふと手を止める。
畳まれた制服。
捨てるに捨てれなくて結局ここまで持ってきてしまった。
ずっと着てないから少し色褪せている。
これを当たり前に着ていたのにそれが夢だったんじゃないかと思ってしまう。
私はここで生き、そして新しい命を産もうとしている。
まさか自分が二十歳そこそこで母親になるなんて。
現代じゃ絶対にありえない。
「ライ、入ってもよいか?」
ボーっと考えに浸っていると外から義長様の声がした。
「うんいいよ」
返事をすると義長様と内藤さんが部屋に入ってくる。
「どうしたの二人で」
「今から本丸の方へ行くのだがライも一緒にどうだ」
「え、いいの?」
「どうせお主はまた一人で歩き回って迷子になるだろうからな。一緒に来て道を覚えろ」
ニヤリと意地悪く笑う義長様。
人のこと子供みたいに。
確かによく迷子みたいにはなるけども。
ムッと拗ねた顔をすると義長様はククッと笑いを噛みしめる。
「御屋形様あまり蕾様をあまりいじめてはいけませんよ」
「そうよ内藤さんの言う通り」
内藤さんの言葉に便乗する私を義長様はますます笑い出した。
「で、行くのか?」
ニヤニヤしたまま義長様は手を差し出す。
「もちろん行くに決まってるじゃない」
私はせめてもの抵抗のつもりで思いっきり手を握ってやる。
そんな私たちを内藤さんはやれやれという風に見ていた。
***************
「私についてきてくださいね」
そう言う内藤さんは迷いない足取りで進んでいく。
その後姿は頼もしい。
だけどこのまま置いて行かれそうな気がした。
「隆世そんなに急いで行くな」
義長様も私と同じように感じたんだろう。
そう笑いながら言った。
立ち止まった内藤さんはこちらを振り返る。
「申し訳ありません。つい」
「ここに詳しいんですね」
「ええ、私はここで育ちましたから」
「じゃあここは内藤さんのお城なの?」
「そうなりますね」
なるほどだから義長様はここに来ようって言ったんだ。
内藤さんのお城なんだったらなんだか心強い気がする。
そのまま進み一番高い建物に着く。
天守閣ってやつかな。
「この上です」
少し急な階段を義長様の手を借りて上る。
最上階に着きベランダの様になっている場所に出た。
「うわぁ」
柵の先には青々とした海が広がっている。
出っ張った陸の向こうに青が通り、その先にはまた陸が続く。
「下関だな」
義長様が隣に立つ。
下関は山口県の端っこ。
じゃあ海の向こうの陸は九州なんだ。
「向こうに見えるのは門司か春日だろう。あちらではもう初夏を迎えているかもしれぬな」
「懐かしいですか?」
内藤さんが義長さんに問いかけた。
義長様の実家の大友は九州にある。
つまりあの地は義長様の育った場所なんだ。
「いや、あの地にはあまり未練はないからな。大内に来ると決めた時もう大友には戻らぬと決めた」
義長様を見ると悲しげに海を眺めている。
大友には居場所がないと言っていた。
今そのことを思い出しているのだろうか。
私は義長様の手を握った。
それに気づき彼は私に顔を向ける。
目を合わせ、義長様はふわりと笑った。
「私の居場所はあそこではないからな」
手を握り返させる。
義長様の居場所はここで。
それは私もって思っていいのかな。
「では何としても守らねばなりませんね」
海を眺めながら内藤さんは言った。
私も前へ向き直る。
美しい景色はどこか現実じゃないような気がして。
静かな空気が逆に怖いと感じた。
***************
勝山城に来て二日。
騒がしさに目が覚めると小夜ちゃんが青ざめた顔で部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
「も、毛利の兵が攻めてきたと……」
その言葉に私の顔からも血の気が引く。
こんなに早く攻めてくるなんて。
私は急いで身支度を整え義長様達を探した。
男達を掻き分けその中にいた民部くんを見つける。
「民部くん!」
「蕾様来られたのですね」
「殿はどこに?」
聞くと民部くんは頷いて歩き出す。
その後を追うと義長様と内藤さんの姿を見つけた。
「殿、毛利が攻めてきたって」
「聞いたのか」
「うん。今どういう状況なの?」
聞くと義長様は黙り込む。
その反応に私は隣の内藤さんに目を移した。
私の視線に内藤さんは息を吐く。
「城を取り囲む兵は五千といったところでしょう。しかしそれよりも悪い知らせがありまして」
「悪い知らせ?」
「毛利は既に海上に水軍を構え、さらに下関にも兵を送っているそうで」
「つまり……」
「大友からの援軍も望めず、完全に退路を絶たれたということです」
そんな。
この城は陸の孤島ってこと?
私はギュッと手を握りしめた。
首に手をかけられたような感覚だ。
「まだ決まったわけではない。兄上の援軍も毛利を撃ち破り来るやもしれぬしな」
私の頭を撫で義長様は微笑む。
こんな状況でも笑うんだ。
「そうですね。私共が取り囲む兵を退ければ道は開けますし」
「あぁまだ悲観するには早いだろう」
頷き合う二人をすごいと思う。
この最悪な状況でも惑わず前を向く。
私は不安で押し潰されそうなのに。
グッと歯を噛み締め義長様達を見る。
「怪我人は私に任せて」
義長様は目を見開いて私を見た。
「いやライがそのようなことをしなくても」
「私も出来ることをしたいの」
このために百合さんに応急処置を習ったんだ。
義長様達の役に少しでも立ちたくて。
「殿、蕾様は私がお守り致しますから」
私について後ろにいた小夜ちゃんが前へ出て言った。
義長様は小夜ちゃんを見てそして私を見る。
「無理はするなよ」
「分かってる」
私は真っ直ぐ義長様を見て頷いた。




