64.山頂
早朝に高嶺城を出た。
勝山城までは一日もかからないらしく、今日の夜には着くらしい。
前を行く男たちがどんどん遠くになっていく。
息が上がり足が重たい。
「蕾様大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……かも」
「少し休みましょうか」
小夜ちゃんの提案に頷いた。
近くの木陰に座り息をつく。
「では前の方に伝えてまいりますので」
そう言って小夜ちゃんは駆けて行った。
さすがにしんどい。
体が重いからいまいち思う様に動けないんだよね。
お腹を擦るとポンッと蹴り返された。
「励ましてくれてるの?」
聞くともう一度蹴ってくる。
なんか赤ちゃんと会話してるみたい。
クスクス笑っていると小夜ちゃんが戻ってきた。
「少し先で一度休憩するそうなのですぐ追いつけますよ。どうぞ水を」
「ありがとう」
手渡された一口。
冷たい水が乾いた喉を潤していく。
「やはり蕾様にはきつうございましたね。お子の方は変わりありませんか?」
「うん元気だよ。すごく蹴られてるし」
ポンポンと叩くとそれに合わせて蹴ってくる。
どれだけ元気な赤ちゃんなんだろう。
これは生まれたら相当ヤンチャな子になるんじゃないのかな。
「よかった」
ホッと息をついた小夜ちゃんはジッとお腹を見る。
そんな様子に私は微笑んだ。
「触ってみる?」
「え?!」
聞くと小夜ちゃんは目を丸くする。
そしてぶんぶん首を振った。
「そんな恐れ多い」
「恐れ多いって」
そんな気おくれする必要ないのに。
何度か聞いたことがあったけど毎度こんな感じの反応をする。
「小夜ちゃんに触ってあげてほしいんだけどダメ?」
首を傾げて聞くと小夜ちゃんはウッと息を飲む。
試案するように眉を下ろし、そして頬を緩めた。
「ではお言葉に甘えて……」
ゆっくりと私のお腹に触れる。
「わっ動いた」
「挨拶してるんだよ」
驚く小夜ちゃんの様子が可笑しくて笑う。
そんな和やかな会話をしていると。
「おい女子ではないか」
男の声がして私たちはそちらを向く。
「本当だこれは上玉じゃないか」
「だが一人は身重だぞ」
複数の男が近づいてくる。
見た目からして野党か何かだろうか。
小夜ちゃんが私を庇う様に男たちの間に出た。
「なんだこの女身重の方を庇っているのか?」
「もしかしたら高貴なお方だったりしてなぁ」
ニヤニヤする男たち。
気持ち悪くて寒気がする。
「なんなんですか貴方たちは」
睨む小夜ちゃんを男たちは面白そうに眺める。
「おぉ気の強い」
「これは高くつくんじゃないか?」
高く?
もしかしてこいつら人狩りとかそうゆうのじゃないよね。
いくら現代より治安が悪いとはいえあり得るの?
だけど話し続ける男たちの会話から高値になるとかどこへ連れて行こうかとかいう言葉が聞き取れる。
「まぁ連れて行けば分かることだろう」
「それもそうだ」
そう言って男が小夜ちゃんの腕を掴んだ。
「キャッ」
「早く立て!」
強引に引っ張られ小夜ちゃんはよろけそうになる。
「なにするのよあんたたち」
「お前も来い!」
「ちょっ、離してよっ」
小夜ちゃんを助けようとしたけど私も男に捕まってしまう。
腕を振り払おうとするけど無理だし、そんなに激しく動けない私に男から逃げる術はない。
「蕾様っ」
「ええいうるさいぞ!」
男が後ろから小夜ちゃんの口を塞ぐ。
どうしようこのままじゃ……
「小夜ちゃん!!」
「ガハッ」
私が叫んだ瞬間、小夜ちゃんの口を塞いでいた男がいきなり倒れた。
その背は赤く染まっている。
「な、なんだ?!」
突然起きたことに男たちは狼狽える。
掴む腕が緩められ私は腕を振り払って小夜ちゃんの方へ駆けつけた。
「大丈夫?」
「はい。ですが……」
一体何が起きたのか。
分からず私たちは顔を合わせた。
「え、グハッ」
「なんなんだよっ!!」
次々と男たちは倒れていく。
気づくと囲んでいた全員が倒されその中で一人だけが立っていた。
「民部……様?」
小夜ちゃんが呟く声に振り返った。
それは紛れもなく民部くんで、頬には返り血がついている。
「ご無事ですか?!」
駆け寄ってきた民部くんはいつもの彼だった。
まさかこれを民部くん一人でやったなんて。
「みんな死んでるの?」
「いえ、傷は浅いので死んではいませんよ」
その言葉にホッとする。
「ありがとう助けてくれて。でもなんで」
「お二人の様子を見てくるよう御屋形様に言われたんです」
「そっか殿が」
本当に危ないところだったから助かった。
あとでお礼言っとかないと。
「小夜ちゃん庇ってくれてありがとう」
「いえ当然のことをしただけですので」
微笑んだ小夜ちゃんは立ち上がろうと力を入れる。
だけど足をくじいたのかよろけて座り込んでしまった。
「大丈夫?!」
支えると小夜ちゃんは申し訳ないという顔をする。
どうしよう。
さすがに小夜ちゃんを支えて歩くのはきついよ。
「あの小夜さんさえ宜しければ私が支えて歩きましょうか」
「えっ?!」
民部くんの提案に小夜ちゃんの頬が赤く染まる。
これは急展開で。
「えっと、その」
「やはり私ではだめですか?」
「いえそんなことは!」
首を振った小夜ちゃんに民部くんは微笑んで手を差し伸べた。
「では参りましょう」
「はい……」
小夜ちゃんは恐る恐る民部くんの手を取る。
私はその様子を微笑みながら眺めていた。
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しばらく進んで無事合流できた。
私たちが追いついたことを確認し一行は勝山城へと急ぐ。
小夜ちゃんはそのまま民部くんに支えてもらい、耳まで真っ赤になっていた。
「ねぇもう着く?」
私は隣を歩く義長様に尋ねる。
ちょっともう体力の限界かも……
「あと少しだ。この山を越えれば城が見える」
そう言って指さした先には山頂がある。
私は歩幅を大きくしてそこに急いだ。
山頂に到着し見えたのは山に囲まれたお城。
これが勝山城。
「勝山城は山に囲まれ自然の壁となっている。それに城は強固でそうそう崩されることはない」
追いついた義長様が隣に立つ。
その横顔は何故か悲しげで。
口では大丈夫だと言っているけど、表情はそうは言っていない。
私は義長様の手に触れる。
彼は私の方を向いて微笑んだ。
悲しく消えそうな笑顔で。




