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桜の蕾《完結》  作者: アレン
5章
62/99

62.見送り

須々万沼城の落城から事態は一気に崩れていった。


知らせがきてから数日後、毛利が若山城を攻略したという知らせが届いた。


内藤さんからその話を聞いた時、私は言葉を失った。


こんなに早く事態が悪くなるものなのだろうか。

それに若山城を攻略したってことはあの陶さんの家臣だった人たちも……


別れを言った男の顔が浮かぶ。

あの人ももうこの世にいないのだろうか。



お腹の子はすくすくと育っていくのに、それと同時にどんどん人が死んでいく。

これが戦なんだと今更ながら痛感した。



***************




「天神山の兵は壊滅。右田々岳城も毛利に寝返ったそうです」

「そうか……」


義長様と内藤さんが話す中、私は居心地の悪い気持ちで座っていた。


戦の話をしているのに、義長様は私を部屋から出そうとしないし内藤さんも気にせず話を進めている。


私お茶を持ってきただけなのに。

完全に出ていくタイミングを逃してしまった。

だけど気になる話だから聞きたい気持ちもある。


「寝返った右田隆量が先鋒を務めているとの噂もあります」

「厄介だな。こうも寝返る者が多いとは」


義長様は苦い顔をする。


確かに須々万沼城が落城してから毛利に寝返る人が増えた。

元々いなかったわけではないけど、その数は倍以上になっている。


毛利に対抗する兵力がどんどん奪われ、それと同時に毛利の軍は大きくなっていく。

最悪の連鎖だ。


「あとどのくらいお城は残ってるの?」


遠慮しながら聞くと内藤さんが私の方に顔を向ける。


「ここと南にある姫山城くらいです。あとは宮野口とその近くの渡川でしょうね」

「もうそれだけしか残ってないの……」


絶望的。

その言葉がピッタリと当てはまる状況だ。


まだ少しは残っているとはいえ、このままの勢いで攻められたら。


ゾッと血の気が引く。


そんな私に義長様が頭に手を置く。


「とはいえ全くないというわけではない。簡単に攻められるような者はここにはおらんよ」


そう励ましの言葉を口にする義長様。

だけどその表情少し硬い。


「御屋形様、渡川の守りですが野上殿に任せるのはどうでしょう?野上殿なら少しの時間だけでも毛利を足止め出来るかもしれない。その間になんとか城を完成させ守りを固めることが出来れば」

「ここで毛利を迎え撃つことが出来る、か」


内藤さんが頷く。

義長様は少し考えた後、内藤さんに向かって頷き返した。


「そうだな。野上に伝えてくれるか?」

「分かりました」


内藤さんは立ち上がり部屋を出て行った。

私はその姿を目で追う。


内藤さんと義長様がこうやって作戦を立てるところ始めて見た。

何回か話し合いを見たことはあったけどそれは決定したことを話していただけだったから。


「いつもこうやって作戦を決めてたの?」

「大抵な。この戦がここまで耐えられているのは隆世が居たからこそだ。私だけでは到底無理だっただろう」


そう言う義長様の表情は柔らかい。


内藤さんのこと信頼してるんだな。

信頼し、それに答えてくれる人がいてくれるだけで義長様にとってすごく心強いんだろう。


だけど今まで耐えてこられたのは内藤さんだけの力じゃないはず。


「内藤さんだけじゃない。殿が居たからこそ今纏まってるんだよ」


陶さんが亡くなった時も、仲間内で争っていた時も義長様は戸惑うことなく冷静に家臣をまとめようとしていた。


それは毛利に一気に攻められることのなかった大きな理由なんじゃないかな。


「二人が居たからこそだよ」


微笑んだ顔を義長様に向けると、彼は笑う。


「そうか」



***************




義長様と別れ部屋へ帰ろうと廊下を歩く。


すると後から何かが私に抱きついてきた。

それは背中の半分位の高さで、大きくなったお腹に腕が回っていない。


こんな風になるのは一人だけ。


「どうしたの鶴寿丸君」


精一杯後ろを向くけど鶴寿丸君の顔は見えない。



困った、どうしよう。



うーんと唸っていると、お腹に触れる小さな手が微かに震えていた。


私は驚き直ぐに鶴寿丸君に向き合う。


向き合わせて見えた彼の顔は涙で濡れていた。


「ど、どうしたの?」


焦る私に鶴寿丸君は涙を拭う。


「先程叔父上から野上が出陣すると」

「あぁそっか」


なるほどそれで泣いていたのか。

鶴寿丸君にとって野上さんはここへ連れてきてくれた命の恩人みたいなものだもんね。

そんな人が戦に、それも最前線へってなったらそりゃあ不安になるだろう。


「野上さんには会った?」


聞くと鶴寿丸君は首を振る。


義長様達の話だと今すぐ出陣するっぽかったし。

それなら急がないと。


「鶴寿丸君、野上さんを探そう」

「え?」


目を見開いた鶴寿丸君手を握る。


こんな泣くほど大切な人なんだから何か一言言わないと。


「ほら急いで」

「ちょっ、待て蕾!」



***************



探し回ってようやく野上さんを見つけた。

出る準備をしているらしく甲冑に身を包んでいる。


「野上さん」

「おや蕾様ではないですか。それに鶴寿丸様まで」


微笑んだ野上さん。

鶴寿丸君は私の後ろに隠れてしまう。


「ほら鶴寿丸君」


彼の背中を押し前へ。

野上さんは鶴寿丸君に合わせて立膝になる。


「鶴寿丸様私がいない間蕾様の言う事をちゃんと聞くのですぞ」

「あぁ」


笑う野上さんに鶴寿丸君は俯いたまま。


ふと鶴寿丸君が私の方を向いた。

その顔は本当にいいのか、と聞いているようで。


私は頷く。

いいんだよ、と。


鶴寿丸君はしっかり顔を上げて野上さんを見た。


「生きて戻ってきてくれ」


その言葉に野上さんは目を見開いた。

そして一心に自分を見つめる鶴寿丸君に嬉しそうに微笑んだ。


「もちろんでございます。必ず鶴寿丸様ともう一度お会いいたいますから」

「必ずだぞ」

「ええ」


野上さんは立ち上がり私の方を向く。


「鶴寿丸様をどうかよろしくお願いします」

「はい。気をつけて」


頷いた私に笑いかけ野上さんは行ってしまった。


鶴寿丸君がギュッと私の手を握る。


これが野上さんとの最後にならないように。

私はそう願いながら鶴寿丸君の手を握り返した。


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