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桜の蕾《完結》  作者: アレン
5章
61/99

61.知らせ

つわりが落ち着き調子も元に戻ってきた。

お腹もだんだん膨らんできて、ここに赤ちゃんがいるんだと実感している。



「大丈夫か?」


お医者様が部屋から出るのと入れ違いに義長様が顔を出した。


「うん。もう心配いらないって」

「そうか。だがあまり無理するなよ」


なんかみんな私にそう言うんだよね。

十分休ませてもらってるし、流石に今は無茶しないよ。


と思うけど私の髪を撫でる義長様は本当に心配そうな目をしているので、私は素直に頷いた。


「なぁ、触ってもよいか?」


私のお腹を見て聞いてきた。


「いいに決まってるじゃない」


そう答えると義長様はゆっくりとお腹に触れる。

だけど直ぐに離してしまった。


「どうしたの?」

「私の手は冷たいから、子供に悪いだろう」


そう悲しそうに笑った。



そんなこと気にするなんて。



私は彼の手を両手で包んだ。


「私にとってあなたの温度はとても温かくて好きなの。だからこの子もきっと同じだと思うよ」

「だが」

「それでも気になるなら私が温めてあげるから」


手をさすって私の体温をわける。


「ほら、これで大丈夫」


温かくてなった手を差し出して微笑む。

それを見て義長様も笑った。


「そうだな」


もう一度私のお腹に触れる。


壊れ物を扱うように優しく。

愛しそうに見つめる。


「元気な子を産んでくれ」

「うん。義長様は男の子か女の子どっちがいい?」

「桜は?」


質問したのに逆に返されて私は悩んだ。


どっちでもいいけど、どちらかといえば。


「義長様に似た男の子がいいな」


イジワルなところは似て欲しくないけど。


そう答えると義長様の手がピタリと止まる。


「私には似ない方が幸せだろうよ」


彼を見ると瞳に暗い影が落ちている。


自分の運命について言っているのだろうか。

過酷過ぎる人生が子供にも似て欲しくないと思ってるのかな。

だけどそれはあなたのせいじゃないのに。


私は義長様の手に触れた。

するとハッと我に返ったように微笑んだ。


「私は桜に似た女子(おなご)がよいな。無茶なところは受け継いで欲しくないが」


冗談みたいに言ったけど、私はそれに答えず義長様の頬に触れた。

それに義長様は驚いた顔をする。



自分に似たら幸せになれないなんて悲しいことを言わないで。

私はあなたに沢山幸せをもらっているからそんなことないのよ。



言葉にできなくて私はただ義長様を見つめた。


義長様はそんな私にいつもの悲しげな笑みを浮かべた。




***************




年が明け、寒さが厳しい三月。

ついに最悪の知らせがもたらされた。




『須々万沼城が落とされた』




須々万沼城は毛利が攻めて来てからも周囲の沼を利用し、水かさを上げ守りを固めていた。


一度大きな戦があったがそれもしのぎ、半年以上も毛利の攻撃に耐えてきた。


しかし先月から毛利が総攻撃を開始。

周囲の沼を埋め立てられ、ついに須々万沼城は落城した。



このことにより毛利は着実にここへ近づいてくることになる。


陶さんの家臣たちがいる若山城にも。




***************


「あれ、人少なくない?」


朝、炊事場の手伝いをしようと気合いを入れていた私は入り口で足を止めた。


見るからに人が少ない。

大抵十人位が働いていたはずなのに、今は三人ほどしかいない。


「本当ですね。どうしたのでしょう」


小夜ちゃんも不思議そうに首を傾げる。


「皆さん風邪でも引いたのでしょうか」

「いや、それは流石にないでしょ」


咳してる人見てないし、こんな一気に発症するのは稀じゃないかな。


二人で目を見合わせる。



「皆出て行ったのですよ」


後ろから声がして振り返る。

そこには腕を組み、不機嫌そうな表情の百合さんが立っていた。


随分ご立腹のようで。


「出て行った?」

「須々万沼城の件は聞きましたか?」

「うん、少しなら」

「その時女子も殺されたらしいのです。それで皆怖くなって逃げ出したのですよ」

「あぁなるほど」


納得した小夜ちゃんとは対照的に私は全く理解出来ていない。


確かにその話は聞いたけど、この時代じゃあることじゃないの?

私も聞いた時すごく怖かったけど、私よりも戦にはなれてるはずの人たちが逃げ出すほどのことだったんだろうか。


「えーっとまだよく分からないんだけど……」

「はぁ?何を言っているんですか」


訳が分からないという顔で睨まれる。


だ、だって分かんないんだもんっ。


「百合様、蕾様は記憶を失っておられるので」

「そういえばそうでしたね。忘れていましたわ」


小夜ちゃんのフォローのおかげで威圧感から解放される。


そういえば私ってここでは記憶がないってことになってたんだっけ。

自分でも忘れてた。


「いいですか。本来戦では女子を殺めないと暗黙の了解があります。ですので一部を除いて女子は無事城を出ることができるのです」

「一部を除いて?」

「高貴なお方はそのまま城と共にすることが多いんです」


そういえば時代劇とかでも当主の奥さんとかお姫様がお城で自害するっていうのを見たことがある。


「籠城した際、敵に攻め落とされてしまう場合は基本使用人は無事逃げられるのです。しかし毛利はそれを無視し、あろう事か女子にまで手を挙げたのです!」


興奮気味に語る百合さんに少しおののく。



なるほどそれでこんなに人が減ったのか。


元就さんは怖い人だとは思っていたけど、ここまで徹底的にしてくる人だったなんて。


私は身震いした。

逃げ出したくなった人たちの気持ちも分かる気がする。


「あれそういえば百合さんは残ったんだね」


ふと浮かんだ疑問が口に出た。

ヤバっと思った時には時すでに遅し。


目線だけで人を殺せるんじゃないかってくらいに睨まれた。


「私が逃げ出すとお思いなんですか?それなら心外ですわ。私は恩を仇で返すようなことは致しません」

「ご、ごめんなさい」


意外だったけど、百合さんらしい。

彼女が残ってくれたら心強いから。


「小夜ちゃんはいいの?」

「何を仰るんですか。私は最後まで蕾様にお仕えすると決めているのですから逃げたり致しません!」


最後までって。

私はそんな大層な人じゃないのに。


真剣な言葉に照れくさくなる。


「ありがとう」

「まぁ確かに蕾様を一人にするのは不安ですからね。何をしでかすか分かりませんから」

「え、そっち?!」


意地悪く微笑む百合さん。


そういう意味じゃない……よね?


心配になって小夜ちゃんの方を見ると、確かにというように納得した顔をしている。


そういう意味もあったんだね。

私ってそんな危なっかしいかなぁ。


「何を言いますか。危なっかしいというより危険です」


無意識に口に出ていたのか、百合さんに追い打ちをかけられた。


落ち込む私に小夜ちゃんは慰めるように肩を叩いた。


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