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桜の蕾《完結》  作者: アレン
5章
60/99

60.悪い癖

次の日お医者様が来てくれた。

いろんな人のお産に立ち会ってきた人らしく、現代で言えば助産師さんみたいな感じだと思う。


結果、私は妊娠していた。

そうだろうとは思っていたけど実際にそうだと言われてホッとした。


お医者様に見てもらったことは当然義長様にも伝わって、どうしたのか聞かれたけど少し調子が悪かったという事で通した。



そして二週間が過ぎ。


「ご加減いかがですか?」


縁側に座って鶴寿丸君のことを眺めていると、洗濯物を抱えた小夜ちゃんが来た。


「大丈夫だよ」

「そうですか。でも無理なさらないで下さいね」

「うん」


ここ一週間つわりが出始めた。

眠たいのもだけど、ご飯とかの匂いがダメになった。



妊婦さんがごはんの匂いで気分が悪くなるっていうのは知ってたけど、本当だったんだ。



というわけで最近は一日中鶴寿丸君の相手をしている。


でもそのせいで私がしていた仕事を小夜ちゃんが代わりにしてくれていて、負担を増やしてしまっている。


「ごめんね色々手伝えなくて」

「いいえ、今は蕾様のお体の方が大切ですから」


小夜ちゃんは首を振るけど本当に申し訳ない。


あ、そうだ。


「今から干しに行くの?」

「ええ」

「じゃあ手伝うよ!」


そう言うと小夜ちゃんはブンブンと首を振った。


「とんでもないっ。蕾様は休んでいてください」

「今日は調子いいから手伝いたいんだけど」


眠気もないし気分も悪くない。

それに少し動きたいし。


「それでも」

「だけど小夜ちゃんに迷惑かけてるし、少しでも手伝いたいの」

「迷惑なんて、好きでやっているんですからお気になさらないでください」

「でも……」


ジッと小夜ちゃんを見るけど目を逸らされる。


うぅでもここで引けないし。


無言の攻防が続いていると、私たちの間から鶴寿丸君がヒョコリと現れた。


「なら私が蕾のことを手伝おう」

「いいの?」

「うむ」


頷いた鶴寿丸君と共に小夜ちゃんの方を見る。


二人に見つめられ小夜ちゃんはウッと言葉を詰まらせた。


「あぁもう。分かりました」

「本当?!」

「その代り気分が悪くなったら直ぐに言ってくださいよ」

「うんっ」


私は鶴寿丸君とハイタッチをした。

そんな私たちを小夜ちゃんはハァとため息をつた。





***************



「ほら蕾」

「ありがとう」


鶴寿丸君が渡してくれたものを物干し竿にかける。


久しぶりに動いてホッと息をつく。

ちょっと疲れてきたかな。

上を向いた時に少しクラッとした。


「鶴寿丸君ちょっと休もうか」

「大丈夫か?」


心配そうに見上げる鶴寿丸君の頭を撫でてやり私は近くに腰かけた。


「どうしました?」


私が休んでるのに気づいて小夜ちゃんが駆け寄ってくる。


「気分が悪いので?」

「違うよ。ちょっと疲れただけ」


笑って言うと小夜ちゃんは表情を緩め私の隣に座った。

持っている籠は空で自分の分は終わったようだ。


「そういえばあの……殿にはまだ伝えられていないんですか?」


言いにくそうに言った質問は、多分ずっと気になっていたことなんだろう。


「うん、まだ……」


未だに子供が出来たと伝えられていない。

もう分かってから大分経ってるのに。


あれからゆっくり会ってないのもあるけど。


「まだ自分が負担になるとお考えで?」

「ううんそれは」


始めはその気持ちが大きかったんだけど、今はそうじゃなくて。


「なんか不安になってきちゃって」

「不安?」

「うん。言って本当に喜んでくれるのかなって」


ただでさえ大変な時期に義長様の子供を妊娠したってもし毛利に知られたら、私は大内にとって弱みになるんじゃないだろうか。


それにもし義長様が喜んでくれなかったら。

困らせてしまったら……


そんな思いが日に日に大きくなっていき、言い出す勇気がなくなってしまった。



ギュッと手を握りしめると小夜ちゃんがその手をそっと包んだ。


「蕾様そんなに思いつめないでください」


私は小夜ちゃんを見る。

その私に優しく微笑みかけた。


「この頃は精神が不安定になるものなんですよ」

「だけど」

「私の母なんて私を身ごもってた時よく父と喧嘩していたそうで。その度に家出して村中大騒ぎ。探しても見つからなくて、夕方になってみんな焦りだした頃にひょっこり帰ってきたそうなんです」

「迷惑な話だな」

「そうでしょう?それも何度もやったらしくて村の人の笑い話になってるんですよ」


思い出してクスクス笑う小夜ちゃんにつられて私も笑いが込み上げた。


「それに殿については蕾様は悩まなくて大丈夫だと思いますよ?」

「え?」

「だって殿が蕾様とお話しされている時、いつもと雰囲気が違いますもの」


首を傾げると小夜ちゃんはクスッと笑った。


「もちろん蕾様も殿とお話されている時いつもと違いますよ。意味お分かりになられるでしょう?」


そこまで言われたらさすがに分かる。


義長様と話すとき私はすごく幸せで、きっとその想いは全身から滲み出ていると思う。

義長様も他人から見たらそうなのかな。


「殿は蕾様のこと大切に思ってらっしゃいます。だから大丈夫ですよ」


確かに大切にしてもらってるって身に染みて感じている。



こんなに不安になる必要ないのかな。

もっとシンプルに考えるべき?


「私、伝えようかな」


そう呟くと小夜ちゃんの表情がパッと明るくなる。

それに私も微笑む。


まだ不安はあるけど、小夜ちゃんの言葉を信じてみようかな。

なんだかんだ言って子供のこと喜んでくれる顔を見たいとも思っているし。



「さぁそうと決まればちゃっちゃと洗濯干しちゃおう」


そう言って立ち上がった瞬間グラリと視界が歪んだ。


え、と思った時には体に力が入らなくなっていて。



「蕾様っ!!」


小夜ちゃんと鶴寿丸君が私を支えてくれるのを感じる。

何か言わなきゃと思うのに、声が出ずそのまま意識が遠のいて行った。





***************



「ん……」


ゆっくり目を開けると私は布団の上で横になっていた。



ボーっとする頭で今の状況を必死で思い出す。


確か小夜ちゃんの手伝いをしていて。

子供の話してて不安なの相談したんだ。


で、小夜ちゃんの話で不安な気持ちが少しまぎれて、義長様に伝えようって思ってそれで……



ハッと私は起き上った。


そうだ倒れたんだ。

子供、子供は無事なの?!


自分のお腹に触れてみるけどどうなのか分からない。



もしかしてダメになってないよね。



最悪のビジョンが浮かび血の気が引く。


襖が開いた。


「起きたか」

「義長様……」


義長様は一人だった。

思わず殿と呼ぶのを忘れてしまったけどよかった。


なんて頭の片隅で冷静に思っているけど、私の顔は不安で泣きそうになっている。

そんな私を義長様は無表情で見つめていた。

黙ったまま私の近くに腰かける。


そして私が手を添えているお腹に目をやった。


「大丈夫。子は無事だそうだ」


その言葉に肩の力が抜ける。



良かった、無事だった。



泣きそうになったけど、その想いは直ぐに波の様に引いていった。



どうしようこんな形で義長様に知られてしまうなんて。


私はチラリと義長様の様子を伺う。

表情は変わらず、一体何を思っているか分からない。


だけど怒ってるよね。

こんな大切なこと隠してたんだもの。


「ライ。お主私に言わねばならないことがあるよな」


聞かれた言葉にビクリと体が跳ねる。



声は静かだけどそれが余計に怖い。


だけど正直に言わないと。

伝えるってさっき決めたんだから。


そう思うけどまた不安が湧いてくる。


「えっと、その……」

「妊娠していることを言わなかったのは、私の負担になりたくないからだと聞いたが」


多分私が眠っている時小夜ちゃんか百合さんが伝えたんだろう。


「それもあったけど、そうじゃなくて……」


ギュッと手を握りしめる。


怖い。

けど小夜ちゃんにの励ましてもらったし、ちゃんと伝えたい。


覚悟を決め私は目を強く瞑った。


「よ、義長様は、私との子供が出来て嬉しい?」


声が震えた。



沈黙が流れる。

決死の言葉の返事はいっこうに返ってこない。


不安で握る手の力が強くなる。



そして。



「ハァ」


義長様はため息をついた。

私の体が大きく震える。


どうしよう。

やっぱり迷惑だったのかな。



「ライ」


呼ばれるけど怖くて顔を上げられない。

すると義長様がそっと髪を撫でた。


「桜」


私はゆっくり顔を上げる。


合わさる瞳。


私は目を見開いた。



「桜との子だ。嬉しくないわけがないだろう?」


満面の笑み。

本当に嬉しそうで幸せそう。


私はその笑顔に涙が溢れた。



あぁ、こんなに喜んでくれるなんて。

こんなに幸せそうに笑ってくれるなんて。


涙が後から後から流れる。


「桜はどうなんだ?」


その問いに私は涙を拭い義長様を見つめて答えた。


「義長様との子供だもの。嬉しいに決まってる」


引き寄せられ抱きしめられた。


「ありがとう桜」


その言葉にまた涙が出る。



何を不安に思ってたんだろう。

小夜ちゃんの言う通り私はこんなに大切にしてもらっているのに。


こんな風に喜んでもらえるならもっと早く伝えればよかった。


「ご、ごめんなさい。隠してて」

「全くだ。お主は一人で抱え込みすぎる」


悪い癖だ、と私に言うけどそれはお互い様じゃない?


「これは桜だけでなく私のことでもあるんだぞ?」


その言葉にハッとした。


そうだこれは私だけのことじゃない。

二人の子供なんだもの。

私が守らなきゃって思ってたけど、そうじゃなかったんだ。


「頼むから一人で悩むな。私にも守らせてくれ」

「うん」


私を包む義長様の香り。


私は一人じゃないんだ。



抱きしめる腕にとても安心した。





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