57.救出
「はぁぁぁ」
私は大きなため息をついた。
「お疲れですね」
「あ、ありがとう」
炊事場の端のスペースで休んでいた私に小夜ちゃんがお茶を持ってきてくれた。
彼女も持っているから休憩しに来たんだろう。
一口飲むとホッとした気分になる。
「毎日鶴寿丸様に振り回されていますものね」
「ほんとそうだよ」
こんなに疲れてるのはここ最近ずっと鶴寿丸君の相手をしてるから。
あの子ときたらやんちゃ過ぎてついていけない。
この前いよいよ嫌われたかと思ったけどとんでもない。
むしろターゲットされたみたいで、毎日のようにイタズラされたり遊びに付き合わされたりしている。
元気なのはいいけど限度ってものがあるでしょう。
私の体力がもたない。
最近は小夜ちゃんもターゲットになったみたいで二人して振り回されている。
もう一度ため息をつくと、廊下をバタバタと走る足音が聞こえた。
あぁまたか……
「おい蕾、小夜。腹が減ったぞ!」
「鶴寿丸君ここでは静かにって」
「何かないのか?」
私の言うことなんて聞きやしない。
元気な大きい声に頭を抱える。
「鶴寿丸様、先程お昼を召し上がったでしょう。これ以上食べると夕食が食べられなくなりますよ」
「でも」
「鶴寿丸様なら我慢出来るでしょう?」
優しく諭すように言われ、鶴寿丸君は諦めたのか走って行ってしまった。
相変わらずご上手で。
「ほんと慣れてるよね。姉弟とかいたの?」
「いえ。ですがよく村の子供の世話をしていたので」
なるほど、だから上手いのか。
「私も小夜ちゃんみたいに出来たらいいんだけど」
全然言うこと聞いてくれない。
言い方とかが悪いのかな。
「こういう事は馴れですよ」
「そういうものかな」
「ですがあそこまでやんちゃなのは考えものですけどね。危ないから炊事場には来ないように言っているのに聞いてくださらなくて」
確かに火や包丁を使うここに鶴寿丸君が来るのは危ない。
一度火を使っている時に後ろから脅かされた時は心臓が止まるかと思った。
「なんとかならないかなぁ」
「そうですね」
うーんと考えながらお茶を飲む。
「蕾!!」
その瞬間、鶴寿丸君の声が響く。
驚いて危うくお茶を吹き出しそうになった。
「ゴホッ、ど、どうしたの?」
少しむせながら声の方を見ると目をキラキラとさせた鶴寿丸君が目に入った。
これはあれだ。
すごく嫌な感じがする。
「遊ぶぞ。相手をしろ!」
ほら来たいつものパターンだ。
私と小夜ちゃんはガクリと肩をおとす。
そんな様子を他の女の人たちはおかしそうに眺めていた。
***************
「ハァハァ。ちょっ、ちょっと待って……」
息を荒げて横腹を押さえる。
ヤバイ息するのがしんどい。
「へばったのか?情けない」
いやいや、ずっと走りっぱなしでもう体力残ってないよ。
後ろにいる小夜ちゃんもむせながら胸に手をあてている。
遊ぶと言われて鶴寿丸君について行くと、そうそうに鬼ごっこが開始された。
しかも鬼は私と小夜ちゃんの二人。
こんなの簡単だと思うかもしれないけどとんでもない。
小さな体でそこら中走り回る鶴寿丸君を二人がかりでも全く捕まえられないのだ。
まさかこの年になって全力で鬼ごっこをすることになるなんて思わなかった。
「おい早く追いかけろよ!」
「つ、鶴寿丸様。少し休みましょうよ」
もう限界だとへたり込む小夜ちゃん。
鶴寿丸君がこちらを見るけど、私も首を振った。
流石に休みを欲しい。
もう体はガタガタだ。
既に筋肉痛になることは確実だろう。
そんな私たちの様子に鶴寿丸君は不機嫌に口を尖らせた。
「もうよい」
そう言って一人で走り出してしまう。
「待ってください鶴寿丸様っ。この辺りは危のうございます!」
小夜ちゃんが叫ぶが鶴寿丸君は聞く耳を持たない。
あの子の走って行った方には確かまだ出来上がってなくて崖みたいになってるところがあったんじゃ……
嫌な予感がして私は鶴寿丸君の後を追った。
「ちょっと待って!!」
声をかけるけど止まってくれない。
だめ、このままじゃっ。
「鶴寿丸君!!」
力一杯叫ぶと、ふと鶴寿丸君がこちらを振り返った。
だけどそれと同時に彼の体がガクッと傾く。
「鶴寿丸様っ」
小夜ちゃんの声を聞きながら私は必死に走る。
必死に腕を伸ばし、投げ出された鶴寿丸君の手を掴んだ。
だけど鶴寿丸君は既に空中に完全に投げ出されていて、私ではこちらに引き寄せる事はできない。
私は地面を蹴り上げ空中に飛び出す。
鶴寿丸君の体をギュッと抱え込み地面に背を向け目を瞑った。
***************
「いつぅぅ」
背中がズキズキする。
あれ、でも思ったより痛くないかも。
体はちゃんと動くみたいだから、前に崖から落ちた時よりマシなんじゃないだろうか。
なんて考えながら体を起こす。
と、それよりも。
腕に抱えた鶴寿丸君に目を向けた。
「鶴寿丸君大丈夫?」
返事は返ってこないけど、腕の中の小さな体はガクガクと震えていた。
そりゃああんな所から落ちたら怖かったよね。
私は安心させようと優しく頭を撫でてあげた。
「蕾様っ」
声がして振り向くと小夜ちゃんが近づいてきていた。
向こうから回ってきたんだろう。
小夜ちゃんに返事をしようとした時、鶴寿丸君が私から離れ立ち上がった。
驚き鶴寿丸君を見ると、今にも泣きそうなのを堪えるように顔を強ばらせている。
泣いたらいいのに。
どうして我慢しようとするの?
「蕾様大丈夫ですか?!」
駆けつけた小夜ちゃんに声をかけられ意識はそちらに向いた。
「あ、大丈夫だよ」
「お怪我は?!」
「大丈夫大丈夫」
手を挙げようもしたらズキリと痛みが走った。
ん?と腕を見てみるとドロリと血が溢れてきている。
「血がっ!」
「うわっ。だ、だけど見た目ほど痛くはないから落ち着いて」
ちょっと深く切れちゃった位だと思う。
他を動かしてみるけど腕以外は特に痛いところはなかった。
私は立ち上がって鶴寿丸君に向き合う。
「鶴寿丸は怪我ない?」
微笑みながら聞いたのだが全く反応がない。
「なんですかその態度は。蕾様に助けて頂いたのですよ?」
珍しく苛立っている小夜ちゃん。
これはヤバイんじゃないかと止めようかと思ったが、それよりも先に鶴寿丸君が口を開いた。
「頼んだわけではない」
その言葉に小夜ちゃんが殺気立った表情になった。
あ、と思った時にはもう遅く。
パーンッッ!!
気持ちいいくらいのいい音が響く。
小夜ちゃんが鶴寿丸君の頬を叩いたのだ。
叩かれた本人は目を丸くして放心状態みたい。
あれは相当痛いだろうな。
そう思っていると、鶴寿丸君が顔を歪め走って行ってしまった。
私は一部始終を見ていることしかできなかった。
えっと、これはどうすれば……
「さぁ蕾様は部屋に戻って下さい。私は百合様を探してまいりますので」
「あ、うん」
いつも通りに戻った小夜ちゃんに思わずたじろぐ。
ただ笑顔はまだ少し硬い。
「あんな小夜ちゃん初めて見たよ」
「当然です。怪我をさせておいてあのような態度なんて。怒られて当然のことをしたのですから」
にしても怖かった。
何度か鶴寿丸君に注意をしている所は見たことあったけどそれとは比にならないくらいだ。
普段穏和な人は怒ると怖いって言うけど本当なんだな。
「あら蕾様ではないですか」
苦笑を浮かべていると後ろから百合さんの声がした。
「あれどうして百合さんが?」
「たまたま通りかかりましたら鶴寿丸様が走ってこられたのです。何事かと思って来てみたのですが」
そう言った百合さんの隣には腕を掴まれバツの悪そうな顔をしている鶴寿丸君がいた。
なるほど、一番捕まったらダメな人に捕まってしまったらしい。
苦笑を浮かべると百合さんが私の腕を見た。
「何があったかは分かりませんが取り敢えずその腕の手当をしましょう。事情はその時に」
ニッコリ笑った顔に恐怖を感じる。
これは全部話さないと解放してもらえないやつだ。
捕まったのは鶴寿丸君だけじゃなかったみたいだ。
未来の自分に同情したくなった。




