56.探検
まどろみの中バタバタと騒々しい音が聞こえる。
なんなんだ。
私はまだ寝てたいのに。
音を消そうと顔を覆うように布団を被る。
「おい起きろ!」
「グエッ」
お腹あたりに衝撃が加わる。
しかも地味に重い。
本当になんなんだ。
目を開けると私の体の上に鶴寿丸君が乗っかっていた。
「ど、どうしてここに?」
「そんなことどうでもよい。早く起きろ!」
ムッとした顔で暴れ出す鶴寿丸君。
ちょっ、そんな暴れるとお腹痛い。
「分かった、分かったから暴れないで」
「そうか。ではすぐに支度しろ」
そう言って私の上から退くと部屋を出て行った。
嵐のような出来事に私は暫し放心状態。
どういうことなんだ。
てゆうかそもそもなんで鶴寿丸君が私の部屋に。
疑問は残るもののまた暴れられても困るので私は布団から立ち上がった。
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「遅い!」
「あのねぇ。これでもすぐ用意した方なのよ?」
髪を適当にまとめて簪をさす。
少し時間があれば綺麗に出来るんだけど仕方ない。
「で、どうしてこんな時間に?」
「城を探検するのだ」
「探検?」
いやそれにしたってこんな時間からしなくても。
「さぁ行くぞ」
「あ、ちょっと待って」
せめて小夜ちゃんに一言言っておきたいのに。
だけど鶴寿丸君は静止を聞かずドンドン進んで行ってしまう。
「あぁもう!」
ごめん小夜ちゃん。
後で謝るから!
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探検と言っていたけど、本当にお城の中を歩き回るだけ。
宛もなくたまに行き止まりに行き当たったり曲がり道に悩んだり。
鶴寿丸君は楽しそうだけど私としてはそろそろお腹が空いた。
「ねぇ戻らない?朝ご飯食べてないでしょう?」
「いらぬ」
「私はいるよ……」
鶴寿丸君が振り返る。
その顔をムッと拗ねていはようだった。
「何故歯向かう。蕾は女中であろう?」
「歯向かってはないわよ。提案してるの」
ますます不貞腐れる鶴寿丸君に私はため息をつきたくなった。
傲慢というか偉そうというか。
陶さんの息子さんだからそれなりに身分のある子なんだろうけどこれはどうなんだろうか。
「蕾は生意気だ。女中なのに部屋があるのもおかしいし」
「あ……それは」
立場としてはよく分からない位置に私はいるからな。
そんな偉い立場ではないけど、かと言って小夜ちゃんと同じでもない。
「色々複雑なのよ」
複雑というか自分でもよく分からない。
苦笑を浮かべるけど、納得の回答ではなかったみたいで鶴寿丸君はプイっと顔を背け歩き出してしまった。
もう、本当どうしろっていうのよ。
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見るからに不機嫌な鶴寿丸君。
さっきまで楽しそうだったけど今はただ歩いているだけみたいだ。
多分さっきの会話のせいなんだろうけど、私にどうしろっていうんだ。
腹の虫は既に暴れるのも疲れてしまった。
ここまでくると朝ご飯は諦めるしかないかな。
随分時間もたち、だんだん暖かくなっていく。
小夜ちゃん心配してるだろうな。
騒いでないといいけど。
大騒ぎになっているイメージが出来るから怖い。
帰ったら百合さんあたりに怒られそうな気がする。
前を見ると鶴寿丸君が角を曲がった。
私も慌ててそれについていく。
「ライではないか」
鶴寿丸君が行ったのとは反対の方から声がした。
振り返ると義長様と民部くんがこちらに歩いてきている。
「あ、殿。おはよう」
「あぁ。どうしたんだこんな所で」
「あ……ちょっと探検を」
他に言いようがなくてそう言った。
義長様は首を傾げる。
うんそうだよね。
いい歳して探検なんておかしいよね。
だって仕方ないじゃん。
赤くなる顔を見られたくなくて後ろを向く。
だけど向いた方では鶴寿丸君がムスッとした顔でこちらを見ていた。
八方塞がりじゃないかっ。
結局また義長様の方を向くはめになる。
一人あたふたしている私を義長様はフッと微笑み頭に手を置いた。
「あまりはしゃいで怪我をするなよ?」
「うん」
探検だけでは怪我はしないわよ。
若干子供扱いされているような気もするけど、久しぶりに義長様に触れられて嬉しい方が勝っていた。
ここに移ってから会ってなかったからな。
同じ所にいるのに会えないなんて少し寂しいけど。
そう思っていると義長様が耳元に顔を近づけた。
「今夜お前の部屋に行くから」
その言葉に耳まで真っ赤になる。
なんで今それを言うんだ!!
他に聞こえたらどうするのよっ。
民部くんを見てみると少し顔を逸らして頭を掻いている。
聞こえたかどうかは分からないけど、私の反応から察したのかもしれない。
恥ずかしくなって私は義長様の体を押して距離をとった。
そんな行動にも義長様は笑う。
うぅ完全に遊ばれてるよ。
ふと逸らした目線を後ろに向ける。
さっきまでそこにいたはずの鶴寿丸君の姿がなくなっていた。
「え、嘘?!」
恥ずかしさが一気に吹き飛んだ。
放ったらかしにしてしまったから先に行っちゃったんだろうか。
どうしよう早く探しに行かないと。
「ごめん殿。私鶴寿丸君を追いかけないと」
「そうか。引き止めて悪かったな」
「ううん。じゃあ夜待ってるから」
私は振り返って走り出した。
「蕾様はたまに恥ずかしいことを平気で仰いますよね」
「本人は気づいてないがな」
少し赤くなった民部くんと笑いを噛み締める義長様そんな会話は私には届かなかった。
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どこに行ったんだろう。
探しながら歩くけど一向に見つからない。
どのタイミングで居なくなったか分からないからどれ位遠くに行ったのか検討もつかない。
「鶴寿丸くーん。どこにいるのー?」
呼んでみるけど返事はない。
まさか迷子になったとかじゃないよね。
背筋がヒヤリとする。
来てまもないからお城の中にあまり詳しくない。
もし迷子にでもなってたら見つけられるかどうか。
「鶴寿丸君どこ?」
お願いここにいて。
曲がり角でそう願いながら進む。
そこは行き止まりになっていたけど、端の方にうずくまる鶴寿丸君を見つけた。
私はホッと息をついて鶴寿丸君の方へ近づく。
「良かったこんな所にいたんだ。さぁそろそろ帰ろう?」
手を差し伸べると鶴寿丸君が伏せていた顔を上げる。
その表情は不機嫌で、私を睨みつけていた。
「いらぬ!」
私の手を払い除け鶴寿丸君は立ち上がって走って行ってしまった。
私は驚いて彼をただ見ていた。
いったいどうしたんだろう。
なんだかイライラしているみたいだった。
それに一瞬見えた鶴寿丸君の目が赤くなってた。
私が放ったらかしにしてしまったからなのかな。
だけどそれだけじゃない気がする。
振り払われた手を見つめた。
鶴寿丸君はいったい何を望んでいるんだろう。
それが分かればもう少し彼といい関係になれるような気がした。




