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桜の蕾《完結》  作者: アレン
5章
53/99

53.懸けるもの

「ねぇあれって」


小夜ちゃんと歩いていると玄関に数人の男が集まっていた。

その服装や持ち物はまるで旅に出るみたいだ。


「何かあるのかな」

「どうなのでしょう。でもあの方々は確か陶様の家臣だったはずですよ」


陶さんのか。

もしかして逃げ出そうとしてるとかじゃないよね。

でもそれにしては目立ちすぎか。


気になって話し声が聞こえないかと思って近づいてい行こうとした。


「蕾様さすがに今回は危のうございます」

「大丈夫見つからなければいいから」


義長様側の私が見つかったら何を言われるか分からないけど、さすがに怪我をするほどのことにはならないだろう。


うーんだけどやっぱり遠くて聞こえないな。

もう少し近づいてみるか。


「蕾様っ!!」


身を乗り出そうとしたら小夜ちゃんの声がした。

振り返ろうとすると肩を強く掴まれる。


「盗み見とは趣味が悪いですな」

「げっ」


私の肩を掴んでいたのはいつかのナンパ男の一人。

この前私の簪を奪ったリーダー格の男だ。


「な、なんであんたが」

「私がどこに居ようと蕾様には関係のないことでしょう」


相変わらずの嫌味な笑み。


私は小夜ちゃんの方へ目線を送った。

それに気づいて小夜ちゃんはこの場から走り去っていく。

ちゃんと伝わったのならきっと誰かを連れてきてくれるはず。

できれば民部くん辺りがいいけど。


「で、あなた様はここで何を?」


小夜ちゃんのことを確認して、私は男を睨んだ。


「私がどこで何をしていても貴方には関係ないでしょう」


さっき男の言ったことをそのまま返してやった。

男はフッと笑う。


「相変わらずですなあなたは。御屋形様はこのような女のどこが良いのか」


こいつも相変わらずだな!!

こんな私でも義長様は傍に居ろって言ってくれてるんだからいいでしょ!


ムッと口を尖らし男を睨む。

また嫌味の一つでも言われるのかと思ったら、男は何か考え込むように私を見つめていた。


「な、なによ」


変わった雰囲気に戸惑う。

なんだかものすごく居心地が悪い。


何かこの空気を変えるものはないかと探す。

そこでふと男の服装が玄関の集団と同じことに気付いた。


「貴方もどこかへ行くの?」

「ええ今から若山城へね」

「どうして?」

「私たちは御屋形様ではなく陶様の家臣だからですよ、蕾様」


男の言葉に首をかしげる。


義長様のじゃなくて陶さんのってどういうことなの。

この人たちが義長様のことよく思ってないのは今に始まったことじゃないし、それでも今まで何とかやってきたのに。


分からないと眉を顰める私に男が笑う。


「貴方には分からないでしょうね。後で御屋形様にでも教えていただいたらいい」


男の表情は嫌味な感じに戻っていた。

だけど私は何か言い返そうという気は起きない。


「おい早くしろ!!」


玄関のから声がした。


「今行きます!」


男がそれに応え私に向き直る。


「では私はこれで。せいぜいお体には気を付けて」

「あ……」


嫌味な言葉を残し男が去っていく。


その後姿がなんだか消え入りそうな、今から死にに行く人の様に感じた。


「あの!!」


そう思ったと同時に私は叫んだ。

それに男は振り返る。


こいつには無理やりナンパされたり、大切な簪取られたりさんざんなことされたけど。


「気を付けて」


男は目を見開いた。


だってこの時代では誰もが死と隣り合わせで生きている。

昨日あった人が明日にはもういないかもしれないんだ。

そのことを私は嫌というほど知っているから。


「フッ」


男が笑う。

その笑みは破顔という言葉がしっくりくるものだった。


「不思議な人ですね。私なんかの心配をなさるなんて」

「貴方がどう思っていようと、仲間だという事には変わりないでしょう」

「そうですか。今なら御屋形様の気持ちが少し分かる気がしますね」

「え?」


言葉に目を見開く。


それってどういう意味なの。


それを聞く前に男は行ってしまった。



「蕾様!!」

「おわっと」


男の去って行った方をボーっと眺めていると、いきなり誰かがすごい勢いで抱き着いてきた。


「さ、小夜ちゃん?」

「大丈夫でしたか?何もされていませんか?お怪我などは?!」

「大丈夫だから落ち着いて」


泣き出しそうにまくしたてる小夜ちゃんの頭を撫でて落ち着かせる。

そうしていると少し遅れて民部くんが走ってきた。


「蕾様」

「民部くんごめんね来てもらっちゃって」

「いえ、しかし先ほどの男は」


民部くんの睨む先にはあの男が。

私たちが話していたところも見えていたのかもしれない。


「大丈夫何もされてないから」


ニッコリ笑って言うと、民部くんはまだ少し警戒しているけど頷いてくれた。


少なくとも被害は受けてない。

その代わりに意味の分からないことを何個か残していったけど。


「小夜ちゃんもありがとう」

「いえ、もっと早く戻れればよかったのですが」

「ううん十分だったよ」


安心したように顔をほころばせた小夜ちゃんに私は微笑んで体を離した。


「そういえば民部くん。殿が今どこにいるのか知らない?」

「先ほどまで話し合いをしていましたのでまだ広間にいらっしゃると思いますよ」

「そっか」


さっきの男の言葉がやっぱり気になる。

言われたままになるのは癪だけど、義長様に聞きに行くことにした。




***************


民部くんの言う通りならここに居るはず。

いつもの場所につき、様子を伺う。

中からは話し声がした。


これは義長様と内藤さんかな。

何か話してるみたいだし終わるまで待っていようか。


そう思い壁際に座ろうとする。


「ライか。入っていいぞ」


中から義長様の声がして体がビクリと跳ねる。


えっ、なんで気づかれたの?!

今日は覗きこんだりしてないのに。


どうしようかと思ったけどこのまま無視するのはどうかと思い、私は恐る恐る襖を開けた。


「本当にいらしたのですね驚きました。よくお分かりになられましたね」

「ライは分かりやすいからな」


笑いあう二人にホッとした。

一時期すれ違っていたけどこうしてまた仲良さげに話すところを見られてうれしい。


「何か話してたんじゃないの?」

「世間話をしていただけなので問題はありませんよ」


私は内藤さんの隣に座った。

すると一瞬義長様の表情が曇る。


「どうしたの?」

「いや」


聞いてみるけど返事が素気ない。


もしかして私が内藤さんの隣に座ったのが気に入らないの?

でも仕方ないじゃん。

二人の時ならまだしも、誰かがいるところでスッと隣に座るにはまだ恥ずかしすぎるんだもの。


だけどこんな風にヤキモチ妬かれることに悪い気はしない。


「殿って子供っぽいところあるよね」

「馬鹿にしているのか?」

「ううん全然」


クスクス笑う私に義長様は拗ねたように眉を顰める。


そういうところを言ってるのに。


私はますます笑う。


「フフ」


隣から笑い声がしてハッと我に返る。


そういえば内藤さんいるんじゃん。

ついつい二人の時みたいに話してしまった。


恥ずかしくなって頬が赤くなる。

そんな私に内藤さんは微笑んだ。


「よかったですね」


何が、とは言わないけど多分私たちの関係が変わったことに気付いての言葉だと思う。


そんな雰囲気出してたのかな。


ますます恥ずかしくなって私はうつむいた。


「そういえばライは何か用事があって来たのではないか?」


私とは違って義長様は平然としている。


この違いはなんなんだ。

この人って恥ずかしがるとかあんまりないんだよね。

せめて今の私の半分くらいは恥ずかしげが移ればいいのに。


「そうよ。言いたいことがあったの」


パタパタと顔を仰いで何とか平常心を取り戻す。


「さっき玄関で若山城へ行くって人たちを見たんだけど」

「あぁあの者たちか」

「で、聞いたんだけどあの人たちって陶さんの家臣だった人たちなんでしょう。どうしてあの人たちが?」


義長様と内藤さんが黙り込む。


あれ聞いちゃいけない事だったのかな。


不安になると内藤さんが口を開いた。


「陶様の家臣だったからですよ」


私は内藤さんの方を見て首をかしげた。


「どういうこと?」

「若山城は陶様の居城だったんです」

「そうなんだ」

「家臣にとっては自分の主の為に命を使いたいという事なのです」


あの人たちにとっては自分の主は陶さん。

だからその陶さんのお城を守りたいという事なのだろうか。


だけどまだ須々万沼城で毛利を食い止めているとはいえ、若山城最前線だ。


「分からないな」


私にはやっぱり男の言葉も内藤さんの言葉が理解できない。

自分の主の為だからというだけで命を懸けられるのだろうか。


「この時代はそういうものなんだよ、ライ」


悲しげに言う義長様。

私はグッと口をつむんだ。


それはあなたも同じってことなの?





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