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桜の蕾《完結》  作者: アレン
4章
52/99

52.二人の夜

ど、どうしようっ!!



私は真っ白な着物に身を包み頭を抱えていた。



ありえないくらい心臓がドキドキいっている。



いや、そりゃあ流石に私だって分かるよ。

だけどいきなり過ぎやしないだろうか。


小夜ちゃんに殿と想いが通じたって言ったら泣いて着物を用意したからこういうものなのかな。



だ、だけど私初めてなのにっ。

彼氏なんていたことない私にとって経験がないのは言わずもがな。


正直ここから逃げ出したい。

いや逃げるか。


まだ殿が来る気配はしないし今のうちなら。

そうと決まれば行動有るのみ!



私は立ち上がり襖に手をかける。

すると私のとは違う力が襖を開けた。



「敵前逃亡か?」


丁度部屋に入ってきた殿と鉢合わせになってしまった。

殿は笑顔を浮かべているけど目が笑ってない。


こ、こわっ。


「あ、あは」


笑みを浮かべるけど引きつってしまう。

殿は私の腕をとり引き上げる。


「とりあえず中へ入ろうか」

「はい……」



元の場所に戻され私は胡坐をかく殿の横で正座をする。

背筋をピンと伸ばして綺麗なシルエットになってるんじゃないだろうか。


だけど私の中は緊張でパンク寸前。


「あ、あのさっきは逃げたわけじゃ。ちょっとどうしたらいいか分からなくなったっていうか、恥ずかしすぎたというか……」


言い訳を言うけど殿は何も言わない。

それがますます私を緊張させる。


「フッ」


顔を真っ赤にさせてアワアワしていると、殿が耐えきれなくなったように吹き出した。


「お主慌てすぎだろう」


面白そうに笑う殿の様子には覚えがある。



コノヤロウ、からかってたんだな。



「ちょっと殿っ!!」

「ハハハ」


私は殿の方へ身を乗り出して講義する。

だけど本人は余計可笑しそうに笑う。


「そう怒るなよ。落ち着いただろう?」

「そうだけどっ」


むくれる私をなだめるように髪を撫でる。


そりゃあ緊張は解けたけどもう少しやり方ってものがあるでしょう。

優しく大丈夫だよ、とかさ。



殿が私を自分の方へ引き寄せた。

彼の肩に頭を預けるようになって、心拍数が一気に上がる。


えぇいきなり?!

全然雰囲気なかったじゃん。


なくなっていた緊張がまた戻ってきた。


「大丈夫だ」


耳元で囁かれた言葉に顔を上げる。

私を見ていた殿の顔は先程とは違いすごく優しげだ。


「そんな顔をするな。ライが初めてなのは分かっている」


撫でられた頬が赤みを増す。


そりゃあキス一つで騒いでた私が経験無いってことくらい殿が気づいててもおかしくないんだけど。

本人にそれを言われたら恥ずかしいったらない。


「うぅぅ」


手で顔を覆った私を殿は笑って抱きしめた。


「少し話でもしようか。ライとこうしてゆっくり過ごすのは久しぶりだからな」


ありがたい申し出に私はうなづいた。


確かに殿とこうして過ごすのは久しぶり。

初めの頃はずっとこんな風に過ごしてたのに。


「そうだな。何か聞きたいことはあるか?」


聞きたいこと。

そりゃあそんなの沢山あるけど、どれかと言われたら。


「殿のことが知りたい」

「ん?」

「貴方の今までの話が聞きたい」


内藤さんから少し聞いてはいるけど、本人の口から聞きたい。

殿がどんな事を経験し、そして感じてきたのか。


「つまらない話になるぞ?」

「そんなことない。私は貴方のこともっと知りたいの」


そう言うと殿は少し微笑んだ。

いつもの悲しみのこもる瞳、だけど微かに喜びが感じられた。


「ライはどんな子供だった?」


子供の頃かぁ。


「大人しい子供……だったと思う?」


あれそうだよね。

だけど溝にハマったり、猛ダッシュして派手に転んだりした思い出があるんだけど。


「断言出来んのか」


悩む私を殿は笑う。


「私は随分聞き分けのよい子供だったと思う。と言うよりあまり主張のしない子供だったな。長男ではなかったし、あまり出来の良い子供ではなかったから」


殿の子供時代。

どんな感じだったんだろう。

よく桜のところしていたように一人で本を読んだりしていたのかな。


「10くらいの時に大内の父上の養子が亡くなって私が代わりに大内に来ることになった。だが父上は死んだ息子の事を大層可愛がっていたようでな、あまり相手をしてもらった記憶はないな」


全く初めてのところに来たのに放ったらかしにするなんて。


「酷い」

「そう言うな。父上が望んで私の養子が決まったわけではなかったんだ。双方利点があったからされたものだ」

「利点って」

「大内には跡継ぎがいなかった。そして大友にとっては自分の家の者が当主になる。双方の利害は一致していた」


そんな、まるで殿のこと道具みたいに。


「私も大内に来た頃は自分が当主なるのだと思っていた。それに自分がもっと優秀であれば父上にも認められるのではと随分勉強したな」


懐かしむように言う言葉はとても悲しい。

自分を見て欲しくて必死にもがく殿は今と重なる。


「だが2、3年して父上に嫡男が生まれた。元々実子が誕生した時までの縁だったらしく、私は大友に戻ることになった」


殿は悲しげに微笑む。


「あの時は驚いたな。まさか大友に戻ることになるとは思っていなかったから」

「大友に戻ってからは?」

「丁度兄上と弟が後継について争っていてな。戻ったところで後継権を持たぬ私は厄介者でしかなかった」


そんな、家に帰っても居場所ないなんて。

いきなりいらないと放り出されて落ち込んでいただろうに、そんな殿を慰めてくれる人はいなかったのだろうか。


殿の服をギュッと握った。

そんな私に殿はそっと髪を撫でてくれる。


「結局大友の当主は兄上になった。そして何年かして大内から使者が来た。大内の当主になってくれないかと」

「確か陶さんが前の当主さんを討ったんだっけ」

「あぁ、短かったが私も一度は大内の人間だったからな。適任だろう」

「殿はそれを受けたんだ」

「兄上は申し出をすぐ承諾していたしな。おそらく兄上に反感を持つ者が私をたてて反旗を翻す事を危惧していたんだろう」


そんなの厄介払いじゃないか。

お兄さんなら少しは殿のこと考えていたあげればいいのに。


「それなのに良かったの?」

「大友の残る理由もなかったし、私を必要としているのであれば行こうと思った。だがそんな考えは甘かったがな」


殿を待っていたのはただ形だけの当主の座。

陶さんの傀儡と呼ばれる場所だった。


「やはり大内も私ではなく父上の姉であった母上の血だった」


大友では厄介者にされ、大内でもただ存在だけを求められ。

完全に物のように扱う人達。

じゃあ殿の心はどうなってもいいというのか。


「殿……」

「すまんな。こんな暗い話になってしまって」


私は首をふる。


「そんなことない」

「だが全て過ぎたこと。今は私が大内を引っ張らなければならない。弱音など吐いてはいられないからな」


そう言って笑う殿に胸が痛んだ。



そんな平気そうな顔しないで。

弱音だなんて。



「いいじゃない私の前でくらい弱音吐いても」


私の言葉に殿は目を丸くした。


私の存在をなんだと思っているんだ。

そんな心を隠して欲しくなくて想いを伝えたのに。


「殿が前に私に言ったでしょ。抱えるより吐き出した方がいいって。それは貴方にも言えることじゃないの?」


ここへ来たばかりで不安で仕方なかった時、殿は泣く私にずっとついててくれた。

あの時すごく安心てきた。

私は一人じゃないんだって思えた。


「私は殿のこと支えていけるようになりたい。だから私の前では思いを隠さないで」


真っ直ぐ見つめた殿の瞳が揺らぐ。


「本当にライは……」


そう言って私を抱きしめた。

肩に顔を埋められてどんな表情かは分からない。


「ねぇ殿の本当の気持ちを教えて?私受けとめるから」

「……寂しかったんだ」


発せられた声は小さく、私は耳をすませる。


「大内にもう一度来ようと思ったのも、ただ自分の居場所が欲しかった。誰かに私の事を見て欲しかったんだ」


切実な言葉に私は殿をギュッと抱きしめる。


そうか、分かった。

どうして殿があんな悲しそうな笑顔を浮かべるのか。


この人はどうしようもなく『独り』だったんだ。


誰かに自分を見て欲しいと願っても、見られるのは名前と血だけ。

彼自身を見てくれる人はいなかった。


「私がずっと側にいるから」


いつの間にか涙が溢れていた。


こんなに人を好きだと思ったことはない。

ううんこれはそれ以上の感情だ。


「ねぇ殿の私ね貴方に会えて本当に良かったと思ってる」

「あぁ」

「だから、もし私をここへ呼んだのが殿だったんなら、また私を呼んで欲しいの」


体を離す。

殿の顔をちゃんと見て私は微笑んだ。


「いいのか?」

「うん。私は貴方に会いたいから」


元の時代に帰りたいと思う。

だけどそれよりも殿の側にいたい。


たとえあの平和な時間を犠牲にしてでも私はこの殺伐とした世界で貴方と巡り会うことを望む。


殿は笑って私の頬を撫でた。


「そうだな。泣いてもお前を攫ってやろう」

「ふふ、約束よ」


殿にそっと押し倒される。


背中に感じる柔らかさと目の前に映る殿の顔に胸が張り裂けそうになる。






「桜」


耳元で呟かれた言葉に私は目を見開く。

殿は体を起こして固まった私と目を合わした。


「どうした?」

「だっ……て、私の名前を」

「桜だろうお主の名は」


懐かしい響きだ。

もう1年以上『桜』と呼ばれていなかったから。

だけど、彼に呼ばれた名前は今まで呼ばれてきたものとは比べ物にならないくらい特別な物のように感じる。


そう思うと瞳から涙がこぼれた。


「なんか久しぶりに呼ばれたから。それに貴方に呼ばれるとすごく嬉しい」


殿は私の言葉に微笑み頬を撫でた。


「随分素直だな」

「その感想はどうなのよ」


目尻の涙を指で拭う殿はすごく嬉しそうな顔をする。

そんな顔至近距離で向けられたら心臓もたないよ。



「皆の前では蕾だが、私にとっては桜だ。お主は私の花なのだから」

「なっ!!」


一気に顔が赤くなる。

心臓が痛いくらい高鳴る。


「なんで殿はそんな恥ずかしい事を簡単に言うのよ!!」


この人は私を殺す気なのか?!

今までも結構恥ずかしい感じのことハッキリいう人だったけど、今日はそれ以外に小っ恥ずかしい。


なのに言った本人はなんだか不満そうな顔をしている。


「どうしたの」

「何故殿なのだ?」

「は?」


話が全く繋がらない。

首を傾げると殿はすねたように口を尖らせる。


「私はお主の殿ではないぞ」



そうか言いたいことが分かった。



「名前呼んでいいの?」


初めて殿と会ったときに間違えて彼の真名を呼んでしまって怒らせてしまった。

それを呼んでもいいって事だよね。


「もちろんだ。私はお主に名で呼んで貰いたい」


また泣きそうだ。

真名は特別だと言った彼が私に名を呼んで欲しいと言ってくれた。

嬉しくて嬉しくてこのまま死んじゃうんじゃないかと思ってしまう。



「義長……様……」


呼ぶのが恥ずかしくて小さな声になってしまったけど、彼にはしっかり届いたようだ。


「もう一度」

「義長様……」

「桜」


おとされた口づけはとても熱くこのまま溶け合ってしまうんじゃないかと思ってしまう。

長いキスに私の思考はとろけていく。



「桜お前は私のものだ。どこへも行ってくれるなよ?」

「そんなことする分けないじゃない」

「どうかな。桜は無意識に人を誘惑していくからな」

「誘惑?!」


そんなことした覚えないんですけど。

てゆうか内藤さんにもそれらしいこと言われたな。


「民部も懐いているようだし、隆世とも仲がよいようだしな」


拗ねたように言った義長様にピンときた。


あ、もしかして……



「ヤキモチ妬いてる?」


そういえば私が内藤さんに話をしに行きたいって言った時もなんだか必要以上に怒ってたし。

もしかしてそれも?


殿の顔が赤らむ。


「だったら悪いか」


ヤバイ顔がにやける。


まさかヤキモチ妬いてくれてたなんて。

嬉しくて嬉しくて仕方ない。


「大丈夫、内藤さんはうーん……お兄ちゃんみたいな存在かな」


私は一人っ子だったから本当はどんな感じなのかはわからないけど、もしいたらきっとあんな感じなんだろうなって思う。


「本当か?」

「嘘つくわけないでしょ」


まだ疑わし気な義長様。

なんだか子供みたいで私はクスクス笑う。


「まぁよい。今桜が私の手にいるのだからな」


私の手を握りしめ殿は微笑む。


「来世でも桜は私のものだ。たとえ離れたとしても必ずお前を見つけ出す」

「なにそれ」

「至って真面目に言っているぞ?」


そんなこと。


「私だってきっと来世でも必ず貴方にもう一度恋する。だからずっと待ってるわ」



何度でも何度でも貴方を好きになる。


たとえ記憶がなくなっても。


義長様を待ち続けるから。




触れたところから想いが全部伝わればいい。

私は強く義長様の背に腕を回した。



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