51.告白
「ライ」
いきなり後ろから声がして皆一斉に振り返る。
少し離れた炊事場の入り口に殿が立っていた。
こんな所に来るなんて珍しい。
最近避けられているみたいだったから余計に。
「どうしたの?」
「少しよいか?」
心なしか思いつめたように見える。
私は百合さんの方へ目線を送った。
「行ってください。ここは私たちだけで大丈夫ですから」
小夜ちゃんもうなづいている。
「ありがとう」
私は微笑んで殿の方へ駆けていく。
私が来ることを確認して殿は歩きだした。
一体何の用事だろう。
気になったけどなんだか聞けるような雰囲気ではなくて私は黙ったまま彼に着いて行った。
***************
しばらく歩くとよく来ていた林の前に着いた。
ここで殿と過ごしてたっけ。
最後に来たのはいつだったか。
もう1年くらいは来てないかな。
またあの桜がみたいな。
まだ今は早いから咲いてないだろうけど。
そんなことを考えていたら殿が立ち止まった。
だけどこちらを振り返ろうとはしない。
私も立ち止まって彼の背中をただ見つめる。
しばらく静寂が続き、殿が振り返った。
その顔には悲しみが浮かんでいる。
「先日大友に書状を送った」
いきなり脈絡なく放たれた言葉に私は首を傾げた。
「大友って殿の実家だっけ?」
「あぁ、手を貸してもらえないかとな。だがあまり期待は出来んだろう」
諦めたように笑う。
家族に助けを求めてるのにどうしてそんな風に言うんだろう。
内藤さんから殿の過去はすごく複雑だって教えてもらったけど、それが関係しているんだろうか。
「これから戦はますます激しくなる」
一歩私に歩み寄った殿のには先程の笑みも、悲しみもない。
ただ何を思っているのか分からない無の表情。
怖い。
どうしてそんな顔するの?
私は不安な気持ちになった。
「ライ、お前はここを出ろ」
放たれた言葉に目を見開いた。
殿の表情は変わらない。
今なんて言ったの。
ここを出ろ?
「な、何を」
「出てからの身寄りは心配するな。ライが元の時代に戻れるようにその方法も探せるようにしよう」
「ちょっ、ちょっと待って?!」
喋り続ける殿の服を掴んだ。
それで殿はやっと私を見た。
その瞳は暗く、私を本当に映しているのか分からない。
「身寄りとか元の時代とか何よそれ。私はそんなこと頼んでない」
どうしてそんなこと言うの?
私に出て行って欲しいみたいじゃない。
耐えられなくなった涙が頬を伝った。
瞬間殿の顔が僅かに歪んだ。
その時浮かんだのは悲しみと苦悩。
それを見て私は内藤さんの言葉を思い出した。
『あなた方は自分で考えすぎなんですよ』
もしかしてあなた方って私と殿のことだったの?
じゃあ今の殿は一人で悩んでいた私と同じってこと?
相手がどう思ってるかを考えて考えて。
自分の気持ちは重荷になってしまうんじゃないかって想いを押し殺そうとした。
それも同じなの?
私は溢れる涙を拭った。
「ねぇ本当にそれでいいの?」
殿の目が見開かれた。
「どういう」
「私がここを出て行って本当にいいの?」
聞き返すとまた表情が歪んだ。
「当たり前だ。そう言ってるだろう」
「私はここに残りたい」
ハッキリ言った私を殿が見つめる。
そう私はここにいたい。
内藤さんに言われたじゃないか。
もっと素直になるべきだって。
多分この時なんじゃないかな。
「私は殿の側にいたい。だって、だって私は」
恥ずかしさで言葉が続かない。
だけどここで言わなきゃ私はこの先ずっと後悔のし続けることになる。
「私は殿が好きなんだから!」
言った。
遂に言ってしまった!!
自分でも顔が赤くなってるのが分かるほど熱い。
恥ずかしくて逃げ出したかったけどなんとか耐える。
殿の顔を見ると目を見開いたまま固まっていた。
あれ、もしかして聞こえなかったとか?
いや流石にそれはないか。
それともやっぱり迷惑だったかな。
私なんかが殿のことを好きだなんて。
「と、殿?」
不安になって殿の腕に触れる。
その瞬間ピクリと体が震えた。
そして。
「え……」
殿の瞳から涙が一筋流れた。
私はそれに目を見開く。
泣いてる?
あの感情を人の前であまり出さない殿が?
強く腕を引かれる。
固まった私はそのまま彼に抱きしめられた。
え、一体何が起こってるの?
わけが分からない。
だけど恥ずかしいという気持ちは湧いてきて体を離そうとする。
すると離さないというように力が増した。
「ライ」
耳元で囁かれた声はいつもより近くてそれだけでパンクしそうなほどドキドキする。
「は、はい」
「先程の言葉は本当か?」
「うん。私ずっと前から殿の事好きだった。私は貴方の側にいたいの」
ドキドキするけど心地いい。
内藤さんに抱きしめられた時とは全く違う感情が私を包む。
自然と素直に気持ちが言葉になった。
殿は黙った。
私はただ抱きしめられたまま彼の言葉を待つ。
「そうか」
そう呟いて殿が私を少し離した。
顔を上げると殿と目が合う。
「なら、側にいてくれ」
絞り出されるように言われた言葉と、泣きそうでだけど嬉しそうな笑顔。
涙が溢れた。
あぁ、いつか夢見た言葉。
告白したらどんな顔をしてくれるだろうと考えていた私に教えてあげたい。
こんな顔をしてもらえるなんて。
「はいっ」
止まらない涙に声はガラガラだ。
そんな私に殿はそっと涙を拭い、口づけをした。
あぁ幸せだ。
唇が離されもう一度抱きしめられる。
「約束だ。側を離れるなよ」
「うん」
寒空、着実に毛利の驚異が迫る日々。
だけどこの時、私は確かに幸せだった。