50.休息の宴
「蕾様起きてください」
激しく体を揺さぶられ夢から現実へと戻される。
「うーん……小夜ちゃん?」
閉じそうになる目を擦りながら体を起こす。
辺りは暗く、まだ日も出ていない時間みたいだ。
「どうしたのこんな早くに」
「やはり覚えていないみたいですね。今日はお正月ですので宴の準備のために早くから準備を始めるんです」
そういえば昨日は眠すぎて小夜ちゃんが話してるときほとんど寝てたんだっけ。
「って、正月?!」
眠気が一気に吹っ飛んだ。
あれもうそんな時期だっけ。
ここってカレンダーとかないから時間感覚がなくなるんだよね。
いやそれよりも。
「戦の最中なのにお正月なんてやってていいの?」
直接ここが攻められているわけではないけど、一応今は毛利と戦っている状態。
そんなときにお祝いなんてしていて大丈夫なの?
「宴と言っても少しお酒と料理を用意するくらいです。今は食料が大切ですからそんな豪華なものは作れませんけど。しかしこういう時だからやるべきだと思うんです」
「え?」
「みなさんお疲れですし、気分が暗くなっていると思います。ですからお祝いを通して少しでも気持ちが楽になっていただけたらと思うんです」
確かに小夜ちゃんの言うとおり最近屋敷のみんなの空気はすごく暗い。
仲間内での争いや、いっこうに進まない戦にみんな疲弊していっている。
そんな中明るいことをするのはいいかもしれない。
「という事で支度いたしましょう。このままでは遅刻してしまいますよ」
「嘘!?」
私は急いで立ち上がる。
おそらく準備には百合さんも参加しているはず。
遅刻なんてしたら一時間くらい説教されてしまうかもしれない。
そうじゃなくても応急処置の練習の時間が増えることは確実だろう。
慌てて支度をする私を小夜ちゃんはおかしそうに笑った。
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何とか始まる前に炊事場に辿りつき慌ただしく動き回る女の人たちの中に参加する。
最近暗い表情をすることの多かった女の人たちは今日はとても楽しそうに料理を作っている。
なんとなく重かった空気が澄んでいくように感じる。
一緒に働く私も自然と明るい気分になった。
内容としてはいつもより少しだけ料理が豪華になってりるくらい。
それでも今の私には最高のごちそうの様に見える。
大広間に料理を運んでいると香りに誘われて男たちが次々と集まってきた。
並ぶ料理とお酒に男たちの表情は明るくなっていき所々で笑い声が聞こえてくる。
辺りが暗くなったころには広間は笑い声が響きみんな笑顔で宴を楽しんでいた。
「ね、よかったでしょう」
得意げに言う小夜ちゃんが可笑しくて私は声を出して笑った。
こんな楽しいのはいつぶりだろう。
料理もお酒も運び終え私は部屋の隅の方で小夜ちゃんと座って料理を食べていた。
部屋は冬とは思えないくらい熱気に包まれている。
なんとなく頭がボーっとするな。
こんな人が集まってるの久しぶりだから人酔いしちゃったかな。
「ちょっと外出てくるよ」
「私もご一緒しましょうか?」
「大丈夫大丈夫。夜風にあたってくるだけだから」
立ち上がって私は部屋を出た。
外の空気は冷たく、広間とは別の世界に来たように思える。
「ふぅ」
だけど火照った頬には冷たい空気は気持ちいい。
もう少し休もうかと縁側の方へ向かう。
そしたらそこには先客がいた。
「あ、内藤……さん」
「蕾様。お久しぶりですね」
その場に立ち尽くした。
争いが終わってここに戻ってきたとは聞いていたけど、本人に会うのはあの日以来。
どんな顔したらいいんだろう。
おろおろする私に内藤さんは微笑んだ。
「普通に接していただけたらいいのですよ。と言っても難しいですよね」
「あ、えいそんな……」
「その調子では御屋形様とも上手くいっていないのでは?」
スバリ言い当てられて私は目を見開く。
あの日結局殿は私に何も聞かなかった。
なんとなく気まづい空気が残り、それが今でも続いてしまっている。
「私でよければ相談に乗りますよ」
その言葉に私は戸惑った。
正直相談に乗ってもらえるのはありがたい。
だけど内藤さんに殿との事を話していいのだろうか。
また彼を傷つけることにならないのかな。
だけど内藤さんの優しげな表情に私は意を決して彼の隣に座った。
「この前からなんとなく気まづくなっちゃって」
「私のところに来た時ですね」
「殿の言いつけを守らなかった私が悪いのに、殿は何も言わないの。それに最近避けられてるような気がして。私、呆れられちゃったかな」
ずっと心の中で悩んでいた事を言葉した。
私幻滅されちゃったかな。
言われたこと守れないじゃじゃ馬なんて呆れられて当然だよね。
「どうしよう」
膝を丸めて顔を埋める。
すると内藤さんがクスクスと笑い出した。
え、なんでここで笑うの?!
驚いて顔を上げると内藤さんは心底面白そうな表情をしている。
「本当に似た者同士なのですね」
「どういうこと?」
「あなた方はお一人で考えすぎなんですよ。もっと自分に正直になればよろしいのに」
あなた方……?
それに正直にって。
首を傾げる私に内藤さんは自分の胸を指さした。
「ご自分の気持ちに素直になってもよろしいのでは?」
「素直に」
「こういう事は多少我が儘になるくらいが丁度いいのですよ」
イタズラっぽく笑う内藤さん。
「私十分我が儘だと思うんだけど」
「フフフ、心配なさらずとも蕾様は大丈夫ですよ」
そうなのかな。
疑問に思うところもあるけど、よく考えてみたら内藤さんの言う通りかもしれない。
自分に素直に。
今の私には程遠い言葉だ。
何回も殿への気持ちに素直になろうと思ったのに、その度今はそんなことしている場合じゃないとか、殿の気持ちが分からないからとか理由をつけて自分の気持ちを押し殺してきた。
そのくせ何かきっかけがあれば伝えるのにと考えるのだ。
「私って臆病ですね」
「誰でもそういうものですよ」
そっか、そうなのかな。
内藤さんの言葉は心に絡まっていた糸を解いてくれた。
なんだか今までグダグダ考えていたのが馬鹿らしく思えてくるな。
「ありがとうございます」
内藤さんに笑みを向ける。
なんだかんだ言って内藤さんに相談すると心が軽くなる。
何でも相談できるってかんじで。
それはやっぱり秀に似ているからなのかな。
「ごめんなさい。こんなこと聞いてもらっちゃって」
本来なら内藤さんに相談するような内容じゃないのに。
「いえ。前にも言いましたが、私は御屋形様と蕾様の味方なのですよ」
想いが通じればいいと思っています、と微笑んだ内藤さんに私は複雑な気持ちになった。
本当にそう思っているのかな。
彼の表情は嘘を言っているようには見えないけど。
前に小夜ちゃんの言っていたように、恋というのは色々なのんだろうか。
「それに……」
考え込んだ私に内藤さんが真剣な目を向ける。
私はその目に捕らえられるかのように目を合わせた。
「今はいつ大切な人がいなくなるか分からないのです。気づいた時にはもう手遅れになっているかもしれない」
悲しげに細れられた瞳の奥には誰が映っているのだろう。
陶さん?
それとも……
「だから後悔のない選択をしなければならないのですよ、蕾様」
私はグッと口を引き締めた。
後悔のない、か。
「そうですね」
「あちらももう少し素直になられたらと願いますね」
内藤さんの言葉について考えていた私には最後につぶやかれた言葉は耳を通り過ぎてしまった。




