48.すれ違い
「ねぇ私も内藤さんのところに着いて行って話せないかな」
朝いつものように屋敷を出ようようとしている殿を引き留めた。
手を握る私に殿は眉を顰める。
「いや、ライは何もしなくていい」
「でも」
「いいと言っている!」
少しイラついた声にどきりとした。
いつも感情をあまり出さない殿にしては珍しく、誰が見てもイライラしていると分かる。
怯えた私に気付き殿はハッとし気まずそうに眼をそむけた。
だけど私もここで引くわけにはいかない。
グッと体に力を入れ殿を真っ直ぐ見つめる。
「だけどこのままじゃダメでしょう?」
「お主には関係ない」
「関係なくない!」
お互い譲らず睨みあう。
私もむきになってるけど、それは殿も同じ。
いつもならこんな一方的に否定なんてしないのに。
そんな殿の態度に私はムッとしていた。
「そもそもライに何が出来るというのだ」
吐き捨てるように言われた言葉にカッと頭に血が上る。
「何よ私にだって話くらい出来るわよ!今の殿とは違って内藤さんならちゃんと私の話聞いてくれるはずだもん」
そう叫ぶと殿の顔がひどく歪んだ。
さっきとは比べ物にならないくらいイラついた雰囲気に体が固まった。
「お主はこの件に一切関わるな。屋敷から出ることも禁止だ。いいな!!」
そう怒鳴って殿は屋敷を出て行った。
私はしばらくそこから動けなかった。
あんな怒った殿初めて見た。
それに私の言葉を全然聞いてくれないのも初めて。
いつもならちゃんと話を聞いてから何でダメなのかと言ってくれるのに。
今日は理由も言わず一方的だった。
私のこと見てくれていないように感じて怖かった。
私はただ負担が少しでも少なくなればと思っただけなのに。
胸がズキリと痛んで涙がこぼれる。
「バカーー!!」
私は殿の消えた方へ大声で叫んだ。
***************
殿には関わるなと言われたけど、あんな言い方されて従うのは癪だ。
それにこのまま何もしないなんて出来るわけない。
陶さんがいなくなってただでさえバラバラなのに、仲間同士で争うなんて本当に取り返しのつかないことになってしまう。
私が行ってどうにかなるなんて思っているわけじゃないけど、何もしないよりずっといい。
「よしっ」
私は部屋から出ようとそっと襖を開けた。
「ゲッ、小夜ちゃん……」
「だめですよ蕾様」
開けた途端仁王立ちで立ちふさがる小夜ちゃんに遭遇した。
「どうしてここに」
「殿から蕾様が部屋を出ないように見張るよう言われているんです。と、いう事でお願いですからお部屋にいらしてください」
くっ、小夜ちゃんを使うなんて殿は本気で私を屋敷から出さないつもりらしい。
いつにもまして徹底的だ。
「お願い小夜ちゃん見逃してよ」
精一杯の上目づかいをしてみる。
小夜ちゃんは一瞬たじろいだけど直ぐ首を振った。
「今回ばかりは引けません。殿の命令には背けませんし、今外に出るのは危ないですから」
「でも」
「あ、お昼ですね。おもちいますのでしますのでくれぐれもおとなしくしていてくださいね」
そう言って小夜ちゃんは逃げるように走って行った。
そんな彼女の後姿を私は呆然と眺める。
いやいや、見張りがどこか行っちゃダメでしょう。
小夜ちゃんらしいといえばらしいんだけどさ。
とはいえこんな好機を逃すわけにはいかない。
心の中で小夜ちゃんに謝りつつ急いで身支度を整える。
奥から毛利に居た時に着ていた着物を引っ張り出してそれに身を包んだ。
これなら少しは誤魔化せるはず。
髪をポニーテールにして私は部屋を出た。
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さてこれからどうしたものか。
廊下を無事抜け玄関にたどり着いた。
だけど問題はここから。
そもそも私内藤さんが今どこにいるのか知らないんだ。
誰かに居場所を聞かないといけないけど、私の味方なんて数えるほど。
しかも多分その人たちは全員殿に私を屋敷から出さないように言われているはず。
ここは一か八か外へ出て人に聞くか。
今私は男の格好をしているんだから怪しまれはするだろうけど教えてもらえるはず……
そんなことを本気で考えているといきなり肩を掴まれた。
ビクリと体が強張る。
やばいもう見つかったか?!
恐る恐る後ろを向く。
「どうかしたんですか」
私の肩を掴んでいたのは太一君だった。
そのことに気づき私は胸を撫で下ろす。
「なんだ太一君かぁ」
「すいません驚かせてしまいましたか」
「ううん大丈夫」
安心してその場に座り込む。
本気で見つかったかとヒヤヒヤした。
「どうしてここに?それにそれは男の服では」
「あ、えっと……これは」
何か言い訳をしないとと頭をフル回転させる。
そこでふとあることに気付いた。
そういえば私が太一君と知り合いってことは彼と民部くんしか知らない。
それに知り合った時のことは殿には言っていない。
という事は太一君になら内藤さんの居場所を聞けるんじゃ。
その答えにたどり着き私は太一君の肩を掴んだ。
いきなりの行動に太一君は目を丸くする。
「ねぇ太一君にお願いがあるんだけど」
「お願い、ですか?」
「今内藤さんがどこにいるのか教えてほしいの」
太一君が驚いた顔をする。
「内藤様の居場所……ですか。ですが今は」
「分かってる。だけどどうしても話がしたいの。もう頼めるのが太一君しかいないのっ」
必死に言う私に太一君はたじろぐ。
沈黙が続き太一君がお手上げだと手を挙げた。
「わかりました。蕾様には助けていただいた恩もありますから」
「本当?!」
「ですが安全の保障は出来ませんよ。あと案内出来るのは屋敷の近くまでです」
真剣な表情に私は深く頷く。
自分の身は自分で守らないといけない事は覚悟していた。
私は胸元に入れていた短刀を握りしめた。




