47.絡み絡まれ
廊下を歩いているとどこからか争う声が聞こえた。
最近では内藤さん派と隆春さん派とで言い争うことが度々起こっていたので、そんな声が聞こえてくるのは不思議なことではない。
だけど今回のはそれとは少し違う様に感じた。
気になって声のする方へ向かう。
歩いていくと人影の少ない行き止まりにたどり着いた。
そこには数人の男が群がっていて、ちらりと壁際で今にも殴られそうになっている少年の姿が見えた。
「ちょっと何やってるのよ!!」
私は怒鳴りつけて男たちの方へ進んだ。
いきなり現れた私に男たちは驚き、簡単に少年の方まで行くことが出来た。
目を丸くしている少年の前まで来て彼の肩を掴んでいる男の腕を掃って私は男を睨みつける。
「何があったか知らないけど一人相手に複数なんて卑怯じゃない」
やっと我に返った男は私をまじまじと見る。
「なんだお主は」
「あ、こいつ殿の女の……」
後ろの一人がそう言うと男たちはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「あぁ、そういうことか」
目の前で私を舐めるように見る男に覚えがあった。
確かここへ来た頃ナンパまがいをしてきた男だ。
あの時も嫌な感じがしたけどこの男の目には鳥肌立つ。
私は男から後ろの少年に視線を映した。
「どうしてこんなことになったの?」
少年は私を見つめ言いにくそうな表情を浮かべて恐る恐る口を開いた。
「あの……この者たちが御屋形様はこの屋敷にはいらぬ存在だと言っていたので私が反論したのです」
なるほど。
そういえば殿のことを陶さんの傀儡だと言っていたっけ。
そんな彼らと言いあったってことはこの少年は殿のことをちゃんと見ている人なのかもしれない。
なんだかうれしさがこみ上げてきた。
だけど今はそれに浸っている場合じゃない。
私は少年からもう一度男へと戻した。
笑ったままの男を睨みつける。
「なんでそんなことを言うの?」
「何でと言われましても、それが真実でしょう?」
そう言って近づいてきた男に私は見上げる形になった。
そんな私たちに少年が動こうとしたけど、私は後ろ手に静止した。
「何を言ってるの」
「違いますか?実際に御屋形様は家臣をまとめられていない。挙句杉殿と内藤殿の争いが起きそうになっているではないですか」
「それは……」
「争いは必ず起こる。あの御屋形様が二人を止めることなど出来るわけがない」
男の言葉に言い返す言葉が見つからない。
実際にこの男のいう事は正しい。
殿の説得はうまくいっていなくて、状況はどんどん悪化していっている。
だって日に日に思いつめた表情になっている殿を見ているのだ。
言い返さない私に男は言葉を重ねていく。
「所詮陶殿の傀儡。飾り物の当主に等着いていくものなどいないという事です」
こいつに殿の何が分かるというのだろう。
さも当然の様に言いのける男に殺意に似た感情があふれてくる。
殿のことなんて何一つ見ていないくせに。
陶さんがいなくなってからあの人は休みなく働いている。
大内を、みんなを守るために動き続けているのだ。
だけどそんな彼の姿を誰も見ようとしない。
「傀儡だ」とか「飾り物だ」と彼の本当の姿を包み隠してしまっている。
少しでも彼を見ればそんな考えなくなるはずなのに。
今の殿の背中はとても飾りだなんて言えるものではないのに。
涙が溢れそうになるのを耐えて私は男を睨み続けた。
「御屋形様がいなくなっても誰も困りはしないさ」
「そんなことありません!!」
声を上げたのは以外にも私の後ろにいた少年だった。
さっきまで怯えたような表情だったのに今は怒りをはらみ男を睨みつけている。
「なんだと?」
男は思わぬ反論に笑みを消して少年を睨んだ。
少年は一瞬体を震わしたけど、負けずに私の隣まで出てきた。
「あの方かいなかったら陶様がいなくなった我々がこんなに早く毛利への守りを固めること等出来なかったはずです。それに高嶺城は御屋形様の考え。この屋敷では毛利に対抗できないという事はあなたも分かっているでしょう」
少年の言葉に男は何も言えなくなっている。
堂々と男と対峙する少年に私もグッと手を握った。
「殿が必要ないなんて、あの人のこと全く見ようとしてないあなたが言わないで!!」
私たちの言葉に男たちはカッと顔を赤くした。
「言わせておけば生意気な!!」
そう怒りを現した。
それに危険を感じた私は少年とここを離れようとしたけど、それより早く男達に後ろから羽交い締めにされてしまった。
「ちょっと離してよっ」
振りほどこうともがくけど、男の力にかなうはずもなくびくともしない。
そんな私の顔を無理やり掴んで怒る男と目を合わせられた。
「どうせお前も贅沢がしたくて御屋形様に取り入ったのだろ?えぇ?どこの馬の骨かもしらぬ女が」
掴まれた頬が痛い。
「あいつもあいつだ。こんな女を相手にするなど気がしれぬ。傀儡は女を見る目すらないのだな」
その言葉に後ろの男達も笑い出す。
「これも御屋形様からの贈り物ってことか?」
そう言って私を抑える男が髪にさしている簪に触れた。
「触らないでっ」
私はその手から逃れようと必死にもがいた。
だけどその行動で簪が私にとって大事な物だと気づかせてしまい、簪を奪って前に立つ男に放った。
「なんだ、ただの安物の簪ではないか」
「返して!」
「こんな物よりもっと良いものを貰っているのだろう?こんな簪一つでそう喚くなよ」
「嫌っ、返してよ!!」
それは殿から貰った唯一の物なんだ。
男達は勘違いしているけど、私は殿に贈り物を貰ったのなんて数えるほどだ。
殿からもらっているのは形のあるものじゃない。
物なんかじゃ足りないくらい優しさだ。
私は目の前の男を睨んだ。
簪を見ていた男の表情から笑みが消える。
見つめ合った状態になった私たちの間に妙な空気が漂った。
「おいそこ、何をやっているのですか!」
その空気を変えたのは向こうからした声だった。
そちらを向くと民部くんが怒りの表情でこちらに歩いてきている。
「まずいな」
「ここは一旦引くか」
男達は口々にそう言って私たちを開放して逃げていく。
その中私は簪を持つ男の腕を掴んだ。
「待って、簪返してよ!」
そう睨むと男は何故か表情を歪めた。
掴む私を見つめる目は何を考えているのか分からない。
だけどさっきまでの嫌な感じではなくて、なにか言いたげな感じだ。
「あの……」
「いや、何でもない」
そう言って男は私の腕を振り払い、簪を投げた。
慌ててそれを取って顔を上げた時には男達はもういなくなっていた。
一体どういうことだったのだろう。
あんなに嫌味ったらしかったのに最後は妙に大人しかったというか。
分からなくて私は首を傾げた。
「大丈夫ですか?!」
そんな私の元に民部くんが駆け寄ってきた。
心配そうな彼を見てハッと我に返る。
民部くんがいるってことはまさか殿がいるって事じゃないよね?!
ただでさえいろいろ抱え込んでいるのに私のことにまで気を回すようなことになってほしくない。
辺りを見回してみたけど殿の姿は見当たらなかった。
どうやら今回は民部くんだけだったようだ。
ホッと胸をなでおろした。
「大丈夫。ありがとう」
民部くんへそう言ってから私は後ろを向く。
少年は民部くんと同じように私を心配そうに見つめていた。
「大丈夫?」
「はい、私は全然。それよりこのことを御屋形様に言わなくてはならないでしょう」
「え、一体何があったのですか?」
少年は今回のことを殿に言ったほうがいいと考えている。
だけど私は首をふった。
「お願い。この事は殿には言わないでほしいの。今私なんかのことで煩わせたくない」
「そんなっ、御屋形様はそんなことお考えにはなりませんよ!」
「分かってる。だけどお願い」
頭を下げた私に二人は慌てて私をおこした。
「そんなことなさらないでください」
「そうです。蕾様がそういうなら私も何も言いませんから」
うなづいてくれて私はホッと笑みを浮かべた。
すると二人の顔が赤く染まる。
「そういえば貴女の名前は?」
そう聞くと少年はハッと背筋を伸ばした。
「太一です。先程は助けていただき本当にありがとうございました。このお礼はかなず致します」
「太一くんだね。お礼なんて別にいいよ」
「そんな……」
太一君はそれから何度もお礼を言って頭を下げながら去って行った。
それを見届け民部くんの方へ向く。
「本当にありがとう」
「いえ、お助け出来てよかったです。部屋までお送りしますね」
「うん」
私は素直に頷いて民部くんの後を追った。
「今日は殿と一緒じゃないの?」
「ええ、御屋形様は今内藤様の元へ行っておりますから」
「うまくは……いってないんだよね」
「はい……」
暗い表情の民部くんに私も俯く。
このまま二人は争う事になってしまうのだろうか。
「あ、御屋形様が戻られたようですよ」
その言葉に顔を上げる。
少し向こうを殿が歩いていた。
一人のようだったけど声をかけることが出来ない。
彼の顔は疲れが滲み、悔しそうに表情を歪めていた。
普段は絶対に人に見せない顔。
横の民部くんも言葉をなくしているようだった。
何もできず二人で殿の後を目だけで追う。
胸が痛くなって胸元の服を握った。
これ以上あんな殿の姿を見たくない。
私に出来ることはないの?
手の力を強め、私は決意する。
内藤さんと話をしないと……




