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桜の蕾《完結》  作者: アレン
4章
45/99

45.裏切りと裏切り

私は廊下を一人目的の場所へ向かう。

屋敷内は重苦しい空気が漂っている。


奥へ奥へとひたすら進み、一つの部屋の前で止まった。

一瞬躊躇したけど意を決して襖を叩いた。


しばらく待つけど返事はない。

だけど部屋の中には人がいる気配がして、私はそっと襖を開いた。



中には殿が奥で外を眺めている。

私が入ったことに気付いていないのかこちらを振り返ろうとしない。

声をかけようかと思ったけど、そのまま彼のもとに近づいた。


「殿……」


直ぐ近くまで行って声をかけた。

そこでようやく殿が私の方へ目を向ける。


「ライ?」


驚く殿に私は微笑んで彼の隣に座った。


「どうした?」

「ちょっと殿に会いたくなっちゃって」


私は膝を抱えて顔を埋めた。

殿は何も言わず私の頭に手を置いてゆっくり撫でる。


その心地いい感触に身を委ね、私はぐちゃぐちゃになった考えをまとめようとした。




民部くんの話を聞いた後、結局が蓮華山城の椙杜さんと鞍掛山城の杉隆泰さんが毛利に降伏したことは事実だった。

だけど毛利が二つの降伏を受け入れた後、先に降伏した椙杜さんが杉さんは嘘をついていると言ったらしい。


毛利は鞍掛城への攻撃を開始。


蓮華山城が鞍掛城の隣の山に建っていたので、毛利はそこから攻めていった。

いきなり後ろから敵軍が攻めてきて杉さんたちは成す術なく攻め落とされてしまった。


そしてその後、毛利は次に近い須々万沼城へと軍を進める。

須々万沼城は強固で毛利の攻撃を今も絶えているらしい。





段々と毛利はここに近づいている。

なんだか現実でないような感覚だ。


顔を上げると殿はまた外を眺めている。

その横顔からは何を考えているのか全然読み取れない。


どうして殿のもと来ようと思ったんだろう。

小夜ちゃんと一緒にいたけど何故か無性に彼に会いたいと思った。

ただ傍に居たかったのかな。


結局特に会話をするわけでもなく私たちはただ黙ったまま時を過ごした。




***************


「朝ですよ蕾様」

「ん……」


ゆっくり目を開けると目の前に小夜ちゃんの顔があった。


あれ、なんで小夜ちゃんが?


ボーっと彼女の顔を見つめていると、小夜ちゃんは苦笑を浮かべる。


「寝ぼけていらっしゃいますね。昨夜は眠れなかったのですか?」


昨日……

あ、そういえば殿の部屋からの帰りに百合さんに捕まったんだっけ。


段々頭が冴えていき色々と思い出してきた。


「昨日百合さんに遅くまで教えてもらってたんだ」


なんだか目が冴えちゃって部屋に戻ってからも一人で練習したんだっけ。


「そうだったのですか。お疲れ様でした」

「うんありがとう」


欠伸をしつつ伸びをする。

机の方を見てみると昨日練習をしたままになっていた。


片づけるの忘れてたな。


なんて思っていると小夜ちゃんが着替えの着物を持ってきてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」


それを受け取りながらなんだか不思議な感じがした。

最初の頃はこうして小夜ちゃんに朝用意を手伝ってもらっていたけど、私がこの時代に慣れてからは自分でするようになっていた。

それに毛利に潜入した時に早く起きる癖がついていたから小夜ちゃんが来る前に起きるようになっていたから。


「なんだか久しぶりですね、こうして蕾様のお手伝いをするのは」


同じことを小夜ちゃんも考えていたみたいでとてもうれしそうに笑っている。

着物に袖を通しながら私も笑った。


「そうだね」

「最初の頃は着物さえ着れなくてお手伝いしていましたね。それなのに今では男性の着物も簡単に切れるようになられたなんて」

「確かに」


今じゃ洋服よりも着物の方がしっくりきている。

多分時代劇とかに出てくるような豪華な着物は着れないだろうけどね。


「顔を洗いに行きますか?朝食までは時間がありますし、さっぱりすると思いますよ」

「そうだね。直ぐ用意するよ」


床に置いた帯を拾い上げてキュッと結ぶ。

取り敢えず髪を無造作に一つにまとめてしまう。

それを見て小夜ちゃんが何か言いたげな顔をした。

適当にする私の髪をまとめたいんだろう。

多分帰ったらきれいにしますって言われるんだろうな。



とりあえず用意を整え私たちは井戸の方へと向かった。

いつもはもう少し早い時間に起きているから今日はいつもより廊下にいる人の量が多い。


「こうして歩くのも久しぶりですね」

「初めは毎日小夜ちゃんに起こしてもらってたもんね」

「そうでしたね。蕾様はなかなか起きて下さらなくて大変でした」

「うっ、ご迷惑おかけしました」


そういえば現代ではよく迎えに来た小夜子に起こされて怒られてたっけ。

まさか似ている小夜ちゃんにまで同じことしてもらっていたなんて。


自分の行いに反省しつつ小夜ちゃんが汲んでくれた水を勢いよく顔にかけた。


「うわ冷たっ」

「この時期にそんな勢いよくすれば当然ですよ」


クスクス笑う小夜ちゃんにエヘッと笑う。

その時小夜ちゃんの背後に廊下を歩く人影をとらえた。


うわっ


私はさっと向こうの視界に入らないように井戸の陰に隠れた。

そんな私に小夜ちゃんは首を傾げ、後ろを見る。

そしてこちらを見なおしたときには「なるほど」という顔をしていた。


「殿がこの時間にここにお越しに来るなんて珍しいですね。お声掛けなさらないのですか?」

「あ、えっと……」


普段ならそうするんだけど。


目を泳がせる私に小夜ちゃんは不思議そうな表情を浮かべる。


「何かあったのですか?」

「何かというか……」


あったと言えばあったけど、これは完全に私の気持ちの問題というか……


「昨日殿に会ったんだけど」

「あれ、百合様とご一緒になられていたのでは?」

「その前に会ってたんだ」

「なるほど」

「で、その時にちょっと弱ってるところ見せちゃってさ」


だから彼と会うのは気恥ずかしいというわけだ。


頬をかく私を小夜ちゃんはクスッと笑った。


「そのようなこと殿は気にしないと思いますよ。蕾様が弱い部分を殿にお見せなさったのなら、きっとそのことをうれしく思っているのではないでしょうか」

「え?」

「蕾様は普段そのような部分を表に出しませんでしょう?いつも明るく笑っておいでですから」


小夜ちゃんに言われて気づいた。

そう言えば誰かの前で泣いたり不安を話したりってあんまりしたことない。


「自分を出せる相手がいることはとても素敵なことだと思いますよ。遠くから見ているだけというのも選択肢の一つですが、お傍に居られるのならその方がいいと思いますし」


そう言った小夜ちゃんは私ではなく殿のいる方を向いていた。

彼女の視線を辿ると殿の隣、民部くんに注がれている。

その瞳は温かくこっちまで赤面しそうなほどだ。


まさか……


「小夜ちゃんって民部くんのこと好きなの?」


小夜ちゃんは勢いよくこちらを向いてリンゴみたいに顔を真っ赤にさせた。


「え、えぇぇぇ!?」

「あれ、ちがう?」


そう聞くと小夜ちゃんは口をパクパクとさせる。

しばらく眺めていると、小夜ちゃんは顔を覆ってうづくまった。


「違いません……」


小さくつぶやいた小夜ちゃんは耳まで真っ赤にさせていた。


これはビックリだ。

二人が一緒に居るところなんて見たことなかったから接点がいまいち分からないけど、まさか小夜ちゃんが民部くんのこと好きだったなんて。


「そうだったんだ。二人一緒に居るところ見たことないから驚いたよ」

「実は私と民部様は同じ時期にここへ来たんです。そのこともあっていろいろお世話になったことがあって」

「なるほど」

「私、不器用で容量が悪いので最初はよく叱られていたんです。それで自身がなくなってよく一人で泣いていたんですけど、その時に民部様が話を聞いてくれて励ましてくれたんです」

「で、好きになったんだ」


頷いた小夜ちゃん。


穏やかな見た目の民部くんは性格も優しいみたいだ。

こんなかわいい小夜ちゃんに想われているなんて幸せ者だな。


「気持ちは伝えないの?」

「そ、そんな恐れ多い!!」


小夜ちゃんはブンブンと首を振る。


そうかな、いけると思うんだけどな。


「私など気持ちを伝えるなど……それに私は見ているだけでいいのです」

「どうして」

「民部様が辛いときに、話を聞いて差し上げれたらいいと思っています。あの方が私にしてくださったように」


ふわりと笑う小夜ちゃんに言葉をなくした。

見ているだけでいいという彼女の顔はすごく幸せそうだ。


「恋というのは色々あるんですよ。私の様に見ているというのもその一つです」


そういうものなのだろうか。

まだ子供の私にはいまいちピンとこない。


そんな私に小夜ちゃんは手を取った。


「ですが伝えなければならないものもあります。蕾様は伝えるべきだと思いますよ」


小夜ちゃんの言葉に目を丸くした。

私が殿のこと好きだってことはバレているとは思っていたけど、小夜ちゃんに直接こういう話をされるのは初めてだ。


それに今の小夜ちゃんはすごく大人に見える。

いつもはそうじゃないってわけじゃないけど、なんだか小夜子と話しているような感覚だ。

私のことちゃんと見てくれて、私のために言ってくれている言葉。


涙か溢れそうになった。



「うん。ありがとう」



微笑むと小夜ちゃんも同じように微笑んだ。

そして立ち上がり私の手を引いた。


「さぁそうと決まれば行ってくださいな」


私を引っ張り上げて殿の方へと背を押す。

振り返ると小夜ちゃんは手を振っていて、彼女はここで待っているつもりらしい。


私は彼女の腕をとってニヤッと口元を上げる。


「何言ってるの。小夜ちゃんも一緒に来るんだよ」

「えっ、いいですよ?!」

「傍に居られるのならその方がいいんでしょ?それは小夜ちゃんも一緒だよ」


まだ小夜ちゃんはいいと言っていたけど私は構わず彼女の手を引いて殿たちのもとに近づいた。


「おはよう」


声をかけると二人が私を見る。


「あぁライか」

「おはようございます蕾様」


挨拶を交わし私は後ろに隠れる小夜ちゃんを民部くんの方へ押した。

よろけて前に出た小夜ちゃんは民部くんの前に出て、一瞬私に助けを求めるような顔を向ける。


「小夜さんお久しぶりですね」


小夜ちゃんをとらえた民部くんは彼女に笑顔を向けた。

それに顔を赤くしながら小夜ちゃんは釘づけになっているみたい。

ボーっとしている小夜ちゃんを民部くんは心配そうに覗きこんだ。


「どうかされましたか?」

「あ、いえ!お久しぶりです!!」


そこからたどたどしくはあるけど二人は話し始めた。

見ているだけでいいって言ってたけど、話す小夜ちゃんの顔はすごくうれしそうだ。


やっぱり好きな人と話せるのは幸せだよね。


二人を見てクスクスと笑う。


「何かいいことでもあったのか?」


殿が私の髪を撫でた。

私は彼の方を笑いながら見る。


「うん」

「そうかよかったな」


そう微笑んだ殿に顔が赤くなった。

私を見つめながら向ける表情はとても優しげで。

さっきまで気まずいなんて思っていてもやっぱりこうして私を見てくれる殿を見るのはうれしい。


なんだかんだ言ってこうしたいと思っているんだ。


いちいち言い訳しちゃう悪い癖があるけど。

そんな私の手を引いてくれた小夜ちゃんに感謝だ。



そんな風に幸せに浸っていた。

だけど今は戦の最中。

このような時間は長くは続かない。



「御屋形様!!」


穏やかな空気を切り裂くように声が響いた。

焦ったように男がこちらにかけてきている。


多分何か戦に関しての知らせだろう。


自分がいることはだめなんじゃないかと思って、小夜ちゃんと目を合わせてここから去ろうとした。

だけど殿が私の腕を掴んだ。


驚いて彼の方を見るとこちらを見る瞳と見合わせた。

言葉はなかったけど、ここに居ろって言われたような気がした。


私は後ろに傾いた体をもとに戻す。

それを確認して殿は腕を話した。

それと同時に男が到着する。


「何があった」

「先ほど早馬が来て杉重輔が若山城へ軍を送ったと」

「重輔が……」


話が見えてこなくて私は後ろに居る民部くんの方へ寄った。


「重輔さんって?」


聞くと驚いた表情をしている民部くんがゆっくりと口を開く。


「杉重政様の嫡子です。重政様は陶様によって自害に追い込まれたんです。そして今若山城には陶様の嫡子の長房様が居りますから……」


親の仇打ち、という事だろう。

民部くんの表情から多分重輔さんは大内側の人なんだろう。

という事はこれは内乱、裏切りだ。


毛利が攻めてきている今一致団結しなければいけないのに。


私は前の殿を見つめた。

背中しか見えない今彼が一体何を思っているかはわからない。




一つ一つ崩れていく。

それと同時に暗闇が確実に私たちを飲み込もうとしている。


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