44.侵攻
今回は位置関係が分かりにくいので挿絵を入れています
分かりにくいかもしれませんが(+_+)
陶さんの死からようやくみんなが冷静になり始め、殿と内藤さんがこれからの戦について戦略を立てた。
ここ、本陣には殿と内藤さんが。
防衛の拠点としては、蓮華山城に椙杜房康、鞍掛城に杉隆泰、須々万沼城に山崎興盛、富田若山に陶さんの息子の長房、右田々獄城に石田重政と内藤勢、そして渡川城に大内勢がそれぞれ軍を構え毛利軍の侵攻に備えるこことなった。
そして前に殿が考えていたお城を建築することも決まった。
最初家臣たちは殿の言う事になかなか首を縦に振ろうとしなかったが、内藤さんの意見でもあると知るとしぶしぶではあるが行動し始めた。
「で、また盗み聞きか?」
襖に張り付く私に殿は苦笑を浮かべる。
懲りずにまた話し合いを聞きに来ている私に呆れているのだろう。
だけどこうでもしないと今の状況を知ることが出来ないんだ。
「ほら戻るぞ」
「うん」
差しのべられた手を素直にとり立ち上がる。
その時近づいた殿の顔には疲れが滲んでいた。
それもそうだろう。
この数日、話を聞かない家臣に何度も話をし続けていたんだから。
「話、進んでよかった」
「あぁ、皆冷静になったのだろう」
そう殿は自嘲気味に笑う。
きっと自分のせいで話をまとめるのに時間がかかってしまったって考えているんだろうな。
私は殿の手をギュッと握った。
そうすると、殿は表情を緩め私の頭を撫でる。
「それぞれの考えはどうであれ、皆大内を守るため戦ってくれるはずだ。まだまだ戦はこれからだからな」
「すぐ毛利は攻めてくるの?」
「おそらく。直接軍を進めてくるか、戦略を巡らせてくるか、予想はつかんがな」
「そう……」
ここも戦場になるのだろうか。
不安な気持ちが湧いてくる。
「大丈夫だ」
殿を見ると微笑んで私を見つめていた。
その言葉、顔を見ると不思議と不安な気持ちが和らいでいった。
この人は私を安心させる魔法でも使えるのだろうか。
「ありがとう」
落ち着いて微笑むと、殿は髪をひと撫でして歩き始めた。
離れていく手が名残惜しかったけどそんなこと言えるはずもなく。
私は進んでいく殿の後を追った。
廊下を二人で歩いているとあちこちから視線を感じる。
そのほとんどは前を歩く殿へ注がれている。
今までもこういう事はあったけど、その比にならないほどだ。
直接見られているわけじゃない私でも嫌な気分になる。
それを一身に受ける殿は一体どれほどの思いをしているのだろう。
私は殿の裾をキュッとつかんだ。
気づいた殿が顔だけこちらを振り返る。
見つめる私にいつもみたいな悲しい笑みを浮かべ前を向きなおした。
何も言わない彼の背中。
その背中は視線に負けることなく堂々としていて、なんていうかとても頼りがいのあるような雰囲気がある。
今までどこか一歩引いているようなところのあったけど、陶さんがいなくなったことで彼の中で何かが変わったのだろうか。
今の殿は大内の当主として十分の存在になっているんじゃないかな。
なのに何でみんなそれに気づこうとしないんだろう。
ジッと彼を見つめていると、ゾクリと背筋の凍るような視線を感じた。
振りかえるけどそれらしい人は見当たらない。
気のせい……かな?
***************
「ほら早くして下さい」
「ちょっと待ってよ」
向こうで呼ぶ百合さんに答えながらおにぎりを作っていく。
机の上には大量のおにぎりが並んでいる。
新しいお城、高嶺城の建築が始まり私は炊き出しを持っていくようになった。
毎日交代でしていて、今日は小夜ちゃんと百合さんと一緒に作っている。
「この分は持っていきますね」
「うんありがとう」
最後の一つを作り上げ私も自分の分を抱える。
結構な重量でこれだけで腕に筋肉がつきそうだ。
炊き出しをする場所へ三人で歩いていく。
辺りを見ると作りかけの石垣が続いている。
「ねぇ、このお城ちゃんと完成するかな」
ふとそんなことを思った。
私の言葉に二人が振り返る。
「どうしたのですか?」
「いや、私お城がどれくらいで出来るか知らないんだけど、今毛利に攻められてる状況で完成までいけるのかなって思っちゃって」
「そうですね、どうなんでしょう」
小夜ちゃんと一緒に悩んでいると、百合さんがフッと笑った。
「蕾様は妙なことを考えるのですね」
「え?」
「普通女はそんなこと考えないでしょう」
百合さんの言葉の意味が分からない。
首をかしげると彼女は体ごと私の方を向いた。
「戦は男の仕事です。女はその手伝いを黙ってしていればいいものです」
あぁなるほど。
言われてみれば私は話し合いを聞いていたから今の状況を知っているけど、普通だったら知らないんだもんね。
だけど今自分がどういう状況におかれているのか知らないなんて私は嫌だな。
「だけど自分のことでもあるでしょう。今の状況を分かっていないと何もできないじゃん」
真っ直ぐ見つめて言うと百合さんはまた笑った。
「本当可笑しな人ですね」
そう言って百合さんは前を向いて歩きだした。
慌てて後を追うと彼女はまだクスクス笑っている。
どうしたんだろう。
横の小夜ちゃんを見ると、彼女も不思議そうな顔をしている。
「まぁそうですね」
話し出した百合さんを二人で見る。
「今のまま何事もなければちゃんと完成すると思いますよ。大内の軍もそう易々と攻められはしないでしょうから」
そう真面目な答えが返ってきて驚いた。
さっきまで女は考えることなんてないって言ってたのに彼女の答えはちゃんと今の状況を理解しているようだ。
そうか百合さんもちゃんと考えているんだな。
振り向かずに言うのは多分照れているんだろう。
そんな彼女がおかしくて気づかれないように笑った。
***************
廊下を慌ただしく人が行き来している。
何か起こった、それだけは分かる。
私は歩く人の中に民部君の姿を見つけ彼の服を掴んだ。
「うわっと。つ、蕾様?!」
「ねぇ何があったの?」
そう聞くと民部く君は目を丸くした。
「えっと、蕾様がご心配なさることなどありませんよ」
そう言って行こうとする民部君に私は掴む手の力を強める。
「お願い誤魔化さないで」
見つめる私に民部君は目を泳がせた。
その姿はすごくかわいそうなんだけど、私も引き下がれない。
「民部君が教えてくれないなら殿に聞きに行くわ」
多分今話し合いをしているだろうけどそこに乗り込んでやる。
手を離していつもの部屋の方へ行こうと後ろを向くと、次は民部君に服を引っ張られた。
「ま、待ってください。今行くのはちょっと……」
彼は困ったように眉を下ろし、あきらめた様に息を吐いた。
「わかりました。お教えいたします」
その言葉に私は民部君の方へ向き直った。
「数日前に毛利軍が厳島からこちらへと軍を移動させたんです。そして先ほど鞍掛城が毛利の手に渡ったという知らせが」
「渡ったって、攻められたってこと?」
「いいえ。毛利から誘いを受け、降伏したと」
「寝返ったってこと……?」
民部君は静かに頷いた。
「それから蓮華山城も降伏したのではないかという情報もあります」
こんな短時間に二つもお城が毛利の手に渡ってしまうなんて。
これが毛利元就さんの力なのだろうか。
それとも陶さんの死は大内を裏切ることを簡単に決断する様になることだったの?
「そっか。ありがとう」
沈む気持ちを抑えてお礼を言うと、民部君は心配そうに私を見つめつつ歩いて行った。
私は外を見つめた。
黄色い葉がひらひらと宙を舞っている。
去年は殿と一緒にイチョウを見たんだっけ。
あの時、ただ殿と一緒に居られることがうれしかった。
このまま戦なんて起きないんじゃないかって思った。
だけど今、着実に毛利はこちらへと進んできている。
一体これからどうなってしまうのだろう。
手をキュッと握りしめた。




