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桜の蕾《完結》  作者: アレン
3章
42/99

42.急転直下

屋敷から次々と男達が出ていく。

その様子を私は縁側に座って眺めていた。

戦へと向かう男達の歩みは堂々としていて、自身に溢れている事が容易に感じ取れる。


少し目線をずらすと玄関のところで殿と話をしている陶さんがいた。


陶さんは随分自信ありげな様子だったけど本当に大丈夫なのだろうか。



「蕾様」


後ろから声がして振り返る。


「え、あれ内藤さん?」


予期せぬ人物に目を丸くした。

そんな私に首をかしげた内藤さん。

それを見てはっと我に返る。


「あ、ごめんなさい。てっきり内藤さんも厳島に行くものだと思ってたからつい」


慌てて弁解する私に、内藤さんは特に気に触った様子もなく微笑んだ。


「なるほど、私はそのつもりだったのですが今回は留守を預かることになったんですよ。全員がここを離れるわけにはいけなせんからね」


そうか、みんないなくなっちゃったらここは手薄になって攻められたら一巻の終わりになってしまう。

それに言われてみれば結構の人数が見送りをしていて、あの人たちは屋敷に残るみたいだ。


「隣にお邪魔しても?」


その問に私はうなづいた。

隣に腰を下ろした内藤さんはさっきまでの私のように男達の方を見つめる。

その瞳が悲しげに見えた。


「内藤さんがここに残ってくれるなら安心ですね」


そう笑って言うと、内藤さんはこちらに顔を向けて微笑んでくれた。

その様子にホッとして私も男達の方へと目線を向けた。




「何か悩み事があるのですか?」


突然問いかけられた。

イマイチどういう意味か分からなくて首をかしげる。


「眉間に皺がよっていますよ」


と笑いながら自分の眉間を触った。


私は慌てて手でおでこを覆う。

考えが無意識に顔に出てしまっていたみたいだ。


「差し支えなければ相談に乗りましょうか?」


うーん、内藤さんになら話してもいいかな。


私は少し考えてから、内藤さんに聞いてもらおうと口を開いた。


「そんな大それたことじゃないんですけど、今回の戦は本当に大丈夫なのかって不安になっちゃって」

「どうしてそう?」

「毛利からきた書状の事がどうしても引っかかるの。本当に信じてもいいものなのかな。もしあれが全部罠だったらって……」


内藤さんは少し目を見開いた。


「どうして書状の事を?」


その言葉にマズイと息を飲んだ。

そういえばこの話は盗み聞きしたものだった。


「あ、えっと、そのぉ」


上手い言い訳が浮かばず、意味もない言葉しか出ない。


そんな私を見て内藤さんはふっと微笑んだ。


「私もそれは少し不安に思っています」


何事もなかったように話を再開され、ホッと胸を撫で下ろした。


多分私が盗み聞きしてることバレてるんだろうけど、そこはあえては触れるまい。


「私、一度元就さんに会ったんです。対面して只者じゃないって感じがして、そんな人が臣下の裏切りに気付かないものなのかと思って。それに厳島が今手薄だっていうのも違和感を感じるんです」


色々な戦略を考えているだろう元就さんが、半年近く大きな争いがないからといって簡単に前線の兵を引くのだろうか。

もし引いていたとしてもそれが元就さんの罠ではないかと思っていまう。


「確かに蕾様の意見には賛同いたします。あの書状を完全に信用するのは危険でしょう。ですが、今回の戦では今までと違って万全な体制で望んでいます。もしこれが全て罠だとしても、それを跳ね除けるほどの兵力がありますから」


そう言って内藤さんは微笑みながら私の頭に手を乗せた。


「ですから不安になることはありませんよ」


その行為がよく殿がしてくるものと似ていて恥ずかしくなった。


当たり前だけど殿とは全く違う感覚で、少し戸惑う。

だけど嫌なわけじゃなくて、なんだろう、お父さんに撫でられてるような感覚。


しばらく撫でられ、不安が少し和らいだ。


「あ、ありがとうございます」


俯きながら言うと、内藤さんが微笑んだ気配がした。








***************


色付いた木の葉が太ももに落ちてきた。


だけど私はそんなこと気づかないほど一点に集中している。



「もう少し肩の力を抜いたらいいのではないですか?」

「い、今話しかけないでっ」


目の前に座っている百合さんは溜息をついて前を向く。

私はまた手元の包帯へと意識を集中させた。


今私は百合さん腕を借りて包帯を巻く練習をしている。

何故か何度やってもぐちゃぐちゃになってしまっていたけど、今回は今のところ完璧に出来ている。


あとこれをここで留めれば。


「で、出来た!」


私の言葉に百合さんは息を吐いた。


「ようやくですか」

「どうかな?!」


身を乗り出す私に、「少し待ってくださいよ」と睨んで腕を動かした。


「まぁ、及第点ではありますね」

「ほんと!!」


私はグッとガッツポーズをした。

あの百合さんからようやく合格を貰えた。


「ちょっと、合格といっても直すところは山ほどありますよ。まずは遅すぎます。もっと早く!あと眉間に皺を寄せないでください」


ビシッと眉間に指をさされ、コクコクと頷く。

確かにこんなんじゃまだまだ使い物にはならない。


「私このままで大丈夫かな」


思わずもれた言葉にハッと口元を覆う。

ヤバイ、百合さんの前で弱音吐いちゃったよ。


どんな説教が、いやこのままもう教えないなんてことになるかも……


ヒヤリと汗が流れ、恐る恐る百合さんの様子を伺う。


だけど彼女の表情は思っていたより穏やかだった。

むしろ何かと葛藤しているような感じがする。


「あ、あの……どうしたんですか?」


聞いてみるけど答えは返ってこない。

不思議に思い顔をのぞき込もうとした時、いきなり肩を掴まれた。


ビックリして目を見開く私を百合さんは真剣な表情で口を開いた。



「巻き方は丁寧で評価に値します。だ、だからそんなに落ち込むことはあ、ありませんわっ!」


物凄い剣幕で放たれた言葉に一瞬目が点になる。


えっと、これは褒められた……のか?


だんだんそれが理解出来てくるにつれ頬が緩んでいく。

そんな私に百合さんは頬を真っ赤に染めて顔を逸らした。


「な、なんですかその顔は」

「いやぁ、だってねぇ」


まさか百合さんが私のこと褒めてくれるなんて。

いつも毒舌を吐きまくってる彼女とは思えない言葉だ。

少しは私のこと認めてくれたってことかな。


「さ、さぁ感覚が鈍らないうちにもう一度やりますよ!」

「分かった」


真っ赤なままな百合さんに頬が緩んだまま返事をした。


これはしばらく戻りそうにないな。



なんてことを思いながら百合さんの腕に巻いた包帯を解こうとしたその時。





ドォーン!!




いきなり体中に響くほどの音が鳴り響いた。

ビックリして外を見るといつの間にか空が厚い雲に覆われている。


「ビックリした。今の雷?」

「でしょうね。これは天気が荒れそうですね。洗濯は取り込んでいるのかしら」

「あ、朝私が干したから多分そのままになってると思う」

「では先に取り込んでしまいましょうか」


そう言って百合さんは立ち上がり、いとも簡単に腕の包帯を解いた。


うわっ、なんて早業。


関心して見ている私に百合さんが睨みをきかせる。

目線だけで早くしろと言ってることが伝わった。

慌てて立ち上がり歩き出した百合さんの後を追う。





百合さんと二人で洗濯を取り込み終えた瞬間、待ってましたとばかりに激しい雨が降り始めた。

何度も雷が鳴り響き、とても大きな嵐なのだということが分かる。


この嵐、厳島にも行くんだろうか。


荒れ狂う外を見ながら、何故か凄く嫌な予感がした。






***************



嵐が去ってから数日後。

私の嫌な予感は現実のものになってしまった。


いつものように小夜ちゃんの仕事を手伝っていると、向こうの方がやけに騒がしい。


「何かあったのかな」

「さぁ、でも只事ではなさそうですね」


小夜ちゃんと顔を見合わせ、私たちは声の方へと向かった。


近づくにつれ人の数が増えていく。

隙間をくぐり抜けながらどうにか玄関まで辿りついた。


そこには殿と民部くん、内藤さんが息を切らせてしゃがみこんでいる男を見ていた。


ただならぬ雰囲気に息を飲む。



「何かあったのか」


そう聞いた殿に男は顔を上げ顔を歪めた。


「厳島からの報告です……」


そこで言葉を切り、男は辛そうに押し黙った。


誰もが男の次の言葉に意識を集中させる。



「厳島に上陸し、交戦。毛利に背後を取られ我々には為す術もなく。舟で島から脱出しようとしましたが、皆狼狽し殆どが沈没していまい。我軍はほぼ壊滅状態となりました」


叫ぶように言われた言葉に時が止まったよう思えた。



壊滅状態って、戦に負けたってこと?

え、まさか……


その場の全員が言葉を失う。

しかし、一人その中で口を開いたのは殿だった。



「晴賢はどうなった」



殿の問に男はビクリと肩を震わせた。

上げられた顔には色々な感情が入り交じった表情を浮かべている。

じっと男を見つめる殿。

それを皆黙ったまま見つめる。



「陶様は舟での脱出を図りましたが、敵軍の攻撃にあい西に移動。ここからは私には分かりませぬ。しかし、聞いた話によれば……」











「逃亡の末、自害なさったと」








十月。

破滅の音がはっきりと耳に響いた瞬間だった。

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