4.墓
「おぉー、いい眺めだな」
本来行くはずだった仏殿を眺めながら、私たちはお墓の中を歩いていた。
前で楽しそうに歩いている秀。
対して私は誰かが見ているような気がして、変な汗をかいていた。
せっかく秀と二人きりになれたのに全く楽しむ余裕がない。
「おっ、看板見っけ。早く来いよ村上」
「ちょっと待ってよー…」
肩で息をしながらやっと秀の元に辿り着く。
息を整えて前を見るとそこには黒ずんだ木の看板が立っていた。
書かれているのは大内義長について。
彼はこの功山寺で亡くなったらしい。
二人で黙って読んでいると、今まで聞いたことも見たこともない名前があった。
「ねぇ、陶 晴賢って誰?」
口に出してしまってから、しまったと後悔した。
秀を見てみると驚いた顔をしている。
「あれ、お前知らないの?」
ウソっ、もしかしてメチャクチャ有名な人だったとか!?
「う、うん」
「陶 晴賢っていうのは義長の家臣だった人。影で義長を操ってたらしいよ」
「へぇ、そうなんだ」
「まぁこれ古先の受け売りだけどな」
「えぇぇ!?」
なるほど、だから秀は驚いてたのか。
うちのクラスでは他のクラスよりも倍ぐらい古川先生の話聞いてるもんね。
「そういえばお前古先の話ほとんど寝てるもんな」
「うっ、良くご存じで……」
恥ずかしいよ……
こんなことならちゃんと古川先生の話聞いとけばよかったな。
「お、あれが義長の墓か」
心の中で後悔していると、秀が看板の後ろを覗き込んでいた。
私も見てみるとそこには結構広いところに沢山のお墓が並んでいた。
「行こうぜ」
と、秀がそちらに歩き出そうとした。
「ちょっと待って!!」
とっさに私は秀の服の袖を引いて彼を止めた。
「何だよ、どうしたんだ」
少し不機嫌そうに秀が振り返った。
どうしたと言われても……
止めた私が一番の驚いている。
何で秀を止めたの?
でも何だかあの場所にはお墓がないと思った。
自分の中の何かが「そこじゃない」と叫んでいるようなそんな感じ。
「ええっと、何て言うかあそこのお墓じゃない気がしたりして……」
「はぁ? 何言ってんだよ」
ごもっともです。
自分でも何が言いたいのか分からない。
でも義長のお墓はそこじゃない気がするんだ。
どうしてかは分からないけど……
そんな私に秀は呆れたようにため息をついた。
居た堪れなくなった私はキョロキョロと周りを見回す。
すると、端っこに3つのお墓が建っているのを見つけた。
「あそこだ……」
「え? む、村上?!」
私は吸い寄せられるように歩き出した。
たどり着いたのは先程とは比べ物にならないほど狭く、ひっそりとしていた。
よく探さないと見落としてしまう所に建っている3つの小さなお墓は、どこか悲しそうな印象を感じさせる。
でも、ここが大内義長のお墓だと思った。
「何だ、ここ?」
追いかけて来た秀は小さなお墓を見て呆然としている。
「ここがお墓だと思う」
「は? こんな存在感ないところがか?」
さっきの看板で義長は大内家最後の当主だと書いてあった。
でもこのお墓からは当主の威厳みたいなものは全く感じられない。
「俺ちょっともう一回看板見てくるわ」
そう言って駆けていった秀を横目に見ながら私はお墓の前にしゃがんだ。
初めて来たはずなのに凄く懐かしい。
私は静かに目を閉じて手を合わせた。
*********
「やっぱりここが墓みたいだ」
戻ってきた秀はまじまじとお墓を見ている。
「ちょっと、そんなにジロジロ見たらダメでしょ」
「おう。でもさ、まさかこんなんだと思ってなかったから」
まぁ私もそれはビックリした。
もうちょっと大きなお墓を想像していたから。
「敗者の墓ってことなのかな」
「敗者?」
「うん。戦に負けて自害したらしいよ」
そっか、それなら秀の言っていることもあながち間違いじゃないのかもしれない。
「まぁ、せっかく来たし花はないけど墓参りするか」
「うん」
***********
「なんかさぁ」
しばらくして秀が呟いた。
私は閉じていた目を開けて隣を見る。
秀はボーとお墓を眺めていた。
「傀儡にはお似合いの墓かもな」
「傀儡?」
聞き返すと秀はこちらをチラリと見て、また前を向いた。
「義長のこと。こいつは当主になった後陶晴賢の言いなりだったんだってさ。だからそう呼ばれてるらしい」
「さっきいった人?」
「そ、さしづめ操り人形ってとこだろ」
「操り人形……」
秀から目を離して前を見る。
操り人形とまで言われた人。
当主って偉いはずなのにこんな小さくて寂しい所に眠っている人…
何だかさきほどの狂い咲きの桜を見たときと同じ切なさが込み上げ、胸が締め付けられた。