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桜の蕾《完結》  作者: アレン
3章
39/99

39.二人の関係

すっかり木々が桃色に染まり、肌寒さも日に日に薄れてきた。


そんな春の日。

なんとなく廊下を歩いていたら角の向こうから何やら楽しげな声が聞こえた。

そっと顔を出して誰なのか確認してみると。


うわぁっ


慌てて引っ込めた私の顔は引きつった。


今出来れば会いたくない人がいたような。

いや、もしかしたら見間違いかもしれないし。


なんて淡い期待を込めてもう一度顔を出してみる。



うん。やっぱり陶さんだよね



そこにいたのは陶さんと内藤さんだった。

会話の内容までは聞こえてこないけど、笑顔を浮かべている内藤さんの表情から悪い話をしているわけではなさそうだとは分かる。


にしても意外な組み合わせだ。

あの二人が一緒にいるところなんてあまり見たことがない。

だからあんまり仲が良くないんだと思ってた。


でもチラッと見えた陶さんの顔に笑顔が浮かんでいたような気がする。

私にいつも向けてくる嫌味な笑みじゃなくて、すごく自然な感じだった。


あんな顔もするんだな。

いや、でもあれはあれで何か企んでるんじゃないかと思っていまうんだけどね。



しばらく眺めていると、ふと内藤さんと目が合ってしまった。

慌てて隠れるけど多分完全に見つかっちゃっただろう。


早く逃げないと。

だけど今動いたら足音で陶さんにまで私に気づいちゃうよね。

何としてもそれだけは避けたいところだ。

じゃあいっそのこと二人ともこっちに来ないことに賭けるか。


と一番無謀な選択肢に行き着き、様子を伺ってみる。

丁度話し終わったようで、陶さんは私のいる方とは反対の方向へ行ったけど内藤さんはこちらに向って歩いてきていた。


うわぁぁ、どうしよう。


その場から動く事も出来ず、近づいてくる足音に冷や汗が流れる。



「覗きですか、蕾様」


目の前に立った内藤さんは笑顔で問いかける。

その爽やかな笑顔が今は何より怖いです。


「あ、いや、わざとじゃないの。たまたま見かけたんだけど、好奇心というものに負けてしまったといいますか……」


必死で言い訳を考える私を見て内藤さんはプッと吹き出した。


「いや、申し訳ありません。少し意地悪が過ぎましたね。蕾様がわざとした訳では無いということは分かっていますから」


そう言って笑う彼はまるでイタヅラを成功させて喜ぶ子供みたいだ。

いつも爽やかで冷静な感じの内藤さんからは想像出来ない姿に、少し驚く。


こうやって笑ってるとますます秀に似ているんだからちょっと困る。

秀への気持ちは憧れだったということは分かったけど、少なからず憧れとは違う好きもあったわけで、内藤さんを見ているとその気持ちがまた姿を見せてしまうのだ。


いやいや、そもそも内藤さんと秀は全くの別人なんだから。

それに私が好きなのは殿であって、それは変わらないのだから何の問題もないはずだ。



変な考えを振り切り、未だに笑う内藤さんにムッと頬を膨らませた。


「ひどいよ内藤さん。殿みたいな意地悪しないでよ」

「ハハハ。御屋形様と同じですか。でも蕾様をからかいたい気持ちは少しわかる気がしますね」

「へ?それってどういうことなの?!」


慌てた私をますます可笑しそうに笑う内藤さんは完全に殿みたいだ。

彼も大概子供っぽい気がする。





「笑いは収まりましたか?」

「ええ。申し訳ありません。ですがつい……」


なんて言いながらまた笑いそうになっている。

私の行動のどこがツボに入ったのか。

このままほっておいたらいつまで経っても終わりそうにないので別の話題をふることにした。


「さっきは陶さんと話していたんですよね」

「はい。偶然会いましてね、少し世間話をしていたのです」


陶さんが楽しげに世間話か。

さっき見たはずなのに想像出来ない。


眉をひそめた私を内藤さんはフッと笑みを浮かべた。


「蕾様は本当に陶様のことが苦手でいらっしゃいますね」

「苦手か……そうだね。なんかあの人と目が合うのは嫌なんだよ」


何もかも見透かしてるんじゃないかっていう目。

それが自分に向けられるのは嫌、だけど殿には常に向けられているということが心底ムカつく。

それに絶対陶さんは私の事良しとしてなくて、すごく冷たい目で見てくるのだ。


「確かに蕾様に対しては少々冷たいところがありますね」


あれは少々冷たいで済まされるのだろうか。

完全に敵として認識されてるよね。


「かなり疑り深いところがある方なんですよ」

「うん。それは分かる」

「ですがお優しいところもあるのですよ」


陶さんが優しい……

ダメだ想像出来ない。


だけど陶さんについて話す内藤さんの目はまるで憧れの人を見るような感じだった。


「内藤さんは陶さんのこと尊敬しているんですね」

「はい。私にはあの方へ返しきれない程の恩がありますから」

「恩?」

「私の姉が陶様の妻であるということは前に言いましたよね」

「えっーと……あ、そういえば」


確か戦の話を聞いた時にそんな事を言っていた気がする。

そうか、だから自然な感じに見えたんだ。

二人が親族だってことすっかり忘れていた。


「私の家は先代である父が亡くなって、私は若くして当主になったんです」

「内藤さんって当主様なんだ」


今でも十分若い気がするけど、彼の言う若いってどのくらいを指しているんだろうか。


「突然の事で右も左も分からなかった私を助けてくれたのが陶様だったので」

「へぇ、じゃあ内藤さんにとっては陶さんはお兄さんみたいな存在なんだね」


なんとなく思ったことをそのまま口にしただけだっとんだけど、内藤さんは目を見開いた。

あれ、私なんかおかしなことに 言ったかな。


「どうしました?」

「あ、いえ……。そうか、そうですね」


何か納得したように微笑んだ彼に私は首を傾げる。


「陶様を兄のようなどと考えたことがなかったもので」

「仲良さそうだったのに」

「ただ尊敬する人だと思っていました。ですが蕾様の言う通り兄という方がしっくりきますね」


嬉しそうな表情を浮かべる。

この人にここまで尊敬される陶さんは私の思っているより案外いいところがあるのかもしれない。

苦手であるのは変わらなさそうだけど。


「しかし、貴方は予想外の事をいくつもなさいますね」

「え?」


そう言った内藤さんの目がすごく優しげで思わず顔が赤くなってしまう。


「予想外ってどういうこと?」

「初めて蕾様を見た時はとても大人しい方なのかと思ったのですが、毛利に一人で潜入したりと行動的なところがあったり」

「あぁ確かに」


正直自分でもビックリするくらいここに来て行動的になった。

どちらかというと大衆に埋もれているタイプだったんだけど。

これも恋の力というものなのだろうか。


「自分自身でも分からない感情や思いを貴方は簡単に見抜いてしまう。御屋形様の変化も蕾様が背中を押したのでしょう?」

「えっ!気づいてたの?!」


私は鋭いって言っているみたいだけど、絶対に内藤さんの方が何でも見抜いてるんじゃないかと思う。


「蕾様が来てから御屋形様は変わられました。いい方向にね」


貴方のおかげですと微笑む彼の言葉が胸の中を温かくする。

私の存在が殿にとっていいのだと他の人から言われたのは初めてだ。

私が口を出したことでますます殿に辛い思いをさせているんじゃないかと思ったりしたけど、少しその不安が軽くなった気がする。


「そっか。ありがとう」





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